hellog〜英語史ブログ

#1092. 2重の品詞転換と名前動後[diatone][conversion][productivity][word_formation]

2012-04-23

 英語の品詞転換 (conversion) あるいはゼロ派生 (zero-derivation) としては,名詞と動詞のあいだの例が多いが,この過程が2度繰り返される例がある.[2011-07-30-1]の記事「#824. smoke --- 2重の品詞転換」で, smoke が「煙」→「煙を吸う」→「喫煙」という過程を経たのではないかという説を紹介したが,2音節語において強勢の移動を伴う種類の過程をも品詞転換とみなすことにするのであれば,abstráct (抽象する),ábstract (抽象;要約),ábstract (要約する),の相互関係も類例に加えられる([2011-11-08-1]の記事「#925. conversion の方向は共時的に同定できるか?」の (3) を参照).
 強勢の移動により品詞が交替するという現象は,現代英語では「名前動後」として知られており,本ブログでも diatone の各記事で話題にしてきた.abstract の例は,初期近代英語期に発達した conversion と diatone という2つの過程を最大限に活用した語形成ということができ,すぐれて効率的である.私が diatone の研究中に調べた類例としては以下の語がある.それぞれの転換の方向や順序は未確認だが,3者の関係は smokeabstract と似ている.

 ・ discóunt (考慮に入れない),díscount (割引き),díscount (割引する)
 ・ éxtract (抽出物),éxtract (抽出する),extráct (抜粋する)
 ・ combíne (結合する),cómbine (コンバイン),cómbine (コンバインで収穫する)
 ・ concréte (凝結させる),cóncrete (コンクリート),cóncrete (コンクリートで固める)
 ・ contráct (病気にかかる;縮ませる),cóntract (契約),cóntract (契約する)
 ・ contról (制御する),contról (制御),cóntrol (制御装置)
 ・ retárd (遅らせる),retárd (遅れ),rétard (知恵遅れの人)


 このような例は数こそ多くないが,今後も活用される可能性があるのではないか.英語史の流れのなかで,静かに生産的となってきた語形成法といえそうだ.関連して,大石 (169--70) 及び Hotta (59) を参照.

 ・ 大石 強 『形態論』 開拓社,1988年.
 ・ Hotta, Ryuichi. "Noun-Verb Stress Alternation: An Example of Continuing Lexical Diffusion in Present-Day English." Journal of the Faculty of Letters: Language, Literature and Culture 110 (2012): 36--63.

Referrer (Inside): [2013-07-28-1]

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