リアルサイエンティストを教室に

―インターネットが可能にした遠隔授業―

 

 

松本直記 *  ・  浜根寿彦 **  ・  中道晶香 **

Naoki MATSUMOTO *Toshihiko HAMANE **Akika NAKAMICHI **

matsu@hc.cc.keio.ac.jphamane@astron.pref.gunma.jpakika@astron.pref.gunma.jp

1. はじめに

インターネットが慶應高校に導入されて2年目となる。地学教室では、正式にインターネットが高校に導入される前からモデムを使用して、リアルタイムデータを用いた教育実践を行ってきた(松本・坪田 1997-1)。現在ではインターネット上の情報を利用してレポート作成を行う教育実践が生活一般や3年文系選択コンピュータにて行われ、地学では坪田・松本(1997)、松本・坪田(1997-2)、松本(1997)の様に表計算ソフトを用いた探求活動においてデータを効率的に配布する手段として活用されている。また、授業の情報源として大いにインターネットが利用されているだろう。高校内のコンピュータは関係諸氏の努力により非常に高速な専用線で結ばれ、快適な環境でインターネットを利用できるようになった。

慶應高校の授業におけるインターネットの利用は、主に上記のようにインターネット上の情報を利用する形で行われてきた。インターネットの即時性を利用してリアルタイムの情報を提示することで生徒の興味を喚起することができ、無限ともいえるインターネット上の膨大な情報量からは生徒の求める情報が得られる可能性が高い。

インターネットには非常に有用なコミュニケーションツールという側面もある。インターネットを通じて遠隔地とビデオ画像や音声を共有し、遠隔会議を実現するシステムが開発されている。本稿は慶應高校と群馬県立ぐんま天文台の共同作業にて行われた、遠隔授業実践の報告である。

 

2. 遠隔会議システムについて

慶應高校文系3年生を対象とした選択科目の選択地学?は、筆者のうちの松本が担当し、天文学を題材として講義を展開している。受講している生徒は少なからず天文学に興味を持つものである。こういった興味をより深めるためには、基礎知識を増したりすることも重要であるが、本物に触れることも重要であろう。そこで、天文学者であり天文台で働く、筆者のうちの中道、浜根に松本の担当している授業への登場を願った。しかし、群馬に勤務する中道、浜根が横浜の慶應高校へ参じるのには時間的にも勤務上にも様々な問題が生じる。

リアルサイエンティストを教室へ招くのは少なからぬインパクトを生徒に与えることが期待されるが様々な制約があり実現は容易でない。そこで、インターネットと遠隔会議システムを利用することにより容易にリアルサイエンティストとの交流を実現しようと考えた。

インターネットを利用した遠隔会議システムには、コーネル大学(http://cu-seeme.cornell.edu/)が開発したCu-SeeMe(http://cu-seeme.cornell.edu/#GETでダウンロード可能)が有名である(図1)。ビデオ画像と音声、チャットと呼ばれる文字のやりとりによってコミュニケーションを図ることができる。

1 Cu-SeeMeの画面

また最近ではMicrosoft社が開発したNetMeetingがビデオ画像をサポートし、さらに双方向から描き込めるホワイトボード、アプリケーションの共有などCu-SeeMeを越える機能を持ってきた(図2)。これらのソフトウェアは現在のところ無料で利用可能である。本実践では、簡便に画像を提示することのできる Microsoft NetMeeting Version 2.1 (http://www.microsoft.com/msdownload/iebuild/netmeet2/ja/netmeet2.htmにてダウンロード可能)を使用した。なお、これらのソフトウェアは現在のところ無料で利用できる。

2 Microsoft NetMeetingの画面

インターネットと遠隔会議システムを利用した類似の実践として、既に田中・松川(1996)、田中・尾久土ら(1996)などがある。本実践が容易にリアルサイエンティストとの直接のやりとりを実現することに主眼を置いたことに対し、前者は専門家の「授業」を、遠隔会議システムを使うことで実現することに重きが置かれ、後者は天体望遠鏡のライブ画像を教室に提供することが目的であった。また、後述するとおり本実践の環境がシンプルかつ安価な構成で実現したことも併せて付け加えておく。

 

3. 準備段階

この実践を行うにあたり、まず生徒に中道、浜根の専門分野の紹介をし、どのような質問がしたいかアンケートをとった。限られた時間に効率よく回答できるようにと考えたからである。アンケートの結果得られた、主だった質問を表1に示す。

1 生徒アンケートで得られた質問

 

遠隔会議システムを授業に利用するにあたり、あらかじめ3回の接続実験を行った。なお、慶應高校、ぐんま天文台ともインターネットへは常時専用線にて接続されている。Cu-SeeMeについては、機器の相性と思われる理由でぐんま天文台側の音声が届かないことや、次に述べる機能の差によってMicrosoft NetMeetingを使うこととした。また、慶應高校とぐんま天文台間のネットワーク環境では、動画を流しながら音声のやりとりをすると、音声がとぎれとぎれになってしまうので適宜画像を流し、説明時には画像の送信をやめ、音声を用いてコミュニケーションを図ることとした。

Microsoft NetMeetingは、いずれかが開いた任意のアプリケーションソフトを共有することができ、双方で操作が可能になる。例えば、ウェブブラウザでぐんま天文台のホームページを開き、これを共有することによって両者に同じ画面が表示されるので、天文台の説明に利用することができる。ただし、常時画像を転送する形になるのでネットワークにかなりの負担をかけることになり、慶應高校とぐんま天文台をつなぐネットワーク環境では使いづらいと判断し今回の実践には使用しなかった。

また、Microsoft NetMeetingにはホワイトボードという共有アプリケーションが用意されている。これは双方から線画や簡単な図形が描き込めるほか、画像も貼り付けることができ、かつネットワークへの負荷もさほど大きくない。説明の際にあらかじめ画像を用意しておけばホワイトボードに貼り付けることにより簡単に画像を提示できるので、本実践ではこの機能を使うこととした。

本実践における慶應高校側の機器環境を図3に示す。コンピュータは、ノートパソコンCanon INNOVA Note 4500DXCPU: MMX Pentium 150MHz, RAM: 32MB)、パラレルポートカメラはマクニカ社製のRucolaを使用した。

 

3 慶應高校の機器環境

 

これらの機器で、一般的でないものはパラレルポートカメラ程度であろう。パラレルポートカメラはコンピュータのパラレルポートインターフェース(プリンタポート)に接続可能なカメラで、安価でかつ容易にカメラからの動画をコンピュータに取り込むことができる(図4)。

ぐんま天文台側の機器構成もほぼ同様のものである。コンピュータには、デスクトップパソコンDell Optiplex GxiCPU: PentiumII 200MHz, RAM: 64MB)、パラレルポートカメラはConnectix社製の Q-Cam VCである。

4 パラレルポートカメラ(マクニカ社製 Rucola

 授業のスタイルは、生徒がそれぞれ用意した質問をし、中道、浜根がそれぞれの専門分野に近いものを回答することとした。予定したタイムスケジュールを表2に示す。

2 インターネット授業のタイムスケジュール

 

4. 授業実践

 インターネットと遠隔会議システムを用いた授業は、1998109日(金)5限に行われた。対象は3年文系選択科目選択地学?履修者13名である。当日のコンピュータ機器環境を図5に示す。ノートパソコンの画面を全員でのぞき込むことは難しいので、大型テレビ2台にパソコンの画面を表示するようにした(図6)。

5 コンピュータ機器環境

6 授業中の様子

慶應高校側からぐんま天文台を呼び出すと、即座に反応があり交信可能な状態になった。そしてぐんま天文台からの動画が表示され音声が届くと、生徒の中から歓声が上がった。

中道・浜根による自己紹介はホワイトボード上に文字を表示させながら行われ、音声も内容が聞き取れる程度、明瞭であった。

用意したノートパソコンの前に順に生徒が座り、画像をしばらく送ったのち、簡単な挨拶をしてから質問をした(図7)。

7 質問をする生徒

 

ぐんま天文台からの回答は主に音声によってなされた。ゆっくりかみ砕いて分かりやすく質問に対する解説がなされた。ただ、ネットワークの状況は常に変化するので、時として音声が聞き取りづらい場面もあった。

半分ほどの生徒が質問を終了した頃、トラブルに見舞われた。慶應高校側のコンピュータがハングアップしてしまい、再起動を余儀なくされた。ここでしばらく時間をロスしたとともに再起動後、画像と音声の送受信が出来なくなってしまい、やむなくチャット(文字のやりとり)に切り替えた。チャットでは地球外文明の可能性について質問をし、回答を受けた。臨場感はないものの、文字として情報が受けられるので音声による回答より良いという生徒もいた。

そして、時間となり群馬側に挨拶をして接続を切断した。

以下に生徒の感想を示す。

 

5. 問題点と展望

生徒の感想を総合すると、リアルサイエンティストとの交流は少なからずインパクトを受けたようである。そして、このような機会を今後も求めていることが見て取れる。中には、天文台へ実際に行きたい、専門家に実際に来てもらいたいといった直接の接触を望む生徒もいた。このような感想から今回の実践の収穫は十分にあったと感じる。実際にリアルサイエンティストが来校し、授業をしてもらう方がより効果があるのだろうが、遠隔会議システムを利用することでリアルサイエンティストとの交流が容易に実現し、少なからず生徒にインパクトを与えることができた。

問題点としては、今回の実践では音声の質が良くなく、長い説明をするには不適当だったことが挙げられる。インターネットに依存している以上十分な転送速度が確保されない危険性は覚悟しておかなくてはならない。長期的にはインターネットのインフラストラクチャーの整備が進み十分な質を確保できるだろうが、短期的には同様の実践をすると考えた場合、以下の方法が考えられる。

  1. 電話との併用
  2.  今回はインターネットだけで遠隔地とのやりとりを実現することにこだわってしまったが、電話を併用することで、音声の質を気にせずお互いの動画を常にやりとりできるようになるのでより臨場感が増すことになるだろう。

  3. 音声を使用しない

 音声を切り捨て、動画とチャットで進行する手段も考えられる。対話という視点から考えると、音声と動画ではどちらが重要かという問いに対して、動画だろうと結論づけられると思う。これは相手の反応を見ながらでないと説明の仕方や展開を変えたりできないからである。音声を使わず、チャットで説明を進行した場合はどうしても展開が遅くなるという欠点があるが、これはホワイトボードの機能を使えばある程度補えると考える。画像と説明文をあらかじめ用意しておいて貼りつけるという手段で、リアルタイム性やリアルサイエンティストと対話しているという感覚は、維持できるだろう。

 

 今回の実践では、ホワイトボードでの画像の提示や、アプリケーションの共有ができなかった(前者については準備はされていたが時間切れのため質問ができなかった)。こういった、インターネットならではの機能を生かしたコミュニケーションを今後の機会に試してみたい。

 

6. おわりに

インターネットで遠隔地のリアルサイエンティストと交信し、生徒のモチベーションを高める試みを行ったわけだが、筆者らはこのような形式で普段の授業が成立するとは考えていない。授業が成立するには互いの対面感覚が非常に重要であることを肌で感じているからである。現在の遠隔会議システムでは、会話をしている臨場感はある程度得ることができても、それは実際の対面感覚とはまだほど遠い。

ただ、今まで実現不可能だったことがインターネットの利用によって可能になったということを強調したい。今後は、リアルタイムで対話できるんだという驚きは何度も繰り返すうちに薄れていくであろうから、その時に、リアルタイムならではの内容を提供できるかどうか、どんなものがふさわしいのか、考えていく必要があるだろう。リアルサイエンティストの専門分野そのものへの興味や関心の喚起は12回やれば十分であろう。これからの課題は、教室の外とつながることによってどう興味・関心の持続をさせるか、科学的思考法や知識をどう育むかといったことのノウハウの開発であろう。インターネットが一般的に学校で使われるようになった今、インターネットの使用が教育にどういうメリットをもたらすのか、という本質的なことを問われる時期になってきたといえる。

 

参考文献

田中義洋・松川正樹(1996): インターネットCu-SeeMeを使った授業―恐竜の生態を科学してみよう!―. 地学教育, 49(6), 25-29

田中英明・尾久土正巳・角田佳隆・坂元誠・増富伸治・鎌田浩司・西野孝・渡辺健次(1996): テレビ会議システムを使った天文台からの遠隔授業, 日本理科教育学会第46回全国大会集録, ?-3

坪田幸政・松本直記(1997): コンピュータを利用した『地球内部の構造』の学習, 地学教育, 50(1), 19-29

松本直記・坪田幸政(1997): インターネットを利用した天気の学習−ライブカメラによる観天望気−, 地学教育, 50(2), 37-43

松本直記・坪田幸政(1997): 表計算ソフトを使用した気候の授業−ハイザーグラフの作成−, 理科の教育11月号, 58-60

松本直記(1997):『地殻構造の探求』のコンピュータによる実習への教材化, 慶應義塾高等学校紀要第28, 1-7

有本淳一・留岡昇・長谷直子(1998): 「追想:コンピュータがやってきた!」〜コンピュータ,インターネットを用いた天文学教育〜, 天文月報, 91(6), 271-276


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