慶應義塾大学医学部の本体は都心の信濃町キャンパスにありますが、入学したての皆さんは、始めの1年をこの日吉キャンパスで過ごします。日吉には医学部の一般教育担当教員が15名おり、医学部の分校になっています。皆さんはこれからの1年、豊かな環境に恵まれた日吉で思い切り英気を養ってから、信濃町に進み、医師への長い道のりを歩き始めます。医学教育は卒後研修も含めると、完成するまでに十数年かかるといわれています。一人前の医師になるまでには30歳になってしまいますが、皆さんはそのときの自分を想像することができるでしょうか。そのころには、日吉で学んだことなどは、遠い昔のこととしか思い出せなくなるでしょうが、それだけに今日から始まるこの1年を大切にしてほしいと思います。
医学部生が日吉で学ぶ科目は外国語科目、基礎科学科目、医学基礎科目、人文・社会科学科目の4つに大きく分かれます。
1. 外国語科目の英語では、作文・会話の訓練に加えて医学英語の初歩を学びます。意欲ある人のためにはアドバンスト・クラスも用意されています。次に第2外国語としてドイツ語またはフランス語を選択して学びます。いまや世界共通言語としての地位を得ている英語に比べると実用性は少ないのですが、ドイツ語とフランス語はかつては学術の世界で高い地位を占める言語でした。また英語と比較しながらその文法を学ぶと大変興味深いです。日常の挨拶から学習を始めますので、毎日少しずつ習慣的に勉強してください。
2. 基礎科学科目としては数学、物理学、化学そして生物学を学びます。高校の理科と異なり、大学では物理や化学にも高度な数式が用いられます。数学はそのためにも必要ですが、医学部の場合はなによりも統計学を理解するための基礎として重要です。次に物理学はガリレイ以来の歴史を持つ精密科学の規範です。物理学を通して科学的自然観を身に着けてほしいと思います。また化学は生命現象の物質的基礎の理解に必須です。最後に生物学はいうまでもなく基礎医学―人間の生物学―に直結する重要科目です。
3. 医学基礎科目には「メディカル・プロフェッショナリズムI」、EEP、「分子生物学I」および「生物学特論」があります。後の2つはより専門的な生物学を学ぶ科目ですが、前の2科目には職業としての医学・医療の基礎を学ぶという重要な意義があります。特に「メディカル・プロフェッショナリズムI」では生命倫理・法学・心理学を通じて現代の医療をめぐる状況を考えていきます。少し「文系アタマ」が必要になるかもしれません。またEEPでは、夏休みの1週間に介護実習を通じて医療現場を「医師」以外のスタッフ目線で体験していただきます。
4. 人文・社会科目としては、他学部開設の科目の中から医学部で認めているものを履修していただきます。医学は人間を扱う総合的な学問ですから、人文科学や社会科学の教養は必須であるといえます。しかし、これらの学問は非常に幅広く多様なので、大学の授業ですべてをカバーすることは不可能でしょう。単位のために勉強するだけでなく、様々な読書を通して人間や社会への関心を広げてほしいと思います。
5. 以上の4つの科目群に含まれないものは自由科目と呼ばれ、残念ながら単位を取得しても進級要件には数えられないのですが、諸君に意欲と余力があるならばお勧めしたいものもあります。例えば体育研究所の授業では、体験する機会の少ないスポーツ種目に親しみ、また講義を通じて自分の身体と向き合うことができます。外国語教育研究センターの科目ではドイツ語・フランス語以外の言語に触れる機会が与えられます。さらに教養研究センターとGICセンターは様々な文理融合型の教養科目を開設しています。特にGICは慶應義塾大学が文部科学省のスーパーグローバル事業に採択されたことを機縁として立ち上げられたもので、その科目はすべてが英語で行われます。
よく言われるように、大学1年目の勉強は高校の延長のように思われるかもしれません。高校から大学へのスムーズな接続のためにはそういう面も必要なのですが、高校の延長といわれるその勉強も真剣に取り組んでみると、やはり高校までとはずいぶん違うということに気づくと思います。例えば、子供向けに味を薄めていない、時間あたりに教えられる知識の量が多い、勉強の方法を自分で探さなければいけない、などです。特に医学部では、好きなことだけ勉強すればよいのではなく、殆どすべての科目が必修です。得意・不得意に関わらず一つ一つの科目に真剣に取り組むことで人間的にも成長してほしいと思います。
最後に、入学式の日に諸君に配布された「学生版行動指針」について紹介します。遺憾ながら、医学部生の中にもお酒の上での問題などを起こす人がいたため、このような「平生の心がけ集」のようなものが必要となり、一昨年夏から秋にかけて製作プロジェクトが進められました。始めは教員ペースだったのですが、有志の学生によるワークショップが行われ、最終的には学生の提案に基づく内容でまとめられることになりました。ただの「べからず集」でない、理想の高いものが学生の力で作られたことは大いに評価されると思います。皆さんもぜひこれを常に携帯して読み返し、卒業までの指針としてほしいと思います。また、改訂版を作る機会などがあれば、積極的に参加していただきたいと思います。
何よりも皆さんには学業を中心にすえた生活態度を確立してほしいと願います。ときどきハメをはずすことがあっても、ちゃんともとに戻れるように、また周囲に流されず、悪い前例に倣わず、自分で正しいと思うことを行うようにしてください。そこがしっかりしていれば学生生活にともなうリスクの八割がたは自然に回避できるはずです。大学とは、特に医学部は、学生が自分自身を教育するところです。教師はその手助けをするだけです。皆さんが焦らずにモチベーションを維持して成長してくれることを願っています。
医学部日吉主任 南 就将
(2016年4月1日記)
所属教室 | 氏名 | 専攻 |
英語教室 | 小町谷尚子 | ルネサンス英文学 |
James Hobbs | 医学英語教育、TESOL(英語教授法) | |
堀祐子 | イギリス現代演劇、アメリカ現代演劇、英文学(現代英米文学) | |
ドイツ語教室 | 鈴木伸一 | 近現代オーストリア文学、オーストリア社会思想史、ナショナリズム研究 |
数学教室 | 津嶋貴弘 | 数論幾何学 |
鈴木由紀 | 確率論 | |
物理学教室 | 三井隆久 | 光計測 |
早田智也 | 原子核物理学 | |
寺沢和洋 | 放射線物理学、宇宙線計測 | |
化学教室 | 井上浩義 | 高分子化学、放射線科学、薬理学、生理学 |
久保田真理 | 光電子分光 | |
大石毅 | 有機合成化学、天然物化学 | |
生物学教室 | 藤猪英樹 | 免疫学、微生物学 |
鈴木忠 | 発生学、形態学、クマムシの生物学 | |
中沢英夫 | 動物生理学、感覚生理学、生物統計学 |
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