椎名 (65--72) は,1640--1760年までの gentry comedy を含むコーパスで,呼称 (address_term) の表現を調査した.
呼称は,大きく negative politeness を指向する "deferential type" と positive politeness を指向する "familiar type" に区分される.これは,2人称代名詞でいえば you と thou の区別に相当し,名詞(句)でいえば,たとえば Lord と dear の区別に相当する (cf. 「#2131. 呼称語のポライトネス座標軸」 ([2015-02-26-1])) .歴史的な事実としておもしろいのは,代名詞と名詞(句)の呼称の変化に関して,調査された初期近代英語期から,その後の後期近代英語期および現代英語期にかけて,傾向が異なっていることだ.代名詞では,よく知られているように negative politeness が重視されたかのように thou ではなく you が一般化した.ところが,名詞(句)では,むしろ dear や名前 (first name) での呼びかけのように positive politeness が重視されて,現在に至っている.椎名 (69) の指摘するとおり,「nominal address terms の変化の方向が pronominal address terms の変化の方向と逆だということ」である.
2人称代名詞に関して,なぜ thou ではなく you の方向で一般化したのかについては,「#1127. なぜ thou ではなく you が一般化したか?」 ([2012-05-28-1]),「#1336. なぜ thou ではなく you が一般化したか? (2)」 ([2012-12-23-1]) で話題にしてきたが,ここに新たな論点が加わったように思われる.つまり,なぜ名詞(句)の呼びかけ表現では,むしろ親密 (familiarity) や団結 (solidarity) を示す方向が選択されたのか.これは偶然だろうか.あるいは総合的なバランスということだろうか.
・ 椎名 美智 「第3章 歴史語用論における文法化と語用化」『文法化 --- 新たな展開 ---』秋元 実治・保坂 道雄(編) 英潮社,2005年.59--74頁.
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