hellog〜英語史ブログ

#944. rationreason[doublet][history_of_french][french][latin][etymology][loan_word]

2011-11-27

 英語語彙に散見される 2重語 (doublet) は,そのソース言語(方言)の組み合わせによって様々な種類がみられる.これまでの doublet の記事で取り上げてきた例は,フランス語絡みが多い.今回もフランス語からの借用語を扱うが,さらにその元であるラテン語の形態との間で2重語の関係を作っている例をみてみよう.
 ラテン単語は,その娘言語であるフランス語へ伝わる際に音韻変化を経た.その音韻変化の1つに,ラテン語の典型的な名詞語尾 -tiō(nem) がフランス語で -son へと発達したというものがある.これにより,ラテン語 ratiōnem はフランス語 raison へ,同様に traditiōnemtrahison へ,pōtiōnempoison へ,lectiōnemleçon へと変化した.
 音韻変化は原則として例外なしとすると,フランス語に -tion の形態は残らないはずだが,実際にはいくらでも存在する.それは,フランス語が,音韻変化を遂げた後に改めてラテン語から語源的な形態を借用した(あるいは復活させた)からである.その段階で,すでに,フランス語の内部において語源を一にする2つの異なる形態(フランス語形とラテン語形)が2重語として共存していたことになる.そして,フランス語におけるその2形態が,時期は必ずしも同じでないにせよ,そのまま英語へも借用され,2重語の関係がコピーされたのが,ration -- reason, tradition -- treason, potion -- poison, lection -- lesson のようなペアである.
 ration -- reason には,ratio という同根語も英語に存在し,3重語 (triplet) を形成している.tradition はラテン語 trādere ("through" + "give") からの派生名詞で,「(次世代に)引き継ぐこと,明け渡すこと」が原義である.同語源の英単語 treason (裏切り)は「(人を)売り渡すこと」ほどの語義から発達した.英単語の tradition 自体も,15世紀末から17世紀までは「裏切り」の語義をもっていた.
 [2011-02-09-1]の記事「#653. 中英語におけるフランス借用語とラテン借用語の区別」で見たように,フランス語とラテン語の語形は見分けるのが難しいことも多い.中世ではそれくらい両言語の差は小さく,それだけにラテン語にもある程度慣れていたフランスの書記たちは大いに混乱していた.古フランス語においては,フランス語形とラテン語形の併存は常態であり,その状況のなかで上記のような2重語が生み出された.そして,その余波は海峡を越えてイングランドへも伝わった.英語史の少なくとも一部は,このようにフランス語史と密接に関わっていることがわかるだろう.
 このような2重語の例は,改めて英語語彙の多層性を見せてくれる例として覚えておきたい.

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