hellog〜英語史ブログ

#128. deer の「動物」の意味はいつまで残っていたか[caxton][semantic_change][flemish]

2009-09-02

 昨日の記事[2009-09-01-1]で,deer が「動物」から「鹿」へと意味の特殊化を経たこ過程をとりあげた.今回は,本来の「動物」の意味がいつごろ消えたのかに焦点を当てたい.
 まず OED で調べてみると,1481年の William Caxton ( c1422--91 ) の The historye of reynart the foxe での例が最終例となっている.

The rybaud and the felle diere here I se hym comen.
(I see him coming here, the scoundrrel and the trecherous beast.)


だが,この例を除いた最終例は1340年頃となっており,ずいぶんと断絶があるように思われる.
 15世紀からのもう一つの例として Bevis of Hampton からの例があるが,後にも定着した small deer というフレーズとしてであり,文脈から意味が補われ得るものであるから,別扱いしたほうがいいかもしれない.

Ratons & myse and soche smale dere . . . was hys mete.
(Rats and mice and such small animals . . . was his food.)


 Bradley (140) は Caxton 以前の使用例の断絶を重視し,事実上,「動物」の意味は Caxton よりずっと早くに失われていたのではないかと推察している .興味深いのは,Caxton の例外的な使用は,彼の Brugge 滞在が長かったゆえに,そこで話されていた Flemish における対応語に慣れ親しんでいたからではないかと推察している点である.確かに Caxton は羊毛貿易の要地である Brugge に30年近く住み,商人の棟梁として活躍した人物であるから,この指摘は興味深い.
 他にも,当時の Flemish では現役だったが英語ではほぼ廃れてしまっていた語や意味が Caxton によって「復活」されたとおぼしき例はあるのだろうか.そうだとすると,英語語彙の延命治療医としての Caxton の姿が浮き上がってきておもしろそうだ.

 ・Bradley, Henry. The Making of English. New York: Dover, 2006. New York: Macmillan, 1904.

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