hellog〜英語史ブログ

#338. Norman Conquest 後のイングランドのフランス語母語話者の割合[french][demography][bilingualism]

2010-03-31

 1066年の Norman Conquest の後,イングランドはフランス語を母語とする者たちの支配下に入った.とはいっても,イングランドの居住者の大多数は相変わらずアングロサクソン系であり,フランスから渡ってきた者といえば王侯貴族,そのお仕えの者たち,高位聖職者が主だったが,その数は多くなかった.英語の復権の兆しが見えるまで Norman Conquest から優に300年はかかったが,英語が地下に潜りながらもたくましく生き延びた原因の一つは,英語母語話者の絶対数が圧倒的に多かったことである.では,ノルマン貴族とアングロサクソン庶民の人口比は具体的にはどれくらいだったのだろうか.
 歴史人口統計学をもってしても11世紀後半における人口比を正確に知ることはできない.しかし,Blake によるおよその見積もりは参考になるかもしれない.

It would be reasonable to suggest that the number of native French speakers can never have been greater than 10 per cent of the total population of England, and a more realistic estimate is probably less than 5 per cent. The greatest part of the population in England at this time consisted of the peasants who tilled the land. They probably formed anything between 85 and 90 per cent of all people here, . . . . (107)


 要するにフランス人は人口の約5%を占めたに過ぎないとの見積もりである.さらに Blake は,聖職者階級に入り込んだフランス人の人口比だけをとってもやはり非常に低いと見積もっている.

. . . the number of native French speakers in the clergy at any one time cannot have been very large. Perhaps it amounted to no more than 2 per cent of the total clergy. (108)


 上記の人口統計を含め,当時の社会状況を考察した結果として導き出されるのは,イングランドは真の意味で bilingual ではなかったという主張である.

Although two languages, English and French, were spoken in England, it is doubtful whether it ever became a truly bilingual country. The majority of the population was monolingual and only used English. (109--10)



 "truly bilingual" がどのような状況を指すのかが不明ではあるが,単純に人口の半々がそれぞれの言語を母語としており,かつ他の言語もある程度は理解可能であるという状況のことだと想定すると,中世イングランドを bilingual society とみなす慣習的なとらえ方は不適切ということになる.Blake 的な感覚でいえば,"barely bilingual" くらいの表現が適切なのかもしれない.

 ・ Blake, N. F. A History of the English Language. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 1996.

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