言語使用において直接話題にしにくい内容がある.例えば,ある種の職業,体の部位,性,妊娠,出産,身体機能,病気,老齢,死は,直接口にするのがはばかられる状況が多い.人々がこれらの内容を直接的に指す表現を口にするのを避ける現象は,言語的な禁忌 ( linguistic taboo ) と呼ばれ,あらゆる言語に存在する.しかし,話題にすること自体は必ずしもタブーではなく,直接的でなく間接的に指す表現であれば,それを使用することが社会的に許容されるという状況も多い.このように間接的にやんわりと対象を指示する表現のことを婉曲語法 ( euphemism ) という.
では,euphemism に備わっているという「間接性」はどのように作り出されるのだろうか.おそらく他言語とも比較されるだろうが,英語の場合の euphemism の作り方を列挙してみよう.以下は,Brinton and Arnovick, pp. 80--81 に基づいた分類.
(1) 一般化 ( generalization )
より一般的な意味の表現で代用する.そのものを直接指すのではなく,そのものを含んだ全体を指すことになるので,きつさが消える.ex. growth for cancer, voiding for defecation or urination.
(2) 素性分解 ( splitting features )
1語に詰められている2つ以上の意味素性を分解し,それらを組み合わせて新たな語句を作る方法.意味の因数分解.カプセル化された意味を分解して示すので,そのぶん直接性が薄れる.ex. ethnic cleansing for pogrom, genocide; pre-owned for used.
(3) 借用 ( borrowing words )
特にラテン語やギリシャ語の形態素を用いた難解な語を利用する.受け取り側は「翻訳」の過程を経るので,それだけ間接的になる.ex. expire for die, perspire for sweat.
(4) 比喩的表現 ( figure of speech )
隠喩 ( metaphor) や換喩 ( metonymy ) で暗に示す.ex. belly button for navel, in his cups for drunk.
(5) 意味転換 ( semantic shift )
ある過程を指して関連する別の過程を指す.ex. sleep with for have sex with, go to the bathroom for defecate or urinate.
(6) 音声のゆがめ ( phonetic distortion )
音声形態を変えて,直接性を薄める.ex. gosh for god, darn for damn.
(7) 指小表現 ( diminutives )
指小辞 -y や重複 ( reduplication; see [2009-07-02-1] and [2010-01-21-1] ) を用いて「かわいく」する.ex. tummy for stomach, wee-wee for urination.
(8) 頭字語や頭文字略語 ( acronyms or initialisms )
もとの表現が何だったか忘れられる例もあるくらい間接的になる.ex. TB for tuberculosis, SOB for son of a bitch.
他に何かないかなと考えてみたが,"meta-euphemism" とでも呼べそうな例を思いついた.euphemism という語はそれ自体がイギリス俗語で「トイレ」を指す婉曲表現として使われる.この場合,"euphemism" という言語現象の一般的な名称でもって euphemism の代表例である「トイレ」という語に代えるということなので,euphemism の euphemism である."double euphemism" とか "super-euphemism" と呼んでもよさそうだ.
・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006.
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