hellog〜英語史ブログ

#6239. 世界英語諸変種にみる「3単現の s」と「3単現のゼロ」 --- eWAVE 3.0 のデータより[ewave][world_englishes][variety][3sp][typology][inflection][conjugation][agreement][syntax]

2026-05-27

 一昨日と昨日,X 上で近刊『なぜさんたんげん』のカウントダウン企画の一環として2つの投稿をポストしました(こちらこちら).お付き合いいただいている皆さん,ありがとうございます.今回の記事では,そのカウントダウン投稿の内容を hellog の場でも振り返りつつ,英語史・類型論的な視点から少し解説を加えてみたいと思います.
 取り上げたテーマは,泣く子も黙る(?)「3単現の s」そのものです.学校文法では絶対のルールとして叩き込まれるこの s ですが,標準英語から一歩外に出て世界の英語変種(World Englishes)に目を移すと,全く異なる風景が広がっています.
 「#4902. eWAVE 3.0 の紹介 --- 世界英語の言語的特徴を格納したデータベース」 ([2022-09-28-1]) でみた,世界英語の言語的特徴を格納した巨大データベース eWAVE 3.0 (= The Electronic World Atlas of Varieties of English) に基づいて,主語の人称と直説法現在の動詞の形態に関する統語的一致(agreement)に関する具体的な数値を覗いてみましょう.eWAVE のデータベースより,Area フィールドで agreement を指定すると,統語的一致の様々な現象についての情報が得られます.そのなかで,世界英語の3単現語尾に関する興味深い事実も見えてきます.
 まず,主語が3人称単数であっても動詞に s をつけない,いわゆる「3単現のゼロ」についてです.項目 No. 170 "Invariant present tense forms due to zero marking for the third person singular" を見ると,以下のような驚くべき数値が示されています.

 ・ Attestation (文証率): 69%
 ・ Pervasiveness (普及率): 72%

 eWAVE 3.0 で調査対象とされている世界の77変種の69%で「3単現のゼロ」が1例以上「確認」 (Attestation) され,頻度による重み付けを考慮した上での,その平均的な「普及率」 (Pervasiveness) は72%に達するというのです.標準英語(Standard English)の社会的な「重み」はもちろん絶大ですが,それを世界に無数にある英語変種のなかの1つの変種として平等にカウントするならば,s をつけない「3単現のゼロ」のほうが多数派になることを,この結果は示唆します(ただし,eWAVE 3.0 における Attestation と Pervasiveness の定義,および数値の扱いについては十分に理解していく必要があるので,ぜひ Introduction をご確認ください).
 では,逆のパターンはどうでしょうか.直説法現在であれば「人称にかかわらず,とにかく何にでも s をつける」という変種(No. 171 "Invariant present tense forms due to generalization of 3rd person ?s to all persons")のデータも見てみましょう.

 ・ Attestation: 35%
 ・ Pervasiveness: 45%

 主語が I であろうが they であろうが s を一般化してしまう変種も,世界の変種の35%で確認されており,その普及率は45%に及びます.この結果に,思ったより普通にあるんだな,という印象をもった方も多いのではないでしょうか.
 歴史言語学や言語類型論の観点から考えると,全部ゼロ(I love, he love)に統一するのも,全部 sI loves, he loves)に統一するのも,いずれも人称パラダイムを通じて一貫性が保たれるため,スッキリした屈折体系であるとはいえます.
 それに引き換え,私たちが日常的に使っている標準英語の「3単現だけに s をつける」という中途半端なパラダイムは,改めて客観的に眺めると,きわめてバランスが悪くいびつなシステムです.標準英語は,類型論的には,普通でない,奇妙な変種であるといわざるを得ません.なぜ標準英語がいびつな形をわざわざ選んで保持しているのか,その謎を解き明かすことこそが英語史の醍醐味だと思います.これについてはまた日を改めて議論していければと思います.
 『なぜさんたんげん』カウントダウン投稿は今後も続きます.SNS 等でもハッシュタグ #なぜさんたんげん を付して,ぜひ一緒に盛り上げていただければ幸いです.

 ・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.

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