「地殻構造の探求」のコンピュータによる実習への教材化


1.従来の実習としての「地殻構造の探求」

 1909年にバルカン半島で起こった地震の走時データを元に、ユーゴスラビアのモホロビチッチ(A.Mohorovicic,1909)は地下約40kmに地震波の伝え易さを劇的に変化させる層の変化、所謂「モホロビチッチ不連続面」を見出した。この出来事は20世紀前半に開花する地震波を用いて実際に見ることのできない地球内部を知りうるという地震学の先駆けとなった。またその思考は論理的に証拠を重ねることにより知り得ぬことがらも知ることができるという科学の基本を実感できることから、地学では伝統的な実習として一般的に古くから行われていた。

地震によって発生した地震波は震源近傍においては最短距離を通ってきたもの(直接波)が最も早く到達するが、ある程度以上遠距離ではより地震波の速度が速くなるマントルを通過してきた地震波(屈折波)が先に到達するようになるため、走時曲線は直線がある距離で屈折するような形になる。実習では、実際の走時データを元に作図をし、走時曲線が屈折する地点を読みとる。グラフの傾きから屈折前の地震波の速度、屈折後の地震波の速度を求め、そして、それらの値から次式によって地殻の厚さdを計算することができる。


図 1 走時曲線と地震波の伝播経路

 本校の地学実習では釜石における爆破地震実験のデータを用いこの実習を行う。その際、プロットミスなどにより生徒は屈折点の的確な把握がしにくいのが現状である。屈折点を誤って読みとった場合、求められる地殻の厚さが適切でなくなるため生徒は実習による達成感を得にくくなる。

2.コンピュータを利用しての実習

文部省学習指導要領では地学IB、地学Uの探求活動、課題研究において「多様な教材と組み合わせて、適宜コンピュ−タの活用を図ること」を要求しているが、教科書にはその例は殆ど挙げられてなく、挙げられていてもおおよそ実際の教育現場の実状を反映しているものとは言えない。また、それらの例で直接教育効果が向上するとは考えづらい例もある。

本校では伝統的に松本(1991)、松本・坪田(1997)、などコンピュータの利用が積極的に行われ着実に教育効果を上げてきた。

また、本校で平成7年度から行われている家庭科生活一般による表計算ソフトを用いた1年全生徒対象の授業によって生徒全般のコンピュータリテラシの把握が行われ、さらにコンピュータ教室担当教員、助手、およびコンピュータ委員会等による学校全体でのコンピュータ環境の構築によってコンピュータ教室はコンピュータ教育を目的とした授業以外での使用に、ようやく一般性を持って来たと言えるだろう。

3.コンピュータを利用した「地殻構造の探求」の実習

地学においては、実際に観測されたデータを元に計算や作図を行い、その結果から考察を行うという展開が多い。最も多く時間を必要とする作図の作業をコンピュータで行い、限られた時間をより有効に使えるようにするということが本実習の目的である。

 地震波を使った地球の層構造の理解に関する授業の展開を以下に示す。

  1. 地球の内部を調べるには・地震波の性質(演示実験)(1時間)
  2. 生徒実習・地震波を用いた地殻構造の探求(1時間)
  3. 生徒実習・地震波を用いた地球内部構造の探求(2時間)
  4. 地球内部の層構造のまとめ(コンピュータシミュレーションと簡易モデルによる演示実験)(1時間)

上記の2.の生徒実習をコンピュータを用いて行った。従来では、どの程度まで要求するかは時間的余裕を見て判断していた。作図をした結果を読みとりその値から地殻の厚さを計算するだけであれば1時間で充分だが、より正確に値を求めるために、近似直線の式を求めさせ数学的に直線の交点の座標を求めさせたり、計算された地殻の厚さと世界各地の地殻の厚さを比較させ、その意味するところを考察させる場合には2時間を必要とした。

なお、3.についても坪田・松本(1997)にあるようにコンピュータによる実習が行われており、コンピュータを用いることで教育効果の向上があることが報告されている。

以下この実習の展開を示す。

対象 1年必修地学 時間数 1時間 本実践ではMicrosoft Excel95を用いて行われた。

生活一般のコンピュータコースをまだ、履修していないクラスはログオンの仕方、マウス操作やウィンドウ操作について簡単に説明した。初めてコンピュータ教室を使う場合、ログオンやパスワードの入力、設定がなかなか手間取るが、地学科助手、コンピュータ教室担当助手の協力によって比較的スムースに設定をすることができた。

実際の作業ではコンピュータリテラシがない場合は説明をより詳しく、間を多く取ってやることで進捗には大差がなかった。

教員用のコンピュータ画面や書画カメラの映像をスクリーンに投影することのできる液晶プロジェクターは様々な説明に効果を発揮した。以下の作業を教員と一緒に進める形で実習を行い、生徒は操作を確認しながら、もし遅れても周囲の生徒と協力して目的の作業をこなすことができた。
1.走時データをワークシートに入力する。

データ量は少ないのでさほど時間はかからない。

A
B
C
1
震央距離(Km)
P波(秒)
S波(秒)
2
25 4.1 7.4
3
50 8.2 14.7
4
100 16.5 29.4
5
170 28.0 50.0
6
200 32.0 57.4
7
260 39.4 70.0
8
330 48.0 85.6

表 1 人工地震による走時データ
2.散布図を描かせる。 3.全データを用いて近似直線を引かせ、どの観測地点の間で屈折するか討論する。

手作業では、こういった方法で屈折点を見出させることは難しい。グラフを描き直すことになってしまうからである。作図のやり直しが簡単にできるコンピュータだからこそできる展開である。教員の問いかけに対し返ってきた意見は適切なものであった。

図 2 近似直線を引いて屈折点を分かり易くする

4.屈折前、屈折後のデータを用いてそれぞれ別にグラフを描き、それぞれのデータ系列に対し近似直線を引かせる。

この作業では、屈折後のデータを表題を含めたまま作図しようとすると「離れたセルを選択する」というやや特殊な操作を必要とする。A1C1をとA6C8を選択したいのだが、A1C1を選択したあとA6C8を選択しようとするとA1C1の選択が解除されてしまう。離れたセルを選択するためにはA1C1を選択したあと、キーを押しながらA6C8を選択すればよい(図 3)。この様な操作の説明にも前述の液晶プロジェクターと書画カメラが活躍した。

5.2本の近似直線がある地点で交差するグラフが完成する。グラフを読んで屈折点の値を読ませてもよいのだが、表計算ソフトの機能で簡単に近似直線の式を表示することもできるので、グラフ上にそれぞれの式を表示させ、2直線の交点を計算で求める。

図 3 離れたセルを選択する

図 4 完成した走時曲線(生徒作品)
6.グラフを印刷し、作図結果より地殻の厚さを計算する。 7.得られた結果について考察する。

 この実習でコンピュータを使うことにより、屈折点を的確に把握することができるようになった。そして作業時間の節約の効果があり、その結果より深い考察をすることができるようになった

 指示に従ってコンピュータを操作しただけではあるが、コンピュータを道具として利用する場合こういった使い方で十分なのであろう。重要なのはコンピュータで何ができるのかということを自らの手で体験することであると考える。なぜなら、必要あらば簡単にその操作法を習得することができるのだから。

4.おわりに

地学という学問は科学と実生活を繋ぐ学問として最適であると筆者は考えている。そのため生徒に教えるべき分野は多岐にわたる。しかし興味を持続させ、かつ学問としてのおもしろさを実感させるには時間があまりにも不足している。

多くの時間を必要とする実習にコンピュータを用いることで、より興味を喚起しつつ時間を節約する効果があり、さらに的確な考察を引き出すことができた。

今までのコンピュータを用いた教育の多くはコンピュータの使い方を習得させる、リテラシ教育であったように思われる。しかし、コンピュータの操作性が飛躍的に向上し、コンピュータを使うこと自体は目標ではなくなってきている。以前では、使いこなすまでに多くの時間を必要としたし、表面的に使うことはあまり意味を持たなかった。

近年のコンピュータ環境においては、的確な指示を与えることにより目的を遂行するための道具として使うことが可能となった。つまりコンピュータが教育効果を向上させるための道具として成熟してきたと言えるだろう。

この報告では作図ツールとしてコンピュータを利用した。その結果、ほとんど初めてコンピュータを使う場合でも効果があるという感触を得た。すなわち、コンピュータを道具として使うことができた。

また、インターネットの急速な発達により、ネットワーク環境下では情報検索手段としてのコンピュータという位置づけが重要になってくるとともに、空間を越えてのコラボレーションが可能になってきている。例えば、日本では昼間に授業が行われるがために不可能であった夜間の天体観測も時差を利用して地球の裏側の望遠鏡を遠隔操作することで可能になってきている。こういった従来の授業の既成概念を破ったより生徒に興味を喚起させ教育効果を上げることのできる実践が今後コンピュータとネットワークを利用することで可能になってくるだろう。

参考文献

慶應義塾高等学校地学教室(1997: 慶應義塾高等学校地学実習帳

文部省(1989): 高等学校学習指導要領, 大蔵省印刷局

松本直記(1991: 必修地学におけるコンピュータ教育, 慶應義塾高等学校紀要

松本直記・坪田幸政(1997: インターネットを利用した天気の学習−ライブカメラによる観天望気−,「地学教育 第50巻第2号」日本地学教育学会編

坪田幸政・松本直記(1997: コンピュータを利用した『地球内部の構造』の学習,「地学教育 第50巻第1号」日本地学教育学会編,


生徒用の実習プリントはこちら(Word95)です。
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