日本大学大学院文学研究科英文学専攻 大学院特別講義 『英語史にみられる4つの潮流』
第1回「なぜ英語の文法は著しく変化してきたのか — 総合から分析へ」

堀田 隆一(慶應義塾大学)

2022年12月15日

hellog~英語史ブログ: http://user.keio.ac.jp/~rhotta

* 本スライドは https://bit.ly/3KSoPsY からもアクセスできます.

目次

  1. 第1回「なぜ英語の文法は著しく変化してきたのか — 総合から分析へ」
  2. 形態論に基づく言語類型
  3. 英語史の各段階における総合・分析の度合
  4. 「総合から分析へ」は印欧諸語の “drift” (駆流)?
  5. 英語史における「総合から分析へ」の5W1H
  6. 語根ベース,語幹ベース,語ベース
  7. 「総合から分析へ」の逆流の事例
  8. おわりに

『英語史にみられる4つの潮流』

  1. 4回の講義
    1. 「なぜ英語の文法は著しく変化してきたのか — 総合から分析へ」
    2. 「どのように英語は新語を導入してきたのか — 語形成と借用」
    3. 「いつ英語の綴字は定まったのか — 綴字と発音の乖離をめぐって」
    4. 「誰が英語の標準語を定めたのか — 世界英語の時代へ」
  2. 全体主旨
    • 本講義では,1500年以上にわたる英語の歴史を概観し,文法,語彙,綴字,標準化という4つの観点から,歴史を通じてみられる大きな潮流を指摘し議論する.(1) 英語の文法は古英語から中英語にかけて大きく変化し,言語類型として総合的言語から分析的言語へと舵を切った.この変化に関わる言語内的・外的な要因について検討する.(2) 英語の新語導入の主たる方法は,時代によって語形成と借用の間で揺れてきた.この揺れに注目しながら,古英語から現代英語までの語彙史を俯瞰する.(3) 英語の綴字は発音との乖離が大きいといわれるが,中英語まではさほど乖離はみられなかった.近代英語以降の綴字の標準化に焦点を当てつつ,綴字史を論じる.(4) 英語は歴史のなかで標準化と脱標準化を繰り返してきた.このサイクルを念頭に,現在注目されている世界英語 (World Englishes) の現象について考察する.

1. 第1回「なぜ英語の文法は著しく変化してきたのか — 総合から分析へ」

  1. 英語史における文法変化の潮流を一言でいえば「総合から分析へ」 (synthesis to analysis) (#4022)
  2. 英語は,古英語から中英語を経て近(現)代英語に至る歴史のなかで,言語の類型を逆転させてきた
  3. 古英語は総合的な (synthetic) 言語といわれ,近現代英語は分析的な (analytic) 言語といわれる
  4. 総合的な古英語 “hūsa” vs 分析的な現代英語 “of houses”
  5. 「総合」 (synthesis) とは?「分析」 (analysis) とは?

2. 形態論に基づく言語類型 (#522)

  1. 融合 (fusion) の度合に基づく分類
    • 孤立言語 (isolating language):1語が1形態素から成る.文法関係を表わすのに接辞などを用いず,語順に頼る傾向が強い.事実上,次項2の分析的言語 (analytic language) と同値.典型的な言語はベトナム語や中国語.
    • 膠着言語 (agglutinating language):1語が複数形態素から成る.文法関係を表わすのに接辞を多用する.典型的な言語はトルコ語や日本語.
    • 融合言語 (fusional language):1語が複数形態素から成る.文法関係を表わすのに融合した形態素を用いる.典型的な言語はラテン語,ギリシア語,サンスクリット語.
  2. 総合 (synthesis) の度合(あるいは1語中の形態素の数)に基づく分類
    • 分析的言語 (analytic language):1語が1形態素から成る.事実上,前項1の孤立言語 (isolating language) と同値.ベトナム語では,平均して1語につき1.06個の形態素があるとされる.
    • 総合的言語 (synthetic language):1語が複数形態素から成る.サンスクリット語では,平均して1語につき2.59個の形態素があるとされる.
      • 屈折的言語 (inflectional language) : 総合的言語の一種で,接尾辞付加や母音変異などによって文法関係を表わすタイプの言語.典型的な言語はラテン語,ギリシア語,サンスクリット語.
    • 多総合的(抱合的)言語 (polysynthetic language):1語が非常に多くの形態素から成る.ときに1語が1文に相当する場合もある.典型的な言語はイヌイット語で,平均して1語につき3.72個の形態素があるとされる.

3. 英語史の各段階における総合・分析の度合

  1. 伝統的に:
    • 古英語 = full inflection
    • 中英語 = levelled inflection
    • 近代英語 = lost inflection
  2. 各時代の英語の総合・分析の度合を比較する (#191)
    • cf. 指標となる10の言語特徴 (#785)
  3. ただし「総合から分析へ」の相対化も必要 (#4023)
  4. 英語に限らず印欧諸語の歴史でも多かれ少なかれ「総合から分析へ」

4. 「総合から分析へ」は印欧諸語の “drift” (駆流)?

  1. “Language moves down time in a current of its own making. It has a drift.” (Sapir 150)
  2. なぜ drift があるのか (#685, #686, #1816)
  3. “English is the most drifty Indo-European language.” (Meillet; #656)

5. 英語史における「総合から分析へ」の5W1H

  1. when: 11–12世紀を中心とする古英語から中英語への過渡期に
  2. where:
    1. イングランド北部方言で早く急速に
    2. イングランド南部方言では遅く緩慢に進んだ.

古英語では屈折ゆえに語順が自由

  1. se hlāford lufaþ þā hlǣfdigan (The lord loves the lady.)
  2. þā hlǣfdigan lufaþ se hlāford (The lord loves the lady.)
  3. se hlāford þā hlǣfdigan lufaþ (The lord loves the lady.)

古英語では屈折ゆえに前置詞が必須でない

  1. Gode ælmihtegum sie þonc (Thank be to Almighty God)
  2. se mann is wisdomes full (The man is full of wisdom.)

古英語では文法性が健在 (#28)

  1. 性の付与は原則としてランダムだが,一部,語尾による見分け方あり
  2. 冠詞や代名詞の呼応あり (#154, #155)
    • se mōna (the moon): 男性名詞
    • sēo sunne (the sun): 女性名詞
    • þæt wīf (the woman): 中性名詞

古英語は屈折語尾が命の言語

  1. 古英語は,語と語の関係を示す格や名詞の所属を示す性などの多様な文法情報を屈折語尾に詰め込む言語(=総合的な言語)だった.
  2. そのため,語順や前置詞は文法関係を示すのに副次的な役割しか果たさなかった.

屈折語尾の水平化

  1. 「古英語は屈折語尾が命の言語」だったにもかかわらず,それが中英語にかけて水平化した.
  2. se , sēo , þæt などの冠詞は,いずれも the へ.
  3. hlǣfdigan (対格)や hlæfdige (主格)は,いずれも lady へ.
  4. その結果,文法関係を示す第一の手段としての屈折が機能しなくなり,
  5. 文法関係を示す第二の手段だった語順と前置詞が第一の手段へ.

語順や前置詞に依存する言語へ

  1. þā hlǣfdigan lufaþ se hlāford → the lord loueth the lady
  2. sēo hlǣfdige þone hlāford lufaþ → the lady loueth the lord
  3. God e ælmihtegum sie þonc → Thanks be to Almighty God
  4. se mann is wisdomes full → the man is full of wisdom

文法性から自然性へ

  1. 屈折語尾は部分的に文法性を標示する機能も担っていたので,
  2. 屈折語尾が水平化すると文法性も廃れた.
  3. 結果として,自然性へと移行した.
    • the moon (=it)
    • the sun (=it)
    • the woman (=she)

なぜ屈折語尾の水平化が起こったのか? (1)

  1. ゲルマン語では語頭にアクセントが来るのが原則.
  2. 一方,語尾のアクセントは常に弱く,水平化・消失しやすい.
  3. 格や性の屈折は語尾で標示されたので,
  4. ゲルマン語では,格や性が常に機能不全になる恐れがある.

なぜ屈折語尾の水平化が起こったのか? (2)

  1. しかし,語頭アクセントという言語内的な要因だけでは説明できない.
  2. 例えばゲルマン語の一つであるドイツ語はいまだ豊富な格と性を保持している.(#154)
  3. では,英語に特有の言語外的な要因とは?
  4. 古英語後期の古ノルド語との接触!

なぜ屈折語尾の水平化が起こったのか? (3)

  1. 古ノルド語と英語の主な違いは,屈折語尾にあった.(#931)
  2. 語尾さえ切り落とせば,語根はほぼ同じため,意思伝達が容易だった.
  3. 両言語の話者はすすんで語尾を切り落としたか?
  4. cf. 地名と人名における両言語混交の意義 (#818, #1937)

英語史における「総合から分析へ」のまとめ

  1. how: 屈折語尾の水平化
  2. why:
    1. ゲルマン語特有の第一音節アクセントの裏返しとしての語尾の弱化(言語内的要因)
    2. 古ノルド語との接触を通じての屈折語尾の切り落とし(言語外的要因)
  3. 言語接触の強さと屈折の衰退の相関関係 (#927)

英文法の一大変化

  1. 中英語は,屈折語尾の水平化により,格や性を屈折語尾によって示す総合的な言語の性質を失い,語順や前置詞を重視する言語(=分析的な言語)へと移行した.文法性も自然性へと移行した.
  2. それに伴い,語順がSVOなどに固定していった.

なぜ英語の語順は「主語+動詞+目的語」で固定なのか?

  1. 世界の言語の基本語準 (#137)
  2. 印欧祖語から現代英語への基本語順の推移:SOVからSVOへ (#3127)
  3. SOVとSVOの競合の時代 (#132)
  4. SVOへの自然で緩慢な流れがあったところに,古ノルド語との接触が強力なプッシュを加えた.
  5. cf. 堀田 「連載第11回 なぜ英語はSVOの語順なのか?(前編)」「第12回 なぜ英語はSVOの語順なのか?(後編)」

6. 語根ベース,語幹ベース,語ベース

  1. 印欧祖語は語根ベース (#3358, #3359, #3360)
    • “root-based morphology: Here the input to morphological processes is even more abstract and requires additional morphological material to become a stem, to which the genuinely inflectional endings can be added in order to produce a word.” (Kastovsky 132)
  2. ゲルマン祖語は語幹ベース
    • “stem-based morphology: The base form does not occur as an independent word, but requires additional inflectional and/or derivational morphological material in order to function as a word. It is a bound form (= stem), cf. OE luf- (-ian, -ast, -od-e, etc.), luf-estr-(-e) ‘female lover’, Grmc. dag-(-az) ‘day, NOM SG’, ModE scient-(-ist) vs. science, dramat-(-ic) vs. drama, ast-ro-naut, tele-pathy; thus luf-, luf-estr-, dag-, dramat-, ast-, -naut, tele-, -pathy are stems.” (Kastovsky 132)
  3. 古英語以降は語ベース
    • “word-based morphology: The base form can function as a word (free from) in an utterance without the addition of additional morphological (inflectional or derivational) material, e.g. ModE cat(-s), cheat(-ed), beat(-ing), sleep(-er).”
  4. cf. 家入・堀田 (118)

7. 「総合から分析へ」の逆流の事例

  1. 仮定法現在の「復活」 (#326, #3042, #3351)
  2. 屈折比較級・最上級 (#403, #2346, #3032, #3349)
  3. ラテン・フランス借用語と強勢パターン (#3341, #3361)

8. おわりに

  1. 英語史(ゲルマン語史)における文法変化の潮流は「総合から分析へ」,あるいは「語根ベースから語幹ベースを経由して語ベースへ」
  2. 潮流を駆動した言語内的・外的要因
  3. 小さな逆流もあり

参考文献