慶應義塾大学 久保田真理

教育フォーラム

概要

主催

慶應義塾大学 自然科学研究教育センター

内容

学生の興味がわく実験教育をめざそう!―論理的思考力を身につける現代の実験教育―

講師

風間直樹 氏
ベネッセ i-キャリア 教育事業本部 部長

久保田真理 
慶應義塾大学 医学部 化学教室 専任講師

石船 学 氏 
近畿大学 理工学部 応用化学科 准教授

小野裕剛 
慶應義塾大学 法学部 生物学教室 准教授

江村伯夫 氏 
金沢工業大学 情報フロンティア学部 メディア情報学科 准教授

中村教博 氏 
東北大学 高度教養教育・学生支援機構 学際融合教育推進センター 教授

日時

2019年09月09日 ( 月 )  13:00~18:00

会場

日吉キャンパス 来往舎 1階 シンポジウムスペース

対象

教職員・学生・教育関係者

趣旨

大学の実験教育における問題点とは何か? 論理的思考力を育むために新しい実験教育を取り入れている授業担当者・開発者に取組について紹介していただき, 現代の学生にフィットした実験教育を行うにはどうすべきか,その質の向上を目指して議論する.

プログラム

講演1. 『外部アセスメントから見る初年次での思考力育成の必要性』
風間直樹 氏(ベネッセi-キャリア 教育事業本部 部長)

講演2. 『思考力を育むPBL型実験―頭もアクティブに―』
久保田真理(慶應義塾大学 医学部 化学教室 専任講師)

講演3. 『近畿大学理工学部応用化学(JABEE認定プログラム)における課題合成実験 for PBLの実施事例紹介』
石船 学 氏(近畿大学 理工学部 応用化学科 准教授)

講演4. 『役割演技型実験レポートを用いた文系大学生向け自然科学実験の展開』
小野裕剛(慶應義塾大学 法学部 生物学教室 准教授)

講演5. 『自ら考え行動する技術者を育成するPBL型科目群「プロジェクトデザイン」』
江村伯夫 氏(金沢工業大学 情報フロンティア学部 メディア情報学科 准教授)

講演6. 『融合型理科実験による自然理解と論理的思考: これまでの経緯とこれから』
中村教博 氏(東北大学 高度教養教育・学生支援機構 学際融合教育推進センター 教授)

総合討論

情報交換会

協力

ベネッセ i-キャリア

助成

一般財団法人大学IR総研(2018-2019年度)

講演要旨

『外部アセスメントから見る初年次での思考力育成の必要性』(風間直樹 氏)

 大学の実験教育は多くの大学で取り組まれ,事例も充実している. 一方,この数年でさらに社会環境や学生の気質も変化し,改めて内容を見直すタイミングが来ているのではないだろうか. 今回は全国の大学にサービスを提供している民間企業として,大学および学生を取り巻く環境の変化,大学教育における思考力育成の必要性と課題をご報告し,情報交換を行いたい.
 ベネッセi-キャリアでは,年間約25万人の学生にアセスメントを実施しており,うち4割は入学直後に受検されている. その中で近年最も多く導入を頂いているのが,思考力アセスメント「GPS-Academic」である. 今回は,この「GPS-Academic」の全国データを用いて大学生における思考力の特徴,育成のポイントをご説明したい. 新入生のデータでは,「多くの学生が,テストで与えられる情報をそのまま読み取る力はあるものの,その情報を疑うことをせず,鵜呑みにしている」というデータを提示する. 在校生のデータでは,思考力が高い学生と低い学生にどのような学修経験としての差があるかを提示することで,思考力育成の参考にしていただきたい.
 これらの情報を通して,今回のテーマである「論理的思考力を身につける現代の実験教育」を議論する一助になればと考えている.

『思考力を育むPBL型実験―頭もアクティブに―』(久保田真理)

 「論理的思考力」を育成することは,現代の大学教育における最重要課題と考えている.そこで,思考力を養うことを意識して授業を展開している.  本講演では,慶應義塾大学医学部の1年生を対象とした化学実験での取り組みについて紹介する. 現代の大学生は,高校時代にほとんど実験の経験がない.また,本学部では,化学実験は1年間(隔週)の授業である. このような背景のもと,限られた授業時間の中で,化学実験のマナーの修得や安全教育を徹底しつつ,思考力を向上させる授業運営を考えた. さらに,学習の成果を測ったり,プレゼン形式で発表させたりすることで,取り組みを総括することができるプログラムとした.
 我々は『頭もアクティブに』をスローガンに,2012年度から春学期の実験にPBL型実験を導入してきた. 学生が能動的に自ら考えながら,実験に取り組むことができるように,「実験方法を示さず,自分たちで考えた方法で実験を行う」手法である. 3~4名のチームで実験に先立ち,実験テーマについて調査し,あらかじめ方法を考えてくるのである. 2コマ×4回の授業時間で,与えられた課題に取り組むことができるテーマをすでに二つ開発し,実践した. 「金属イオンの分離分析」と「旋光性と旋光度を利用した反応速度」の二つである. これらのテーマの具体的な方法と成果,問題点およびその改善策について紹介する.

『近畿大学理工学部応用化学(JABEE認定プログラム)における課題合成実験 for PBLの実施事例紹介』(石船 学 氏)

 当学科では,2004年度から第3学年の学生実験に,『課題合成実験 for Project-Based Learning』を導入しています. この実験プログラムでは,担当教員・ティーチングアシスタント(以下,教員スタッフ)が,例えば,ある有機化合物を課題化合物として提示し, 学生は,それらを選択して,7名前後の学生グループで,合成実験を行います.従来の学生実験のように,教員が細かな実験手順書を提供するのではなく, 学生グループ主体で,まず,図書館,文献データベース等を駆使して,合成ルートおよび関連文献の調査を行います.次に調査した内容について, 教員スタッフがオブザーバー・アドバイザーとなり,ショートプレゼンテーション等も交えて,グループ内でディスカッションの機会を持ちます. 続いて,具体的な実験手順書を作成し,教員スタッフと連携して,試薬の発注,器具の準備等を行い,いよいよ合成実験を実施します. 実験は,必ずしも目的化合物の合成に成功することが重要なのではなく,結果が計画通りに得られなくても,直面する問題をその都度どのように解釈し, 解決するかという点を最も重要視し,教員スタッフはその良き助言者となるよう努めます.実験終了後は,学生グループ内で分担して, 報告書・プレゼンテーション資料を作成し,最終的に,クラス全体で発表会を行い,他の学生グループとのディスカッションを行います. これらの実施例や評価方法,これまでに持ち上がった問題点やその改善例などをできる限り具体的に紹介させていただきたいと思います.

『役割演技型実験レポートを用いた文系大学生向け自然科学実験の展開』(小野裕剛)

 私たち自然科学の教員は,そのおもしろさ惹かれて自発的にこの分野に足を踏み入れた. だから,今から思えば大して工夫されていたわけではない昔の学生実験(恩師の先生方,ごめんなさい) でもやる気に燃えて取り組むことができていたし,それが当たり前だと思ってきた.
 しかし,教員として担当することになった文系学生の学生実験現場に渦巻いていたのは学生の不満と投げやりなレポートであった. 彼らにとって自然科学科目は「般教」であり,「卒業に必要な単位だから」という理由で履修する者が大半である. そういう学生たちに,我々理系の教員が受けてきた「理系向けの学生実験」のスタイルを強要しても,やる気を引き出したり, 思考力・論述力の育成に役立てたりすることは難しい.PBL方式はよい解決策だが,学生数と指導者の負担を考えるとその導入は困難を極める.
 これまでの実験形式を生かしつつ改善できるポイントは何か.私は「学生が教員に学生実験の成否を報告する形式のレポート」の設定に問題があると考えた. これを「仮想の立場で仮想の研究結果を報告する演技」に変換することで,「その時代にその立場だったらどのようなレポートを書くべきなのか」を考えさせ, 論述能力向上につなげることができると考えた.本講演では,そのような考え方に基づいて開発された 「役割演技型実験レポート」を使った学生実験の実例をあげながら,その効用をお話ししたい.

『自ら考え行動する技術者を育成するPBL型科目群「プロジェクトデザイン」』(江村伯夫 氏)

 金沢工業大学では,自ら考え行動する技術者の育成を目指し,PBL型授業「プロジェクトデザイン」をカリキュラムの基幹科目として実施している. これは,問題の発見,解決方法の創出,具体化,検証の4つのプロセスを5~6名を1チームとするグループワークによって実践的に学ぶ科目群である. 本学では,1年次前学期から2年次後学期までの2年間に渡ってプロジェクトデザイン教育を継続的に行うことにより, プロジェクトの遂行のために必要な知識や論理的思考力のみならず,コミュニケーションスキルやリーダシップなど実社会に求められる人間力を養う. 昨年度からは,学科毎の専門性や特色を活かすべく授業内容を一新したほか,複数の学科の学生による混成チームによって授業を行うなど,新しい試みに取り組んでいる.
 本講演では,プロジェクトデザイン教育の理念や特色について述べるとともに,ユニークな取り組みの例として,情報フロンティア学部メディア情報学科の授業内容について紹介する.

『融合型理科実験による自然理解と論理的思考: これまでの経緯とこれから』(中村教博 氏)

 東北大学では,2004年より全ての理科系学部の初年次学生(理,医,歯,薬,工,農学部)を対象とした融合型の理科実験科目「自然学総合実験」を, 毎年1700名前後の学生に対して必修科目として開講している.この科目は,専門教育に向けての基礎実験技術の習得よりも学修の基盤形成を確立することを目的として, “論理的思考能力の育成”,“新しいことに挑戦する意欲の開拓”と“科学的文章を書く能力の育成”を目標に掲げている. 近年,大学入試問題等をパターン化して正解を得ることに慣れた学生も多く,自分で「なぜ」を思考しない学生がふえてきているため, 自分の“頭”で実験結果を論理的に整理して説明し,試行錯誤の過程を経てある結論を導く経験をしてもらいたい. そこで,本科目は物化生地のディシプリンの枠を取り払った融合型の理科実験として,あるテーマをいくつかの学問領域から多次元的に捉えることで, 複雑な現象の本質や仕組みを知り,自分の知識や見方を広げ,統一的な理解へとつなげることを狙いとして授業設計が行われている. 例えば,“リンの分析による広瀬川の水質評価”ではリンの化学分析や地学的素養から地域の環境理解を考える.また,“弦の振動と音楽”ではギターをもちいて, 音階には純正律と平均律があることを学び,そこから音楽(音階)にも普遍性(自然法則)が存在することを理解することで,自然を論理的に理解する思考方法を学ぶ. 講演では,融合型理科実験のコンセプトの説明に加えて,学生と教員側への有効性と今後の改革の方向性についても述べる予定である.