助動詞のなかでも比較的影の薄いものに used to がある.[2011-04-22-1]の記事「use --- 最も頻度の高いフランス借用語」や[2009-07-01-1]の記事「法助動詞の代用品が続々と」で used to に関連する話題を取り上げたが,今回はなぜ現在形がないかという問題を考えたい.
この助動詞は,過去の習慣を表わして「(以前は)よく…したものだ」や,過去の状態を表わして「(かつては)…だった」と意味する.疑問文や否定文の作り方や,語形においても妙な振る舞いをする助動詞だが,特に奇妙なのは現在を欠いていることである.「過去」を専門的に表わす助動詞であり,現在形を欠いているのはむしろ当然だという考え方もあろうが,現在の習慣を表わして「よく…する」や,現在の状態を表わして「(現在は)…だ」と現在性を強調する役割で *use to なる用法があってもよい,と議論することもできる.実のところ,現在形の用法は14世紀から初期近代英語期にいたるまで例証される ( OED, use, v., 21 あるいは MED, ūsen (v.), 14a を参照).
しかし,初期近代英語期以降,この表現は過去の用法に限定されてゆき,なおかつ一般動詞から助動詞へと統語的振る舞いを変化させていった.かつては現在分詞でも用いられたが,その用法もなくなった.時制形や分詞形が欠けているという特徴は must や need でも同様であり,すぐれて助動詞的な特徴であることに注意されたい.use(d) to に起こったことは,助動詞化,より広くは文法化 ( grammaticalisation ) の現象であるといえる.
では,近代英語期以降,現在の用法が廃れたのはなぜか.水面下で文法化の力がゆっくりと働いていたと考えることは可能だが,より直接的には発音の問題が関わっていると考えられる.現在 used to は [juːstə] と発音され,事実上,現在形の *use to と同じ発音となる.綴字上の現われとしても,He use(d)n't to . . . や Did he use(d) to . . .? などのように過去形語尾の <d> が落ちることは《英略式・米》ではよくある.これにより過去形と現在形の間に一種の同音異義衝突 ( homonymic clash ) が生じることになり,現在用法を衰退させる一因となったのではないか.
この点について,[2011-04-22-1]の記事「use --- 最も頻度の高いフランス借用語」でも触れた Menner (241fn) は,次のように述べている.
B. Trnka explained the modern limitation of the idiom use to to the present tense by the development of homophony with the preterite, On the Syntax of the English Verb from Caxton to Dryden, Travaux du Cercle Linguistique de Prague 3.36 (Prague, 1930). For the Middle English and Early Modern English I use to go we are now obliged to substitute such periphrases as 'I usually go', 'I am in the habit of going', 'I am accustomed to go'.
・ Menner, Robert J. "The Conflict of Homonyms in English." Language 12 (1936): 229--44.
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