hellog〜英語史ブログ

#4809. OEDvernacular の語義を確かめる[oed][vernacular][terminology]

2022-06-27

 「#4804. vernacular とは何か?」 ([2022-06-22-1]) で vernacular の意味について考えた.初期近代英語期に初めてラテン語から導入されたこの単語は,21世紀の世界英語 (world_englishes) 現象を考える上でキーワードとなりうる.権力をもった言語(英語史の観点からは典型的にラテン語)に対する土着の言語(イングランドで日常的に用いられた英語)としての英語を指す言葉だが,今や英語こそがかつてのラテン語のような社会的に威信をもつ言語となってしまっているので,見方によっては英語を vernacular と呼ぶことは皮肉な響きを伴う.
 この観点からすると,英単語として英語を指す vernacular は手垢のついた用語といえなくもない.だが,その点でいえば類義語である folkindigenous も似たようなものだろう.「手垢」に対処するには,この単語の歴史的な用法をひもといてみる必要がある.OED の vernacular, adj. and n. の項をじっくり読んでみた.  *
 この語の語源であるラテン語 vernāculus は,英語には1601年に「英語で書く(作家)」ほどを意味する形容詞として次の例文にて文証される.

1601 Bp. W. Barlow Def. Protestants Relig. 2 A vernaculer pen-man..hauing translated them into English.


 私たちにとって最も重要な語義は,言語を形容する用法で OED の定義2aとして次のように初出する.

2.
a. Of a language or dialect: That is naturally spoken by the people of a particular country or district; native, indigenous.
 Usually applied to the native speech of a populace, in contrast to another or others acquired for commercial, social, or educative purposes; now frequently employed with reference to that of the working classes or the peasantry.
   1647 J. Howell New Vol. of Lett. 149 This [sc. Welsh] is one of the fourteen vernacular and independent tongues of Europe.


 その後,遅れて17世紀後半,そして18世紀以降になって,文学や芸術などにも適用されていく.しかし,もとのラテン語 vernāculus が言語の形容に限らず一般的に土着性を表わすのに用いられたのに対して,英語では借用の初期にはとりわけ言語(周辺)の話題に限定して用いられていたというのが特徴的である.現在でも,辞書の記載としては言語以外の対象を形容するのに用いられ得るものの,基本的には言語との関連が深い形容詞といってよい.
 ちなみに「土着の言語」を意味する名詞用法としては,18世紀初めの次の例が初出である.

a1706 J. Evelyn Hist. Relig. (1850) I. vii. 427 It is written in the Chaldæo-Syriac, which was..the vernacular of our Lord.


 このように英単語としての vernacular の用法は,言語への執着が強い.それは,やはり威信あるラテン語に対する威信なき英語という構図が前提にあったからだろう.それが,いまや威信ある(標準)英語と威信なき(非標準)○○語の構図を想起させる文脈で用いられることが増えてきたというのは,意味深長である.

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