
中央大学出版が発行する『中央評論』の最新号334号の特集「アウトリーチ活動の多様な見方」が気になっていた.本ブログを始めて17年弱の時間が流れ,そのほかいくつかのメディアでも英語史という分野の発信を行なってきた者として,この活動がどのような意味をもつのかは自分自身もイマイチよく分かっていないながらも,「アウトリーチ活動」と呼ばれるようなことはしてきたように思われるからだ.目下,私は海外にいるのだけれども,あまりに読みたかったので,冊子を入手して読んだ.以下は,特集を読んだ上での雑記である.
まず特集を構成する各記事の執筆者とタイトルを挙げておこう.いつもお世話になっている「ゆる言語学ラジオ」の水野太貴さんも寄稿されている.
・ 福田 純也[巻頭言]:アウトリーチ活動の多様な見方
・ 石井 雄隆/植木 美千子:科学コミュニケーションの観点から考える研究のアウトリーチ --- 外国語教育の研究成果を社会とつなぐために
・ 松浦 年男/浅原 正幸/占部 由子/黒木 邦彦/田川 拓海/中川 奈津子/矢野 雅貴:ぬるま湯のアウトリーチ --- 言語学フェスが照らす新たな可能性
・ 水野 太貴:「ゆる言語学ラジオ」はアウトリーチではない --- 理想のアウトリーチと映画『国宝』について
・ 平田 トキヒロ:あえて言おう、クソであると。 --- アウトリーチ活動の定義再検討
・ 石井 慶子:孤独と発信のあいだ --- アウトリーチ活動から考えたこと
特集を通して読んでみて,まず「アウトリーチ活動」やその考え方の多様性に驚いた.特集のタイトルが示す通り,そもそも「アウトリーチ活動」そのものが鵺のように捉えどころのないものらしいのだ.私自身はどこに位置づけたらよいのか,軽くめまいがしたほどだ.アウトリーチは自由であってよいし,制限されたらアウトリーチではない,そんな風に思えた.
それぞれの論考に学ぶところがあり,自分に引きつけて考えてみたくなる洞察が含まれていた.ここでは,松浦氏ほかによる「ぬるま湯のアウトリーチ」より,とりわけ琴線に触れた箇所を引きたい.
言語学フェスはコロナ禍によって生じた研究者間の交流の断絶を緩和する策のひとつとして生まれたという経緯がある (27)
言語学フェスは学会とは異なり,「研究とは何か」という問いを考えるきっかけとなる場を提供している (31)
「楽しさ」を起点としたアウトリーチ活動は,特定の課題の解決というよりもむしろ,参加者が「言語は(やっぱり)面白い」と感じられるような環境を作ることを目指している.そうした空間を作っていき,ゆるやかに続けることは,研究者として活動する人にとっても,未来の研究者やファンを作ることに繋がっていく.そしてこれは研究予算の縮小など先行きが不透明な学術界にとっても,言語に関心を持つ多くの人にとっても明るい光となる可能性が十分にあるだろう. (33)
私自身も Voicy heldio での英語史発信を始めたのは,コロナ禍によるコミュニケーションの断絶がきっかけだった.ただし,私の場合は「研究者間の交流の断絶」というよりは,どちらかといえば「教員・学生間の交流の断絶」に動機づけられていたという点での違いはある.
そして,本格的なアウトリーチ活動として「hel活」を始めてみるまでは気づかなかったが,「研究とは何か」「自分は何のために研究しているのか」を強く意識するようになった.明確な答えが出ているわけではないが,少なくとも自問自答する機会が非常に多くなった.
さらに,アウトリーチ活動を通じて,学びや研究は,本来はそれ自体が楽しいからするものであり,ほかの○○の目的ためにするわけではない,少なくとも第一義的にはそうではないということを,再認識する機会が増えた.おもしろいから研究するのだし,そのおもしろさを他の人々と分かち合いたいから伝えるのだ.それが結果的に「アウトリーチ活動」になっている,という順番で理解している.
また,特集を取りまとめた福田氏による編集後記 (164) の言葉も印象的だった.
その往復[=さまざまな立場の人々が互いに影響を与え合う往復]の中で,研究の意味や社会の側の問いかけが新たに立ち上がっているのを感じました.読者の皆さまにも,この特集を通じて,新しい往復を始めるきっかけを見つけていただければ幸いです.
「アウトリーチ活動」を通じて,はじめて可能となった交流がある.その交流を経てはじめて気づいた研究の意義がある.活動していなかったら決して気づかなかったと思われる研究の価値,予想もできなかったと思われる研究の可能性が,見えるようになってきた.これだけでも十分な大きな収穫だし,何よりも未来に向けて希望の光が差す.
「アウトリーチ活動」をうさんくさいと思われる方もいるかもしれない.ちょっと関心がある,やってみたい気がするという方もいるだろう.すでに実質的に活動しているという方もいるだろう.いずれの読者にとっても,この特集の各記事は,洞察を与えてくれるはずである.
・ 「特集 アウトリーチ活動の多様な見方」『中央評論』334号(77巻4号) 2026年2月3日.
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