コラム パリティ 2008年4月号掲載
統計:イタリアの女性研究者
イタリアの天文学者は大学と国立天文台にいる(イタリアでは大学はほとんどが国立)。
表1(イタリア教育省の統計)に女性研究者の割合を示す。学部を卒業する女性の割合は
天文学で46%、物理学でも34%(2002年度)と多いが、大部分の女性天文学者は最も低い
地位(助教)にいる。
この表の「成功率」は女性(男性)の教授の人数を同性の総数で割ったもので、パーマネン
ト・ポジションを得た若手がいずれ教授に昇格する割合を示す。(女性研究者の層は厚く、
年齢の高い層もかなりいる)天文学での成功率は、男性に比べて女性の方が極端に低い。
これに対して、生物学では男女差はあるものの、状況はかなりましになっている。
表1。天文学の女性の割合 (2002年11月時点)
成功率は、女性(男性)の教授の人数と同性の総数の比。
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国立大学
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合計 男性 女性 女性の割合
教授 脚注) 55 54 1 1.8%
准教授 61 55 6 9.8%
助教 54 38 16 29.6%
その他 2 2 0 --
計 170 147 23 13.5%
成功率 1:3 1:23
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国立天文台
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合計 男性 女性 女性の割合
教授 43 38 5 11.6%
准教授 66 53 13 19.7 %
助教 242 178 64 26.4%
計 351 269 82 23.4%
成功率 1:7 1:16
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脚注:教授、准教授、助教はordinari, associati, ricercatori の訳である。
表2 生物学の女性の割合 (2002年11月時点:国立大学)
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合計 男性 女性 女性の割合
教授 589 443 146 24.8%
准教授 710 389 321 45.2%
助教 817 331 486 59.5%
計 2116 1163 953 45.0%
成功率 1:3 1:7
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イタリアでは大学や研究所の公募人事は、国全体でおこなう場合と個々の場合がある。
国全体の場合には、空きポストの数だけ公募があり、審査は一度に行われる。就職・
昇格を希望する人は、その審査試験を受け、合格後に空きのある大学(天文台)に配属が
きまるので、どの地方に行くかはわからない。夫婦別居になるケースもあるが、数年
して元の場所にもどることもよくあるようだ。
ここでは2002年に行われた国立天文台准教授の公募人事のいくつかの部門のうち、
「系外銀河」をとりあげる。この部門は銀河から宇宙論まで分野が広く、応募者の
女性も多い。彼女たちは研究経歴も長く(年齢は30から50)、 Nature 論文も含め質の
高い業績もみられる。全員が助教で、独身、既婚、子もちなどサンプルとしてバランス
がとれている。この時には12名の欠員があり、5名の審査員が人選をした。委員には
女性はほとんどいない。
図1.イタリア国立天文台の准教授ポスト(2002年:「系外銀河」部門)への応募者の
業績の男女比較。
□は女性の応募者全員の論文数(天文学分野の査読論文の数)とそれらの被引用数の
合計。女性は全員昇格しなかった。
●は男性の応募者のうち、准教授に昇格した人のデータ。
(解説)ひとつの点が一人の研究者(女性は応募者、男性は昇格した人)をあらわす。
横軸はその人の論文数で、縦軸は被引用数(その論文が他の論文に引用された数)。
良い研究論文は多くの論文で引用されることが多いが、方法論を開発した論文も
引用数が多いし、その業界の研究人口が多ければ全体の論文数も多いので、引用数も
上がる。したがって、引用が多ければ必ず良い論文というわけではなく、個々の人の
論文被引用数をみて、この人は数が多いから立派な業績のはず、という風には言えない。
ただし、この図のように、統計的に男女の比較をすれば、その効果が同等にまざって
いると考えられるので、男女で有意な違いがあると言える。
● 昇格した男性
□ 女性応募者全員
図2に応募した女性全員の業績を示す。査読論文数と被引用数はADS(文献1)による。
図をみると、女性の分布は1,2の例外を除き、被引用数/論文数が〜10 ±3に
収まっており、昇格した男性とほぼ同様の分布とみてよいが、女性はだれも審査を
通らなかった。つまり女性は男性に比べて論文数が少ないから昇格できないとか、
引用されるような重要な論文を書かないから昇格できない、といった批判があては
まらないことがわかる。女性の論文の共著者の男性は審査を通ったのに、女性の方は
最短年数で学位をとって助教になった優秀な経歴にもかかわらず、審査を通らなかった
ケースもいくつかあった。
なぜ女性は審査を通らないのだろうか。イタリアの法律では試験委員自身の学問的
業績には何も規定がない。この時は、複数の女性の応募者の論文数が、複数の選考
委員の論文数を上回るという事態になった。またイタリアでは古代ローマ以来の家父
長制意識がいまだに根強く残っており、審査もそれに影響されている傾向がある。
よくある古い誤解は、(1)女性の理系への進出は遅れているから、昇格にふさわしい
候補者はまだいない、(2)女性は家族の世話があるから天文の研究をする暇はない。
これらはデータで完全に否定されている。さらに、(3)女性はプロジェクトリーダには
むかない、という評価もある。しかし古老の教授がポスドクを雇うときのよくある
やりかたでは、若い男性にはグループを任せて博士論文の指導や予算もまかせるのに、
女性には男性との共同研究をさせるだけ。それが「男女平等」な扱いだという。
そして数年後には、男性の方はグループも率いているし昇格の資格は十分ありとみなし、
女性の方はその男性に指導してもらえばいいじゃないかとなる。これは実際の審査
委員のせりふである。このような積み重ねが、生物学と天文学の違いをつくるのだ。
図2物理学7分野の女性の割合。数字は表3の各分野を示す
横軸:左から 助教 准教授 教授 合計
縦軸: 女性の割合 (%)
図中右の文字は表3の分野に対応する。
表3 物理学の7分野での男女の割合(大学のパーマネント研究者)
データはMIUR (Ministero dell'Istruzione, Universita'e Ricerca)による。
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分野 助教 准教授 教授 計
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女性 男性 割合 女性 男性 割合 女性 男性 割合 女性 男性 割合
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1.一般物理 78 208 27.3 78 346 18.4 19 301 5.9 175 855 17.0
2.理論物理 19 83 18.6 6 97 5.8 6 130 4.4 31 310 9.1
3.物性 42 100 29.6 15 123 10.9 7 130 5.1 64 353 15.3
4.原子核 15 36 29.4 10 36 21.7 2 72 2.7 27 144 15.8
5.天体物理 16 40 28.6 7 54 11.5 1 54 1.8 24 148 14.0
6.地球物理 7 16 30.4 3 23 11.5 1 7 12.5 11 46 19.3
7.応用物理 46 56 45.1 18 93 16.2 7 72 8.9 71 221 24.3
計 223 539 29.3 137 772 15.1 43 766 5.3 403 2077 16.3
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最後に、本稿のもとになった "Women in Italian Astronomy: heritage or gender
discrimination?" および "A report on women astronomers in Italy" の著者で
あるパドヴァ大学天文学科ジュゼッペ・ガレッタ(Giuseppe Galletta)教授に
感謝する。日本の男性も彼にならって、このような文章をぜひ書いてほしいものだ。
文献
1)ADS:The Smithsonian/NASA Astrophysics Data System
http://adsabs.harvard.edu/abstract_service.html
(注)この文章は掲載されたものとは多少違いがあります。引用する時は必ずパリティの
印刷原稿をご覧のうえそちらを引用して下さい。
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