香味料として知られる coriander (コリアンダー)が,中英語では coliandre などの l をもつ異形が行なわれていたということを知った.r と l が入れ替わる現象,特に語中に同じ子音が2つ現われる場合に一方が交替する現象は,異化 (dissimilation) として知られており,頻繁とはいえずとも決して稀ではない.次の記事を参照.
・ 「#72. /r/ と /l/ は間違えて当然!?」 ([2009-07-09-1])
・ 「#259. phonaesthesia と 異化」 ([2010-01-11-1])
・ 「#3016. colonel の綴字と発音」 ([2017-07-30-1])
・ 「#3229. 2月,February,如月」 ([2018-02-28-1])
・ 「#3684. l と r はやっぱり近い音」 ([2019-05-29-1])
MED を引いてみると,coria(u)ndre (n.) と colia(u)ndre (n.) が別見出しで立てられている.他の語源辞典の情報から考え合わせると,r を示す前者の形態については,L coriandrum > OF coriandre > ME coria(u)ndre というストレートな借用の流れが想定されているようだ.一方,l を示す後者の形態については,L coriandrum > VL *coliandru(m) > OF coliandre > ME colia(u)ndre のように,俗ラテン語の段階で異化を経たものが中英語に入ったというルートが想定されている.
おもしろいのは,MED のそれぞれの見出しのもとに次のような Wycliffite Bible からの用例が掲載されていることだ.Early Version では r 形と l 形の両方が使われていることが確認される.
・ a1425 (a1382) WBible(1) (Corp-O 4) Num.11.7: Manna forsothe was as the seed coryaundre [WB(2): seed of coriaundre], of the colour of bdelli.
・ a1425 (a1382) WBible(1) (Corp-O 4) Ex.16.31: The hows of Yrael clepide the name of it man, that was as the seed of coliaundre [WB(2): coriandre] white, and the taast of it as of tryed floure with hony.
また,同時代の文法書においても,語源形との関係について指摘がみえる.
・ a1425 *Medulla (Stnh A.1.10)17b/b: Coriandrum: coliandre.
ついでに OED を参照してみると,ここでも coriander と †coliander の2つの見出しが立てられているが,後者の初出のほうが早い(以下の例文).ただし,この l 形は初期近代英語期の例を最後に廃用となっている.
・ c1000 Sax. Leechd. I. 218 Genim þas wyrte þe man coliandrum & oðrum naman þam gelice cellendre nemneð.
結果的としてみれば,異化を経ていない「正統」の形態が現代標準語に受け継がれたことになるが,中英語期に両形が共時的に並存していたというのはおもしろい.通常,異化は「r が l に変化した」などの通時的な現象として語られるが,両形の共存という共時的な観点から眺めてみるのも1つの洞察だろう.
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