hellog〜英語史ブログ

#2604. 13世紀のフランス語の文化的,国際的な地位[reestablishment_of_english][french][history][literature]

2016-06-13

 13世紀のイングランドは,John による Normandy の喪失に始まり,世紀中葉には Henry III が Provisions of Oxford や「#2561. The Proclamation of Henry III」 ([2016-05-01-1])」などを認めさせられ,その後の英語の復権を方向づけるような事件が相次いだ (see 「#2567. 13世紀のイングランド人と英語の結びつき」 ([2016-05-07-1])) .
 しかし,時代の大きな流れとしては英語の復権へと舵を切っていたものの,小さな流れとしては,英語に比してフランス語がいっそう重要視されるという逆流もあった.Henry III がフランス貴族を重用したことにより宮廷周りでのフランス語使用は増したし,イングランドのみならず国際的にみても13世紀のフランス語の地位が高かったという事情もあった.後の18世紀にもヨーロッパ中にフランス語の流行が見られたが,13世紀の当時,フランス語はヨーロッパの文化的な国際語として絶頂の極みにあったのである.
 例えば,Adenet le Roi にはドイツのあらゆる貴族が子供たちにフランス語の教師をつけていたとの言及がある(以下,Baugh and Cable 129 より引用).

Avoit une coustume ens el tiois pays
Que tout li grant seignor, li conte et li marchis
Avoient entour aus gent françoise tousdis
Pour aprendre françoise lor filles et lor fis;
Li rois et la roïne et Berte o le cler vis
Sorent près d'aussi bien la françois de Paris
Com se il fussent né au bourc à Saint Denis. (Berte aus Grans Piés, 148ff.)


 また,Dante の師匠である Brunetto Latini は百科事典 Li Tresor (c. 1265) をフランス語で著わしたが,それはフランス語が最も魅力的であり,最もよく通用するからだとしている.もう1人のイタリア人 Martino da Canale も,ベネチア史をフランス語に翻訳したときに,同様の理由を挙げている.似たようなコメントは,ノルウェーやスペインから,そしてエルサレムや東方からも確認されるようだ.同趣旨の文献上の言及は,ときに15世紀始めまでみられたという (Baugh and Cable 129) .
 では,イングランド及びヨーロッパ全体における,13世紀のフランス語の高い国際的地位は何によるものだったのか.Baugh and Cable (129) は,次のように複数の要因を指摘している.

The prestige of French civilization, a heritage to some extent from the glorious tradition of Charlemagne, carried abroad by the greatest of medieval literatures, by the fame of the University of Paris, and perhaps to some extent by the enterprise of the Normans themselves, would have constituted in itself a strong reason for the continued use of French among polite circles in England.


 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

Referrer (Inside): [2021-02-09-1] [2017-02-25-1]

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