hellog〜英語史ブログ

#962. Esperanto[artificial_language][esperanto]

2011-12-15

 過去4日の記事 (##958,959,960,961) で人工言語について取り上げてきたが,19世紀後半,人工言語への熱狂が再燃した時期に,彗星の如く現われて一世を風靡したエスペラント語 (Esperanto) について語らないわけにはいかない.
 エスペラント語の生みの親 Ludwig Lazarus Zamenhof (1859--1917) は,当時ロシア帝国領にあった東ポーランドの Białystok に生まれた.ユダヤ人の家系に生まれた彼はロシア語を母語とし,民族間の軋轢のなかで成長し,眼科医となる.複雑な多民族,多宗教の環境で,彼が囲まれていた言語は Yiddish, Hebrew, Polish, German, Russian, Lithuanian と多数である.このような環境で培われた寛容と忍耐の精神に支えられ,Zamenhof は国際言語の発明という構想を抱くようになり,何年もの実験の後,1887年,Doktoro Esperanto (エスペラント語で「希望する者」の意)の筆名で解説書 Lingvo Internacia をロシア語で著わした.筆名にちなんで後にエスペラント語と呼ばれることになる言語の最初の指南書である.
 1889年,最初のエスペラント語の雑誌 La Esperantisto が刊行.1893年には,エスペラント語の公式な組織が立ち上がった.Zamenhof は旧約聖書,『ハムレット』,アンデルセン童話,モリエールの劇,ゲーテ,ゴーゴリなどの翻訳を手がけ,エスペラント語を洗練させていった.1905年,Boulogne で最初の国際エスペラント語大会が開かれ,20カ国から700人の代表が参加.大会はその後現在に至るまで毎年開催されている.1905年に出版された Fundamento de Esperanto はエスペラント語の文法の原理をまとめたものであり,エスペランティスト (Esperantist) のバイブルともいえる著である.
 1921年には,当時国際連盟事務次長であった新渡戸稲造が,エスペラント語の思想に共鳴し,国際連盟総会でエスペラント語の利点を訴えるという場面もあった.エスペラント語の採用には至らなかったが,この言語を国際的に印象づける機会にはなった.その後,政治的な含みを付されたエスペラント語は,その支持者とともに,ナチス政権やスターリン政権下で弾圧されたが,戦後に活動を復活させ,1954年にはユネスコが The Uiversala Esperanto-Asocio (世界エスペラント協会) (1908年創立)を諮問団体として認定.1966年には,100万人以上の署名とともに国際連合の公用語への提案がなされたが,これは受け入れられなかった.
 現在,50の国内協会,22の国際協会が存在し,100を超える定期刊行物,3万を超える著書がエスペラント語で刊行されている.ワルシャワ,北京,ウィーンなどではラジオ放送も存在する.言語の話者人口の推計の常として,エスペラント語の話者人口についても確かなことはわからない.少ない推計で数十万人,多い推計で1500万人以上という数字がきかれる (Crystal 356) .総合的にいって,人類史上,最も成功した人工言語といってよいだろう.
 世界の中で,ヨーロッパ諸国を除けば,日本はエスペラント語の普及活動の盛んな国である.1919年創立の日本エスペラント学会がその活動の中心である.上述の新渡戸のほか,二葉亭四迷,新村出(言語学者)などが関心を寄せてきたという歴史もある.ヨーロッパ内では,フィンランド,オランダ,スウェーデン,デンマークでの活動が目立つ.いずれも比較的弱小な言語を母語とする国であり,エスペラント語の理念が理解されやすいためだろう.
 一方で,エスペラント語に対しては,根強い反発が存在することも確かである.国際共通言語としては自然言語(特に英語)を採用すべきだとする論者もあるし,他の人工言語の支持者もある.また,エスペラント語が政治的プロパガンダと結びつけられる傾向があることも,うさんくささを強めているようだ.
 私はエスペランティストではないが,大学時代に多少学んだ(大学の授業として「エスペラント語」があった).現在では大学の授業としてどのくらい開講しているのだろうと気になったが,授業でのエスペラント語なるHPを見つけた.細々とあるようである.

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1997. 199--205.

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