hellog〜英語史ブログ

#1972. Meillet の文法化[grammaticalisation][unidirectionality][analogy][word_order]

2014-09-20

 昨日の記事「#1971. 文法化は歴史の付帯現象か?」 ([2014-09-19-1]) 及び grammaticalisation の各記事で扱ってきた文法化は,1980年代以降,言研究において一躍注目を浴びるようになったテーマである.文法化の考え方自体は19世紀あるいはそれ以前より見られるが,「#417. 文法化とは?」 ([2010-06-18-1]) でも触れたように,最初に文法化という用語を用いて研究したのは Antoine Meillet (1866--1936) だといわれる.以下,Meillet の文法化の扱いについて3点触れておきたい.
 まず,Meillet によれば,文法化とは "le passage d'un mot autonome au rôle d'élément grammatical" (131) である.挙げられている例は今となっては典型的なものばかりで,フランス語 pas の否定辞としての発達,英語でいえば havebe を用いた完了形など複合時制の発達,意志や義務を表わす動詞からの未来時制を表わす助動詞の発達などである.
 なお,Meillet は,ラテン語では比較的自由だった語順がフランス語で SVO などの語順へと固定化を示した過程も一種の文法化ととらえている.英語史でいえば,古英語から中英語以降にかけての語順の固定化も,同様に文法化といえることになる.これらの言語では,古い段階でも語順は完全に自由だったわけではなく,談話的,文体的な要因により変異した.しかし,後に屈折の衰退と歩調を合わせて,語順が統語的,文法的な機能を帯びるようになったとき,Meillet はそこに文法化が起こっているとみたのである.複合時制の発達など前段落に挙げた例と語順の固定化という例が,同じ「文法化」という用語のもとで扱われるのはやや違和感があるかもしれないが,複数の語の組み合わせ方や順序が,当初の分析的な意味との関係から脱し,文法的な機能へと再解釈されていった点で,共通するところがある.
 次に,Meillet が文法化について議論しているのは,文法形式の発展という文脈においてである.Meillet は,文法形式の発達には2種類あり,1つは類推 (analogy) ,1つは文法化であるとしている.前者については,vous dites ではなく *vous disez と誤用してしまうような過程が,場合によって一般化してしまうようなケースを念頭においている.このように類推は言語体系全体には大きな影響を与えない些末な発達だが,他方の文法化は新カテゴリーを創造し,言語体系全体に影響を与えるものとして区別している.

Tandis que l'analogie peut renouveler le détail des formes, mais laisse le plus souvent intact le plan d'ensemble du système existant, la «grammaticalisation» de certains mots crée des formes neuves, introduit des catégories qui n'avaient pas d'expression linguistique, transforme l'ensemble du système. (133)


 最後に,文法化についてしばしば言及される方向性について,より具体的には分析から統合への方向性について,Meillet は次のような発言を残している.

Analyse et synthèse sont des termes logiques qui trompent entièrement sur les procès réels. La «synthèse» est une conséquence nécessaire et naturelle de l'usage qui est fait de groupes de mots. (147)


 しかし,Meillet はここで唯一の方向性 (unidirectionality) について言及しているわけではないことに注意したい.pas の否定辞としての発達過程などは,むしろ,ne だけでは弱く感じられた否定を強調するために名詞 pas を加えたところが出発点となっているのであり,この付け加え自体は分析化の事例である.Meillet がこの点もしっかりと指摘していることは銘記しておきたい.

 ・ Meillet, Antoine. "L'évolution des formes grammaticales." Scientia 12 (1912). Rpt. in Linguistique historique et linguistique générale. Paris: Champion, 1958. 130--48.

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