研究室からセクシュアル・ハラスメントをなくすために

天文月報2000年8月号 (Copyright 日本天文学会)(2000)93, 439-446 

研究室からセクシュアル・ハラスメントをなくすために


加藤万里子  (日本学術会議天文研連委員、天文学会教育委員)

池内 了  (日本学術会議会員、天文研連委員長)


アブストラクト
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  99年11月に行った女性研究者問題アンケート調査の結果では、
セクシュアル・ハラスメントの被害が研究室の中で日常的に存在し、
その数の多さと深刻さが非常に深刻な学問的被害をもたらしていることが
わかった。セクシュアル・ハラスメント防止のためのガイドラインや相談
組織は、各大学・組織で作られはじめたばかりの段階であり、経験も蓄積
されてはおらず、防止・啓蒙活動はまだ十分とはいえない。セクシュアル・
ハラスメントをなくすためには、研究者それぞれがこの問題に対する理解を
深め、各研究室ごとにきめこまかい防止・啓蒙活動を地道に行う必要がある。
そこでここでは、研究室での防止活動の参考になる情報を集めて紹介する。
これを参考にして、各研究機関・研究室ごとにねばり強い啓蒙活動が行われる
ことを期待したい。
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1。この文章を読んでもらいたい人 
 この文章は、セクシュアル・ハラスメントの被害にあった人のためのもの
ではありません。研究室からセクシュアル・ハラスメントをなくすために、
研究室を運営する研究者や組織管理者、相談員、研究室仲間や同僚に読んで
もらうために書いています。したがって、この文章の目的は
(1)あらかじめ各研究室でセクシュアル・ハラスメントの防止策をとって
ほしいことを訴え、
(2)もし、セクシュアル・ハラスメント被害があった時には、迅速で適切な
対処ができる、ようにするためです。
 各大学でそれぞれセクシュアル・ハラスメントの防止活動が始まっていま
すが、深刻な被害がすでに多数あることがわかっているため、緊急に対処を
する必要があること、相談委員としての専門家がいない状況のなかで、天文
学者自身が相談員としての知識や経験を急いで積む必要があること、防止の
ためには徹底した啓蒙活動が大切であることから、「天文月報」に防止のた
めの情報提供となる記事を書き、防止活動の参考にしていただくことにしま
した。

2.何がセクシュアル・ハラスメントにあたるか
 1999年( 平成11年)4月に男女雇用機会均等法が改正され、事業主に
セクシュアル・ハラスメント防止の義務が課されることになりました。文部
省もセクシュアル・ハラスメント防止のための通達(文献1)を出し、各大
学・研究組織でも、ガイドラインや相談組織がつくられたり啓蒙活動が始まる
など、防止のための活動が始まっています。
 しかし、セクシュアル・ハラスメントは新しい概念であり、啓蒙活動はまだ
普及しているとはいえません。相談組織の委員に任命された人の多くは、同じ
組織の教職員で、これまでこの種の相談にあたった経験がなく、相談委員養成
のためのシステムも整っていません。セクシュアル・ハラスメント問題に対応
するためには、女性学と心理学の両方の知識と経験が必要なため、従来から
ある学生カウンセリングの枠内では対応できず、専門家も不足しています。
迅速に防止活動を始めるためには、とても不十分な状況といえます。
 誤解されやすいのが、何がセクシュアル・ハラスメントになるか、の定義です。
一言で言えば、「男女を問わず、相手が不快に思う性的な言動」のことを指しま
す。これは、性的な関心や欲求がもとになっている場合もあれば、性差別意識
が(隠された)動機である場合もあります(文献1)。たとえ相手に好意があって
することでも、相手をわざと傷つけようと思ってすることでも、相手が嫌がる
ことであれば、どちらも『セクハラ』にあたります。
 ここでは具体的な事例をリストすることはしません。リストがあると、その
中にないものは許されると誤解する人が出るとも限りません。何がどうして
いけないのか、個々人が自分で判断できるようにならなければ、防止は難しい
と思います。ですからここでは何がセクハラになるかを判断する時のポイント
だけを述べます。
 まず基本的な理解が非常に大切です(以下は文部省通達2(文献1)からの
引用ですが、 表現は少し変えてあります)。
(1)性に関する言動の受け止め方は、男女差や個人差、立場により大きな
   違いがある。何がセクシュアル・ハラスメントにあたるかは、言う方の
   判断ではなく受け取る側の判断による。具体的な注意としては、
  i)親しさを表すつもりの言動であったとしても、本人の意図とは関係なく
   相手を不快にさせてしまう場合があること。
  ii)不快に感じるか否かには個人差があること
  iii)この程度のことは相手も許容するだろうという勝手な憶測をしないこと
  iv)相手との良好な人間関係ができていると勝手な思い込みをしないこと
(2)相手が拒否し、又は嫌がっていることがわかった場合には、同じ言動を
   決して繰りかえさないこと。
(3)セクシュアル・ハラスメントであるか否かについて、相手からいつも
   意志表示があるとは限らないこと。
(4)勤務時間内又は職場内におけるセクシュアル・ハラスメントにだけ注意
   するのでは不十分であること(歓迎会などでも注意する)

 この文部省の通達はよくまとまっていますので、是非一読されることを
お勧めします。また、国立天文台ハワイ観測所でRCUH(ハワイ大学研究支援公社)
勤務の方、および観測所に滞在する方は、RCUHのガイドライン(文献2)をご覧
下さい。
 セクシュアル・ハラスメントの概念が世に広まるにつれ、ささいなことを
セクハラだとして抗議される男性側の被害者意識も、週刊誌などで流布される
ようになりました。男性側が必要以上に被害者意識をもつのは、相手の身に
なって考えることが難しいという事情もあると思いますし、身におぼえの
ない疑惑で抗議されることへの拒絶感もあると思います。でも、以下に述べる
天文学会で行ったアンケート調査であきらかになったことは、記述された事例の
多くは、定義のあいまいなボーダー上にあるものではなく、『常識的にみて
ひどいと思うできごと』なのです。

3.天文学会の調査から
 1999年11月に行った天文学会のアンケート調査(以下アンケート調査と
略記する)の結果では、残念ながら、上記の項目それぞれについてあてはまる
記述が多数あり、女性天文学研究者の4割がセクシュアル・ハラスメントの
被害にあっています。相手が教官や指導にあたる立場の人である場合には、
「論文指導に支障が出た」「博士論文の提出が遅れた」「休学や退学を
した」という大きな被害をもたらしています。その結果「分野を変えた」「別の
大学院に進んだり進路を変えた」というケースが複数ありました。また大学院
時代より後で被害をうけた場合にも、「昇格にさしつかえた」「休職した」
「職場をやめた」といった、研究者のキャリア形成としても障害になる重い被害が
それぞれ複数ありました。
 このようにセクシュアル・ハラスメントによる被害は、本人の進路や心身の
健康のみならず、天文学の学問的損失をもたらしています。
 いっぽう、アンケートの回答から、セクシュアル・ハラスメント防止のための
ガイドラインや相談組織が、自分の所属する組織に存在するのかについては、
『ない』『知らない』と答えた人の合計は、それぞれ女性71%、75%、
男性48%、62%と非常に多く、啓蒙活動について『不充分だ』と考えて
いる人の割合も非常に多い(女性88%男性66%)ことがわかりました。
 なお、女性研究者アンケートの結果報告は、天文月報2000年3月号および
4月号(文献3)に掲載されています。このアンケートの質問項目や報告等は
加藤のWebページ(文献4)にあります。

4.相談を受けたとき
 相談をうけるには、心の準備が必要です。相談者は傷ついており、自分のこと
で精いっぱいの状況だし、時として心理的に混乱しています。何がセクシュ
アル・ハラスメントにあたるかの基礎的なことをきちんと勉強して臨まないと、
不適切な発言をして、さらに二次的な被害を起こしたり、問題をこじらせて、
解決不可能な状況になる場合もあります。また、相談内容が深刻であればある
ほど、相談を受ける人の側も、心の負担が大きいので、自分を守るための知識も
必要です。
 相談をうける人に予備知識がないと、適切な判断ができないばかりか、対処を
あやまって問題をこじれさせたり、不適切な対応をして相談にきた人の精神的被害を
大きくしてしまいます。たとえば実際にあった例では、ある女性天文学研究者
から被害の相談をうけた主任教授は、その女性の方に非があると考えて不適切な
対応をして、逆に二次的被害を重ねてしまいました。組織管理者である学部長は、
そのことも知っていながら1年半以上も放置したため、その女性は精神的
被害が大きく休職し、PTSD(後に詳述)の症状を発症し、長期間身体症状に苦しみ
続ける事態になりました。もし早期に適切な対処がとられていれば、これほど
大きな被害は避けられたものと思います。このような場合には、重い管理責任が
問われるのは避けられません。

 「セクハラ」行為があると知った時、この文章を当事者にポンと渡しておしまいに
してはいけません。まず、被害をうけた当人がそれに抗議するのは当然、という
考えは、セクシュアル・ハラスメントに関しては間違っています。被害を
うけた人は、それだけでショックを受けているのです。当人が抗議しなくても、
明らかにセクシュアル・ハラスメントである場合には、その場にいあわせた
周囲の人が抗議をする雰囲気を作らねばなりません。そのような雰囲気があれば、
被害がかなり軽くすむことも多いのです。
 以下、相談を受けた場合の心構えについての注意点をまとめておきます。

(1)相談をうけたまま放置する×
 相談する人は、大きな決心をして、やっとの思いで相談するのです。待って
いる期間はとても不安定なものです。出張や観測だからといって、何日も待た
せてはいけません。その日のうちに行動しましょう。
 
(2)相談者の心理を理解しないための管理ミス×
  心の傷をうけた後の典型的な反応に、集中力の散慢や、強い怒り、強い恐怖
  などをはじめ、さまざまな症状があります。それらを誤解して不適切な対応を
  とらないように注意して下さい。相談者が深い心の傷をうけたため、すなおに
  委員の言うことをきかなかったような場合でも、委員は腹を立てたり、
  メンツをつぶされたなどと怒ったりしないように。
  
(3)セクシュアル・ハラスメントの基本を理解しない為のミス× 
  相談する人にむかって『何でその時にノーと言わなかったの?』『何でもっと
  早く相談しなかったの』『あなたにも悪い点(スキ)があったんじゃないの?』
  などというセリフが心に浮かんだら、あなたは相談組織の委員として勉強
  不足です。これらがなぜ言ってはいけないセリフなのか、急いで勉強して
  下さい。

(4)女性問題の基本を理解すること
  セクシュアル・ハラスメントとは何か、はもちろんのことですが、働く女性を
  めぐるいろいろな問題について、基本的な理解をしておくことが大切です。
  子供が小さいのに働くなんて母親失格とか、女性は男性よりいろいろな
  能力が生物的に劣っている、などの発言はいまでは学問的に否定されています。
  女性学の教科書を1冊読むことをおすすめします(リストは加藤のホームページ)。
  また、内心では、実は、女性は働くべきでない、とか、自分の奥さんは専業
  主婦でなければ嫌だ、などと思っている人は、相談員としての資質も再考して
  みて下さい。気をつけていても、発言が加害者側に偏っていることがあります。

 さらに詳しい情報や新しい情報は、Web上での『相談員に任命されてしまった
人のためのお助けページ』(文献5)も参考にして下さい。

5。各研究室で具体的な防止策を
 各大学や研究所では、相談組織の担当者も決まり、講演会などの開催も
なされているところもあるようです。でも、それだけでは多くの人々に情報が
ゆきわたるためには不十分です。身近なところに詳しい情報があり、すぐに
誰でもアクセスできるような環境にしておくことをお勧めします。
 たとえば、各研究室ごとに防止に役立つ参考図書を常備しておき、自由に
手にとれるようにするとか、文部省通達などをプリントアウトして壁に貼って
おく、研究室の Web ページの関連リンクを充実させるなどが考えられます。
その他、注意していただきたい詳細は、加藤のホームページをみて下さい。
 第17期日本学術会議(1997−2000)では、「女性科学者の環境改善の
推進」特別委員会を設け、女性科学者が研究を続けていけるための環境を改善
していく方策について議論してきました。そして、第132総会において、
政府・大学・研究機関・学協会に対する「女性科学者の環境改善の具体的措置に
ついて」という「要望」を決議しました。セクシュアル・ハラスメントが女性
研究者にとって研究を持続するための大きな困難となっていることを鑑み、
第5項目として、セクシュアル・ハラスメント防止のための諸制度(倫理綱領、
相談室、提訴委員会、罰則規定等)を整備し、実態を公表することを要望して
います。「実態の公表」とは、諸制度の整備状況のことだけでなく、現実
に提訴や処罰があった場合、その実態を公表すべきであることを述べています。むろ
ん、この「要望」が直ちに効力を発揮するわけでなく、これを基礎にして各大学や研
究室でのセクシュアル・ハラスメントが防止されるよう努力を続けて頂きたいと希望
しています。

  長くなりましたが、セクシュアル・ハラスメントのない社会をつくり、男女
ともに研究者が生き生きと研究活動ができる社会にしていきたいと思います。



(付録1:本の紹介)

 関連図書はたくさん出ています。多くは心理学や社会学の本の売場にあります。
ここでは著者らがたまたま手にいれた文献のうち、日本の社会の状況に即した
内容で、男性にも女性にも読みやすく、管理者の側にも参考になるものを
選びました。この他にもよい文献がありましたら、加藤までお知らせ下さい。
Web 等で紹介していきます。

(1)セクハラ--これが正しい対応です
    (弁護士)白井 久明、(精神科医)水島広子、   中央経済社、1300円
                             ISBN 4-502-56514-8

  この本は、組織の管理者にとって必要な、セクハラについての心理的な面と
法律的な面での知識を得ることをねらいとしていますが、一般的な読者にも
おすすめです。セクハラの定義や判例、管理者が絶対にしてはいけない対応や、
セクハラをしてしまう人の心理、セクハラを受けた側の心理など、ひととおり
知っておくべき事柄が網羅されていて、とても参考になります。
  管理者が侵してはならないタブーとして『しばらく様子を見ようと放置しておく』
とか『被害者に、物事のとらえかたを変えて被害者意識をなくせと言う』
『当事者どうしで解決させる』『事実確認の間に自分の主観的な考えをはさむ』
などが具体的にあげられているのはありがたいですね。著者の一人が精神科医
なので、人間の自然な心理の動きからみた、セクハラにたいする反応がわかり
やすく書かれています。また他方の著者は弁護士で、法律講座がついており、
管理する側からみて実際の対処を判断する時の役に立ちます。日本社会の土着的
体質に沿った方向で書いてあるので、内容が受け入れやすく、わかりやすくて、
おすすめです。

(2)公務職場における-- セクシュアル・ハラスメント -- 防止対策のてびき
     人事院セクシュアル・ハラスメント研究会編、公務研修協議会 900円、
      1998年

  セクシュアル・ハラスメントにたいして個々の職員はどのように注意すべき
であり、各省庁の長はどのように防止策と問題への対応をしたらよいかという
ポイントをまとめたのがこの本です。セクシュアル・ハラスメントになる事例や、
防止対策の実践Q&A、 セクハラ防止についての人事院規則、国家公務員法に
もとづく苦情処理制度の概要などがまとめられており、まさに、研究機関の
長にとって必要なガイドブックです(この本は、白書などを扱う政府刊行物
取扱店にあります)。


(3)心に傷をうけた人の心のケア --PTSD(心的外傷後ストレス症候群)を起
  こさないために、  クラウディア・ハーバート著、保健同人社、1200円
                            ISBN4-8327-0400-1

  この本は災害やストレスなどで心の傷をうけた人自身が読むために書か
れた本です。強いストレス後によくある集中力低下の状態でも読めるように、
大きな活字で、読みやすいように薄い本になっています。
  ころんで切傷ができたら、傷のなおり方には誰でも共通した一定のプロセスが
あるように、心の傷の回復にも一定のプロセスがあります。フラッシュバックや
感覚麻痺、回避状態は、心が突然大きな外傷をうけたときの普通の反応ですし、
睡眠障害や怒りや集中困難などは心の傷の自然な回復のプロセスです。これらの
存在を知っていれば、いったい自分はどうなったのかと必要以上に不安に陥ら
なくてもすむし、自分の回復力を信じて、つらい中を切りぬけていく方向も
見えてくるでしょう。
  また、周囲の人や相談員も、これら心の回復の途中で経過する自然な心的反応
を理解していれば、本人が異常に怒っていたり、無表情だったり、落ち込んでいる
といった、いつもと違う態度をみせたからといって、誤解したり、まちがった
対応をすることが少なくなると思います。
  巻末には、日本で行われている相談機関「心の電話」や被害者支援ネットワーク
などのリストがついています。

(4) 犯罪被害者の心の傷  小西聖子、1996年、白水社 1800 円
                                     ISBN 4-560-04951-3

  筆者は被害者カウンセリングを専門におこなう精神科医です。この本はカウン
セリングを行う人と被害にあった人の両方を読者として想定しています。PTSD
(心的外傷後ストレス障害)の詳しい定義(症状)はこの本をみて下さい。
  前半は、殺人事件の被害者の家族を例として、心的外傷後に心が経過する
状態と相談者の気持、それに対するカウンセラーの対応が、回復するプロセスに
そって説明されています。性暴力の被害者の場合には、普通の犯罪被害者よりも、
偏見のために被害がより深刻になります。強姦に対する偏見と、強姦にあった人や
その家族への対処のしかたは、セクシュアル・ハラスメントの被害と共通して
います。『あんたも悪かったんじゃないの』などと間違ったセリフを言って
しまわないように、そして『あなたはちっとも悪くないのだよ』と心から言って
あげられるように、相談員になられた方には、ぜひ一読されることをお勧めします。
  本の後半は援助をする人のための情報です。具体的なカウンセリングのしかた
(何度でも同じ話を聞くことが大切、言ってはいけない言葉がある等)、事件直後の
急性期の症状を示す人への対処のしかた、長期的な対処のしかたに加え、
援助する人にも心の援助が必要な場合があること、などは知っておきたいこと
です。
  巻末の案内によると、東京医科歯科大学では、東京と大阪で犯罪被害者相談室
を開いており、犯罪にあった人や、その家族のこころの傷について、カウンセリング
をしています(電話予約が必要、無料)。


(5)サバイバーズ ハンドブック -- 性暴力被害回復への手がかり
     性暴力を許さない女の会・編著  新水社 1400 円     ISBN 4-88385-006-4

  この本は、性暴力をうけた人、周囲の人、パートナーのための本です。性暴力を
受けた時に、すぐに必要なことや、法律にうったえる時のための知識、
弁護士相談と裁判の経過と費用、心の回復のために本人も周りの人も知っておく
べきことなど、(裁判するかしないかは別として)ひととおりは知っておくと
よいことがていねいに書いてある良い本です。
  被害にあった人のパートナーもショックを受け、サポートが必要な場合もあり
ます。パートナーは当人にどのように接したらいいのか、という記述は、心の
回復の大きな助けとなるので、パートナーにぜひ読んでもらいたいと思います。
  ストーキングについては、ほとんどふれられておらず、ストーキング被害の
会が紹介されています。また巻末には『安心して相談できる女性グループの
リスト』ものっています。


  この他にも、フェミニスト カウンセリングや自助グループの本などが参考に
なると思います。詳細は加藤のホームページをみて下さい。



(付録2:心の傷の深刻さ)

 天文月報4月号でも報告しましたが、アンケートの回答には、「人間不信に
なった」「死にたいと思った」「落ち込んでいて、気持が研究に向かわない」
「大学院や職場を変わりたいと切実に思った」など大きく気持が落ち込み、
研究どころではなくなってしまったという回答がたくさんありました。
 このような大きな精神的ショックが続くと、心身の健康にも深刻な影響が
出ます。食欲不振や、睡眠障害、体の痛み、内科的疾患などさまざまな
記述がありました。そしてこのような重い被害をうけた割合は、女性5人に
1人の割合でみられ、事態がとても深刻であることを示しています。
 セクシュアル・ハラスメントによる心の傷は、他人が想像するよりはるかに
深く大きいものです。この調査はセクシュアル・ハラスメントについてだけ
取り上げましたが、各大学の相談組織で問題になっているものに、ストーカー
による被害(男女とも)もあります。そのほか強姦などをも含む性的被害の傷は、
深くて大きく、回復までに長い時間がかかります。周囲はそのことも十分
理解したうえで対処にあたり、また何より被害をこれ以上出さないために、
防止活動にとりくんでいただきたいと切に願います。
 心の傷について詳しいことは、上に紹介した本をお読み下さい。ここで
トラウマとPTSDについて簡単に説明します。トラウマとは、個人の対処能力を
超えるような大きな打撃を受けたときにできる精神的な傷のことで、その後の
生活に持続的に影響を与えます(小西:後述の本)。PTSD(心的外傷後ストレス障害)
とは、交通事故、地震などの災害、暴力、犯罪、戦争などにより、心に予期
しない大きな傷(心的外傷)をうけたあとで、心がそれに対して反応することに
起因します。心的外傷のあとでは、外傷の不快な記憶の再生や不眠、フラッシュ
バック、感覚麻痺、回避反応、過覚醒などさまざまな心理的状況に陥りますが、
これは心の自然な回復のプロセスです。PTSDはこれらの症状が1ヵ月以上続く
ものをいいます(詳しくは、小西の文献)。
 アメリカの調査では、性暴力の被害をうけた人のほとんどがPTSDを発症し、
またPTSDを発症した人のうちで、原因となったものは、性暴力が最も多い
だろうと言われています(文献5)。昨年行ったアンケート調査でも、
天文学研究者の女性で、PTSDかそれに近いと思われる症状を記述した人が
何人もいました。このアンケートでは、研究室のメンバーがどのように対応
したかという設問は設けませんでしたが、自由記述の部分からは、本人の
気持にそった配慮がなされる場合には、かなり被害が軽くなることがうかが
われます。ぜひ、各研究室ごとにPTSDについての理解をふかめ、たとえ
被害があったとしても、被害が軽くなるように、PTSDにならないような対処が
できるように、していただきたいと思います。

 被害にあった人はどいういう風に感じるのか、天文学研究者の例を紹介
します。(詳細はweb ページ『相談者の心の状態と身体の健康』(文献6)に
あります)


Aさんの場合
いつも事件のことが頭から離れず、何をしていても自然に頭にそのことが
浮かんできてしまい、心の緊張をつねに強いられている。いくら努力しても、
ぼーっとして、研究に集中できない。

Bさんの場合
自分の研究室から出るのが恐い。廊下やメイルボックスやお茶のみ部屋などへ
うっかり行くと、相手に出くわす恐れがあるので、自分の研究室から出る時
には、覚悟をきめて、息を止めて、そっとドアを開ける。偶然廊下でちらっと
でも姿を見かけたりするだけで、身体中から血がひき、硬直する(研究室が
共同である場合には、相手が突然入ってくる可能性があるので、研究室どころか
大学には全く行けなくなります)。

Cさんの場合
自分が体験した事件とは全く関係ないのに、単にセクシュアル・ハラスメントに
ついて書いてある本や映画、小説、電子メイルなどを読むと、どきどきして
身体が震え、その夜から眠れなくなる。

Dさんの場合
いつも死にたいと思っている。学会に行くため飛行機に乗ると、このまま
飛行機が落ちればいいのに、とつい願ってしまう。


  これらは心に大きな傷をうけた時の典型的な症状です。PTSDにならずに早期に
回復するためには、周囲の素早い適切な対処が必要です。こういう状態の人に、
励ますつもりで、たとえば
『温泉にでも行って気分転換をしたら?』とか『そんなに気にすることないじゃ
ない。楽にしていなよ』と言うのは、ちょうど骨折している人に『バンドエイド
を貼って、眠れば直るよ』と言うようなもので、とても無責任です。骨折したら
病院での治療が必要なのと同じで、大きな心の傷には、気分転換などではなく、
適切な対処が必要です。原因となった出来事の処置を迅速にきちんとすませ、
相手に対しては再発防止教育と研究室内での行動範囲の限定などを行い、
被害にあった人が安心して研究室に来られるように身の安全をはかって(文献6)
下さい。それと同時に、カウンセリング(一般のではなくこの問題の専門家か
フェミニスト・  カウンセリング)を受けたり、精神神経科や心療内科の
投薬治療が助けになることも考慮して適切な対処を考えてあげて下さい。

文献
1)(文部省通達)文部省におけるセクシュアル・ハラスメントの防止等に関する
  規定の制定について、 1〜3(1999年3月)
  http://www.monbu.go.jp/news/  (それぞれ、00000321, 00000322,
  00000323 です)


2)RCUHの規定が出ているページのURLアドレスは非常に長いので、RCUHの
  トップページ www.rch.org から辿って下さい。 上部にあるバーのうち、
  Policies & Procedures をクリックし、 Section3.000 human resources の
  ページに入ると、 3.120 RCUH Seual harassment があります。

3)加藤万里子、池内 了、2000、天文月報93、147 および 218.

4) http://user.keio.ac.jp/~mariko/feminism/survey.html
 
5)井上摩耶子、フェミニストカウンセリングへの招待、(ユック舎)1998年

6)セクハラ防止委員に任命された人のためのお助けページは
     http://user.keio.ac.jp/~mariko/harass.html
  

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For making the research environments with no sexual harassments


 Mariko Kato, Department of Astronomy, Keio University, 
              Hiyoshi, Kouhoku-ku, Yokohama, 223-8521

 Satoru Ikeuchi, Department of Physics, Graduate School of Science,
               Nagoya University, Nagoya, 464-8602

 Abstract: 
The survey of problems and difficulties for women in astronomy in 
November 1999 has revealed that many female astronomers have suffered 
sexual harassments. Many institutes and universities have recently 
started to conduct themselves against sexual harassments, but it is  
insufficient. In some cases, astronomers appointed as a member of 
consulting committee are often unfamiliar with this subject, or 
unexperienced as counselors for mentally injured people. To assist 
them, we provide here valuable pieces of information, including 
general suggestions, resources, directions as an adviser or a counselor, 
and books for reference. 
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(注意)
この文章は原稿をもとにしたので、印刷されたものと語句が違う場合があります。
論文などで引用する場合には、天文月報を参照して下さい。
2000年8月(C)日本天文学会
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