hellog〜英語史ブログ

#2384. polycentric language[sociolinguistics][variety][dialect][terminology][world_englishes][model_of_englishes]

2015-11-06

 複数の「中心」をもつ言語は,標題の通り polycentric language あるいは pluricentric language と呼ばれる.Trudgill (105) の用語辞典から,解説を引用する.

A language in which autonomy is shared by two or more (usually very similar) superposed varieties. Examples include English (with American, English, Scottish, Australian and other standard forms); Portuguese (with Brazilian and European Portuguese standard variants); Serbo-Croat (with Serbian and Croatian variants) and Norwegian (with Bokmål and Nynorsk).


 polycentric language とは,換言すれば,各々「Ausbau な言語」と呼びうるほどの標準性を持ち合わせた複数の変種を配下に含む1言語とも定義できるかもしれない.例えば,イギリス英語 (British English) とアメリカ英語 (American English) は,別の歴史的経緯を経ていれば,もしかすると各々イギリス語 (British) やアメリカ語 (American) と呼ばれる独立した言語になっていたかもしれない (cf. 「#468. アメリカ語を作ろうとした Webster」 ([2010-08-08-1])) .実際にはそうならずに,あくまで「イギリス変種の英語」や「アメリカ英語」などと呼称されるようになっているが,「英語」と呼ばれる言語の配下にある,世界的にも重要な役割を果たす2変種とみなされていることは事実である.このような観点から英語という言語をみるとき,英語は "polycentric language" であると言われる.
 "polycentric language" という用語遣いは,ある言語変種の autonomy と heteronomy (cf. 「#1522. autonomyheteronomy ([2013-06-27-1])) の問題に関わるため,その変種の社会言語学的な実態を指すのに用いられるというよりは,その変種を社会言語学的にいかに捉えるかという観点を表わすものではないか.上の引用では,Serbo-Croat の例が触れられているが,セルビア語 (Serbian) とクロアチア語 (Croatian) が互いに独立した言語であるという(社会)言語観の持ち主にとっては,セルボクロアチア語 (Serbo-Croat(ian)) が "a polycentric language" であるという謂いはナンセンスどころか,挑発的に聞こえるかもしれない (cf. 「#1636. Serbian, Croatian, Bosnian」 ([2013-10-19-1])) .
 この用語には,別言語へ分裂していきそうだが,分裂していない(とみなされている)言語変種の置かれた状況を表現しようとする意図が感じられる.「互いに似ている2言語」なのか「互いに似ている2変種を配下にもつ1言語」なのか.英語にせよ,セルボクロアチア語やポルトガル語にせよ,いずれの言語変種に関しても,"polycentric language" とは実態というよりは見方を伝えるターミノロジーではないか.その点で,Jenkins (64) が使っているように "pluricentric approach" という表現を用いるのが適切のように思う.
 昨日の記事「#2383. ポルトガル語とルゾフォニア」 ([2015-11-05-1]) の (5) で,「ポルトガル語のブラジル方言」か「ブラジル語」かという問題に言及したが,換言すれば,この議論はポルトガル語が "a polycentric language" か否かの議論ということになる.

 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.
 ・ Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. Abingdon: Routledge, 2003.

Referrer (Inside): [2018-02-06-1] [2015-11-24-1]

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