hellog〜英語史ブログ

#4361. 英語史は「英語の歴史」というよりも「英語と歴史」[hel_education][sobokunagimon]

2021-04-05

 標題は,毎年度のように大学の「英語史」の初回授業で述べていることです.一度文章化しておこうと思います.
 「英語史」とは普通に考えると「英語の歴史」のことです.「経済史」は経済の歴史のことで,「生物史」は生物の歴史のことであるのと同じです.英語で「英語史」は "the history of English" や "the history of the English language" と言いますし,当たり前すぎる話しです.
 しかし,「英語史」という分野は,むしろ「英語と歴史」と理解したほうが真実に近いだろうと思っています.この場合の「歴史」とは,皆さんが学校で学んできたはずの「日本史」や「世界史」などを指します.それは,およそ政治史だったり文化史だったり,いわゆる日本なり世界なりがいかなる歴史を歩んできたかについて社会的な観点から過去を振り返る分野です.英語史は,英語という言語と,この直感的で常識的な意味での歴史を絡めてみようという試みにほかなりません.
 「英語史」という分野名を初めて聞くと,おそらく古い英語の文法や発音を学び,古い文学作品を読むのだろうなというイメージをもつだろうと思います.日本語の「古文」が,まさにそのような分野だから無理もありません.もちろん英語史でも古い英語の文法や発音を学び,古い文学作品を読むということは,確かに行ないます.しかし,それは英語史という分野の半分の側面にすぎません.残りの半分の側面は,まさに上記の直感的で常識的な意味での歴史と,英語という言語との関わりに注目します.
 専門的にいえば,英語という言語そのもの --- 文法,発音,綴字,語彙などの言語学的諸部門 --- の歴史的変化を考察する分野は「内面史」と呼ばれます.一方,英語という言語と,それを用いる社会(およびその周辺の他の社会)とをヒモで結びつけた1つの単位の歴史的変化を考察する分野は「外面史」と呼ばれます.
 皆さんの英語史に対する当初のイメージは「内面史」に限定されていたと思います.しかし,英語史のまるまる半分は「外面史」に当てられます.例えば,特に近現代に注目した外面史のトピックとして,以下のような疑問が挙げられます.

 ・ なぜ英語は世界語となったのか
 ・ 現代世界における英語話者の人口はどのくらいか
 ・ 英語は何カ国で使われているのか
 ・ 英文法は誰が定めたのか
 ・ なぜ日本ではアメリカ英語がイギリス英語よりも主流なのか
 ・ 英語にも方言があるのか
 ・ なぜイギリス英語とアメリカ英語では発音や語法の異なるものがあるのか
 ・ なぜ英語には敬語がないのか

 これらの疑問は,もちろん英語という言語そのものにも深く関係しますが,何よりも英語話者や英語社会の観点から問うべき問題であり,すぐれて「外面史」的な話題といえます.一方,以下のような疑問はどうでしょうか.

 ・ なぜ give up = surrender のような類義語や代替表現が多いのか
 ・ なぜ busy は <u> で綴るのに /ɪ/ で発音されるのか
 ・ なぜ one には <w> の綴字がないのに /w/ で発音するのか
 ・ なぜ動詞の3単現に -s がつくのか
 ・ なぜ will の否定形は won't なのか
 ・ なぜ you は単数と複数を区別しないのか
 ・ なぜフランス語などのように名詞に文法上の性がないのか
 ・ なぜ疑問文や否定文に do が出るのか
 ・ なぜ SVO など語順が厳しく決まっているのか

 こちらの方はいかにも英語という言語そのものに関する語学的な疑問ですので,英語史のなかでも「内面史」の観点から説明されるのだろうと思うかもしれません.しかし,実はそうでもないのです.このような一見すぐれて語学的な疑問ですら,実は「外面史」を参照しないと完全には説明できません.いずれも英語話者や英語社会がたどってきた(常識的な意味での)歴史との関係からアプローチすると,きれいに解決する類いの疑問なのです.例えば,最初の「なぜ give up = surrender のような類義語や代替表現が多いのか」という疑問についていえば,1066年のノルマン征服というイギリス史上最大の事件が大いに関与してきます.
 以上,本当の「英語史」のイメージがつかめたでしょうか.英語史は,かなりの程度まで「英語と歴史」なのです.したがって,英語と歴史の両方が好きであれば,たまらない分野となるはずです.英語は好きだけれど歴史が苦手だったという方は,むしろこれを機に歴史に近づくチャンスです.歴史は好きだけれど英語はちょっと,というタイプは,英語を異なる角度から見直すチャンスです.
 最後に,1年ほどかけて英語史概説を学んだ学生が残していったコメントをこちらの記事セットよりご一読ください.英語史が「英語と歴史」であることが伝わってくるコメントが多く見つかります.

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