「#3706. 民族と人種」 ([2019-06-20-1]) でみたように,民族と言語の関係は確かに深いが,単純なものではない.民族を決定するのに言語が重要な役割を果たすことが多いのは事実だが,絶対的ではない.たとえば昨日の記事 ([2019-09-29-1]) で話題にしたアフリカにおいては「言語の決定力」は相対的に弱いのではないかともいわれる.宮本・松田の議論を聞いてみよう (695--96) .
伝統アフリカでは民族性を決定する要因として,言語はそれほど重要でなかったようである.言語は,民族性を決定する一つの要因ではあるが,この他にも宗教,慣習,嗜好,種々の文化表象,記憶,価値観,モラル,土地所有形態,取引方法,家族制度,婚姻形態など言語以外の社会的・経済的・文化的・心理的要因が大きな役割を占めていたと思われる.言い換えれば,民族的アイデンティティを自覚する上で,言語的要因が顕著な影響をもち始めるのは近代以降の特徴であり,地縁関係や生活空間の共通性,そこから生じる共通の利害関係,つまり経済・社会・文化的な要因が相互に作用して,むしろ言語以上に地縁関係の発展,集団編成の原動力となった.
ここから,アフリカ人の多言語使用の社会的基盤が生まれた.それは,言語の数の多さ,それらの分布の特徴,言語ごとの話者の相対的少なさ,言語間の接触の強さなどに拠る.しかも,各言語の社会的機能が別々で,それらが部分的に相補的,部分的に競合しているからである.各言語の役割と機能上の相補と競合の相互作用がアフリカの言語社会のダイナミズムを生み出し,この不安定状態が多言語使用を促進しているのだ.
言語間交流により,諸集団が大きくまとまるというよりは,むしろ細切れに分化されていくというのが伝統アフリカの言語事情の特徴ということだが,その背景に「言語の決定力」の相対的な弱さがあるという指摘は,含蓄に富む.人間社会にとって民族と言語の連結度は,私たちが常識的に感じている以上に,場所によっても時代によっても,まちまちなのかもしれない.
ただし,上の引用では,近代以降は「言語の決定力」が強くなってきたことが示唆されている.民族ならぬ国家と言語の連結度を前提とした近代西欧諸国の介入により,アフリカにも強力な「言語の決定力」がもたらされたということなのだろう.
・ 宮本 正興・松田 素二(編) 『新書アフリカ史 改訂版』 講談社〈講談社現代新書〉,2018年.
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