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2026-08-09 Sun
■ #6313. どのように「3単現」語尾が -eth から -(e)s へ変化したのか --- 『なぜさんたんげん』カウントダウン企画の振り返り (5) [3ps][nazesantangen][twitter][nazesantangen_countdown_3sp][variety][variation][ame][shakespeare][bible][comparative_linguistics][colonial_lag][ame_bre][indo-european][speed_of_change]
振り返りシリーズの最終回となる今回は,古い語尾 -eth から新しい語尾 -(e)s への移行期(初期近代英語期)における実際の文献上の様相,そのアメリカ英語への波及,また goes などの綴字 -es の謎,そして比較言語学の地平から見える3単現の屈折語尾の究極の起源にまで迫ります.
16世紀後半,エリザベス1世が残した散文や手紙の記述を分析すると,興味深い事実が浮かび上がってきます.彼女の文章の中では,古くからの語尾 -eth と,当時拡大しつつあった新しい語尾 -s が,おおよそ 1:2 という割合で混用されていました.最高権力者・知識人であった女王自身が新旧の形態をちゃんぽんに使っていたという事実は,この時代がこの屈折語尾の移行期の真っ只中にあったことを物語っています.
シェイクスピアの戯曲テキストは,この語尾交代の社会言語学的な様相をさらに鮮やかに示してくれます.彼は,散文の台詞においては圧倒的な頻度で新しい -s 語尾を使用していました.1600年前後には,すでにロンドンの口語表現として -s が十分に一般化していたことがうかがえます.一方で,韻文においては,韻律の音節数を調整するためにか,あるいは古風で荘厳な響きを演出するためにか,古い -eth をあえて効果的に併用しました.劇作家として,2つの形態がもつ機能的・韻律的な違いを熟知し,巧みに使い分けていたのです.
一方,1611年に刊行された『欽定訳聖書』 (The King James Version [KJV]) の動詞屈折の様相は,当時の口語の趨勢とは対照的でした.聖書のテキストにおいては,古い -eth が100%用いられ,新しい -s 語尾の採用は皆無でした.これは,聖書という文体に求められる荘厳さ,権威,そして神聖さを保持するため,当時すでに日常の口語として定着していた革新的な -s の侵入を意図的に排除した古風主義に基づく分布といえます.
こうした移行期には,書き言葉の綴字と話し言葉の発音の間に生じたミスマッチも観察されます.当時の人々は紙の上に -eth と書き記しながらも,それを実際に音読する際には口頭で -s と発音するケースが頻発していたようなのです.綴字は保守的にとどまりつつも,音声的な変化が先行して拡大していくという,言語変化における時間差の典型例といえます.
17世紀初頭より北米大陸へと渡っていった植民者たちによって移植された英語変種においては,新しい -s 語尾の拡大と定着のスピードが,本国イギリスよりも若干早い傾向を示したという調査結果もあります.一般に,移住した言語は本国の古い形態を保持しやすいとされますが,3単現の -s に関しては,多様な出身地から集まった人々による言語接触と単純化の力学が働き,革新的な定着が急速に進むこととなったということかもしれません.
そして,もう1つ,別種の問題についてです.現代英語の綴字規則において,go や do の 3単現形は単に -s をつけるのではなく,goes, does のように -es を付加します.文字素配列上の都合として,単語の末尾を -os という並びで終わらせる表記が歴史的に好まれなかったことが背景にありそうです.語幹と屈折語尾の独立性を視覚的に明確に示し,標準的なパターンに整える表記上の工夫として定着してきたと考えられます.
最後に,印欧比較言語学の視点から,そもそもなぜ 3人称の屈折語尾に -s や -th のような子音が出現したのかという究極の起源を探ってみましょう.有力な説によれば,印欧祖語の段階において,指示代名詞(「これ」「それ」を指す表現,現代英語の this, that などの祖先)であった *so や *to といった要素が,動詞の末尾に付着し,融合していった結果であると考えられています.本来は動詞のあとに「それ」「彼」という指示詞を添えて発話していた文法構造が,幾世代もの時間をかけて動詞の屈折語尾へと化石化していったという構図です.
さて,全5回にわたる連載を通じて,「3単現の s」という学校文法でお馴染みの小さなルールが,実は文法範疇の体系性,変種間における屈折パターンの多様性,方言接触,そして数千年に及ぶ印欧語の歴史などと深く結びついていることを見てきました.身近な英文法の「なぜ?」の背後には,常にダイナミックな英語史のドラマが広がっているのです.
本ブログのシリーズとしては,やや急ぎ足で,かつ濃密すぎる内容だったかもしれません.しかし,実際には30日をかけて少しずつ「3単現の s」の理解を深める,カウントダウン企画としてお届けした企画でした.応援いただいた皆さんに,改めて感謝します.
・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.
2026-08-08 Sat
■ #6312. なぜ「3単現」語尾が -eth から -(e)s へ変化したのか --- 『なぜさんたんげん』カウントダウン企画の振り返り (4) [3ps][nazesantangen][twitter][nazesantangen_countdown_3sp][th][consonant][analogy][pronunciation][be]
振り返りシリーズの過去3回の記事では,3単現の基本原理や形態・音韻変化のメカニズム,そして非標準変種における多様な実態について議論を進めてきました.第4回となる今回は,英語史における最大のミステリーの1つ,「なぜ歴史的な 3単現語尾 -eth が現代の -(e)s へと変化したのか」の謎に迫ります.音韻変化の検証および類推作用 (analogy) の視点から,この変化についての諸説を覗いてみましょう.
古英語から初期近代英語にかけて,3人称・単数・現在・直説法の動詞語尾は,現代のような -(e)s ではなく,-eth でした.たとえば,現代英語の sings や helps は,かつて singeth や helpeth のような形でした.これがなぜ -(e)s へと取って代わられたのでしょうか.語尾の母音脱落を伴うこの交替劇は,英語屈折史における注目すべき変化の1つであり,多くの言語学者の好奇心を刺激し続けてきました.
この変化について「th /θ/ と s /s/ は発音が似ているから,互いに混同されて入れ替わったのではないか」という仮説が提出されることがあります.確かに,日本語母語話者にとって両音はともにサ行音に聞こえるため,一見すると納得しやすい説明に思えます.しかし,音韻論の観点から見れば,イングランド英語の歴史において,歯音 /θ/ と歯茎音 /s/ が混同されたケースはきわめて稀でした.両音は英語の体系内において異なる音素として厳密に区別されてきたため,単に「発音が似ていたから自然に置き換わった」とする説は,音韻変化の根拠としては弱いと言わざるを得ません.
デンマークの言語学者 Otto Jespersen は,音素の汎言語的な頻度と効率性の観点からこの問題にアプローチしました.無声歯摩擦音 /θ/ は,世界の言語を見渡しても相対的に出現頻度の低い珍しい音素である(451言語中 4--5% にのみ出現)ため,言語変化の過程でより一般的で扱いやすい /s/ へと淘汰されたという見解です.実際,現代英語の無声音の出現頻度データを参照しても,/s/ が第6位という上位に位置するのに対し,/θ/ は第40位と大きく引き離されています.日常会話できわめて高頻度に表れる3単現語尾から,珍しい音素である /θ/ が避けられ,より発音しやすく一般的な /s/ へとシフトしたという見解は,言語の省力化という観点から一理あります.
より通時的・方言学的な実証に基づく有力な説として,北部方言影響説があります.中英語期,3単現語尾の子音は南部方言で -th,北部方言で -s が基本でした.北部方言では,すでに古英語期(あるいは古ノルド語との言語接触の時期)から 3単現語尾として -s が定着しつつありました.中英語期以降,人口移動や経済的・社会的交流の拡大に伴い,この北部方言の -s が南下し,やがてロンドンを中心とする標準英語の基盤となる変種へと浸透・定着していったとする考え方です.
次いで,屈折体系の内部力学に着目した構造的な説が,2人称単数語尾からの類推説です.古英語・中英語の動詞屈折表を振り返ると,2人称単数 thou に対応する語尾は -est (簡略化して -es とも)でした.この2単現の -es の形態が,3人称単数に対して,類推的に拡大・適用されたのではないか,という見解です.
もう1つの類推説は,最も高頻度で使われる be 動詞の 3単現形 is に着目する説です.be 動詞の3単現形である is は,古英語期より一貫して末尾に /s/ (ただし後には /z/)の音を保持していました.英語の動詞体系の中で圧倒的な使用頻度を誇る is の子音がモデルとなり,一般動詞の3単現語尾へと波及・類推適用されたのではないかとする解釈です.
歴史的語尾 -eth から現代の -(e)s への交代は,単一の要因のみならず,方言の交錯(北部方言の南下)や屈折体系内の類推作用,さらには発音の効率化といった複数の要因が複雑に絡み合って引き起こされたと考えるのが自然かもしれません.
明日の第5回は,エリザベス1世やシェイクスピアの時代における -eth と -s の劇的な移行期の諸相,そして語尾 -s の究極の起源に迫ります.
・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.
2026-08-07 Fri
■ #6311. 変種で「3単現」を考え直す --- 『なぜさんたんげん』カウントダウン企画の振り返り (3) [3ps][nazesantangen][twitter][nazesantangen_countdown_3sp][variety][dialect][world_englishes][ewave][world_englishes][variety][inflection][conjugation][typology][nptr][methinks]
一昨日と昨日の記事では,標準英語の体系を中心に,3単現の基本原理や形態・音韻変化のメカニズムを整理してきました.本日は,視点を標準英語の外側へと広げ,世界英語 (World Englishes) や地域方言といった多様な変種 (variety) の観点から「3単現の -s」のあり方を相対化してみようという試みとなります.
私たちが学校で習う標準英語では,主語が 3人称・単数・現在であれば動詞に -s をつけることが「絶対のルール」とされています.しかし,標準英語の枠から一歩外に出ると,3単現であっても -s をつけない英語変種が数多く存在します.
例えば,ロンドンにほど近いイングランド東部,イーストアングリア (East Anglia) 地方の地域方言では,伝統的に 3単現の -s をつけません(e.g., He walk., She know.).さらに視点を世界へ広げれば,アフリカ系アメリカ人英語 (AAVE) や,ピジン英語,クレオール英語,そして世界各地で話される英語変種において,3単現の -s を欠く「3単現のゼロ」は決して珍しい現象ではありません.
逆に,人称や数に関係なく,あらゆる文脈で動詞に -s を付与する英語変種も存在します.イングランド北部方言や,ウェールズ南部・南西部の諸方言などでは,次のような文をごく自然に耳にします.
・ I likes it.
・ We goes home.
・ You throws it.
歴史的に見れば,英語の動詞の人称屈折は,地域や方言によって驚くほど多様でした.「3人称単数だけに -s をつける」という標準英語のパターンは,そうした無数の変異のなかの1つの選択肢にすぎなかったのです.
Shakespeare などの初期近代英語の文献を読んでいると,一見すると文法的に破綻しているように思える次のような文に出会うことがあります.
・ they laugh that wins (勝つ者たちが笑う)
前半の主語 they に対する動詞は laugh (-s なし)であるのに対し,後半の主語(that = they)に対する動詞は wins (-s あり)となっています.なぜ同じ複数主語に対して,-s の有無が分かれているのでしょうか.
実は,ここには明確な文法原理が働いています.中英語期のイングランド北部方言に由来する特異な規則です.この規則のもとでは,主語が複数代名詞であっても,動詞と隣り合っている場合には -s がつかず(they laugh),主語と動詞が離れている場合や主語が名詞である場合には -s がつくという複雑な規則が存在していました.
さらに驚くべきことに,過去形にまで -s がついた歴史的形跡が存在します.現代英語の methinks 「~のように思われる」は,非人称動詞に由来する古風な表現ですが,この過去形として,通常期待される methought に加えて,なんと過去形でありながら -s 付加が生じた methoughts という形,「3単過の s」が文献上に実在しました.
> Me thoughts that I had broken from the Tower. (Shakespeare, Richard III)
屈折語尾 -s の文法的な機能の揺らぎと多様性を示す,きわめて興味深い歴史的証拠です.
現代の World Englishes 研究において,広範な変種データを集積したデータベース eWAVE (ewave) の調査結果は,私たちが教わる「普通」を捉え直す上で大きな示唆を与えてくれます(「#6239. 世界英語諸変種にみる「3単現の s」と「3単現のゼロ」 --- eWAVE 3.0 のデータより」 ([2026-05-27-1]) を参照).
世界の英語変種を見渡すと,3単現において -s をつけない「3単現のゼロ」は,調査対象となった変種の69%で確認され,その平均普及率は72%に達します.一方で,「人称にかかわらずとにかく -s をつける」という変種も35%(普及率45%)存在しています.
この言語類型論的なデータが意味するのは,標準英語が採用している「3人称・単数・現在というピンポイントの条件でのみ -s を要求する」という規則こそが,世界中の英語のなかではむしろアンバランスで珍しいものであるという事実です.
標準英語の「3単現の s」は,決して言語として普遍的で合理的なルールというわけではなく,多様な方言的変異のなかから歴史の偶然によって標準化された規則にすぎません.標準英語の外からの視点をもつことで,英文法をより相対的・客観的に眺めることができるようになりますね.
明日の第4回は,歴史的に3単現の語尾であった -eth が,なぜ現代の -(e)s へと変化を遂げたのか,その諸説に迫ります.
・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.
2026-08-06 Thu
■ #6310. 「3単現」と助動詞,不規則形,複数形の -s の問題 --- 『なぜさんたんげん』カウントダウン企画の振り返り (2) [3ps][nazesantangen][twitter][nazesantangen_countdown_3sp][auxiliary_verb][preterite-present_verb][plural]
昨日公開した振り返りシリーズ第1回記事「#6309. 文法範疇から「3単現」を再考する --- 『なぜさんたんげん』カウントダウン企画の振り返り (1)」 ([2026-08-05-1]) では,「3単現直の s」という正確な条件設定や,英語のもつ「人称」「数」「時制」という文法範疇の視点から,動詞屈折の基本原理を整理しました.
本日の第2回は,学校文法や英語学習でよく突き当たる「助動詞 can にはなぜ 3単現の -s がつかないのか?」,says / has / does に見られる不規則な音変化の謎,そして「名詞の複数形 -s」と「動詞の 3単現 -s」の歴史的な関係について考察していきます.
1. なぜ can などの助動詞には 3単現の -s がつかないのか?
英語学習者から非常によく寄せられる疑問の筆頭に,「主語が 3人称・単数・現在であっても,なぜ can や may などの助動詞には3単現の -s がつかないのか」というものがあります.
結論からいえば,その理由は「語源的にこれらの助動詞が過去形だから」です.can, may, must, shall などの法助動詞の多くは,現代英語では形も現在形のように見え,時制としても現在を表しています.しかし,歴史をさかのぼると,これらは本来「過去」の形態をもつ過去現在動詞 (preterite-present_verb) と称される動詞群でした.もともとは過去の意味を表していた形が,歴史の過程で現在の意味を表すように変化したという経緯をもっています.
第1回で確認した通り,-s はあくまで「3単現(直)」でないとつきません.これらの助動詞は形態的なルーツが過去形であるため,語尾に 3単現の -s を取る条件そのものが歴史的に存在しなかったのです.
2. なぜ says は「セイズ」ではなく「セズ」なのか?
動詞 say の 3単現形である says は,綴字通りに読めば「セイズ」となりそうですが,標準的な発音は /sez/ 「セズ」となります.
このような微妙な不規則性は,言語において「超」がつくほどの高頻度語にこそ起こりがちです.日常会話できわめて頻繁に使用される単語は,弱く,省略されて発音される機会が多く,音の短化や変化を被りやすくなります.
says の発音に関して,実はイギリスの非標準方言や一部の地域変種では綴り通りの「セイズ」も聞かれますが,標準英語においては高頻度使用による音変化の定着結果として「セズ」が標準的となっています.
3. has や does の不規則性
says と同じく,have の 3単現形 has /hæz/ や,do の 3単現形 does /dʌz/ も,極めて不規則な形態・発音を示します.
これらも全く同じメカニズムによるものです.日常的なコミュニケーションで絶えず使われる超高頻度語だからこそ,歴史上の長い時間をかけて独自の音変化を起こし,現代のような不規則な形として生き残ることになりました.
4. 動詞の 3単現 -s と名詞の複数形 -s の関係
文法を学ぶ際,「名詞に -s がつくと複数」であり,「動詞に -s がつくと(3人称)単数(現在)」であるというルールに出会い,頭を抱えてしまう学習者もいるかもしれません.では,動詞の3単現の -s と名詞の複数形の -s には,歴史的に共通のルーツがあるのでしょうか.
結論をいえば,両者の間に歴史的なつながりは特にありません.名詞の複数形語尾 -s (古英語の男性強変化名詞屈折語尾 -as に由来)と,動詞の 3単現語尾 -s (中英語期の北部方言等に由来し,古英語の -eþ などが置き換わったもの)は,それぞれ異なる歴史的経緯をたどって発達してきました.歴史の偶然として,たまたま現代英語において同じ -s という音・綴字に収斂してしまったにすぎません.
ただし,共時的(現代英語の体系内)に見れば,非常に興味深い対照構造を成しています.
・ 主語名詞が単数形(-s なし)のとき,動詞に -s が現れる(e.g., The dog runs.)
・ 主語名詞が複数形(-s あり)のとき,動詞に -s が現れない(e.g., The dogs run.)
通時的な歴史背景は別々でありながらも,現代英語の体系においては,主語と動詞の間で -s の有無がきれいに相反するような対称性を保っているという見方ができます.
助動詞の屈折の欠除も,says や has の不規則な変化も,すべて英語史の通時的なプロセス(過去現在動詞の成り立ちや高頻度語の音変化)を紐解けば,説明がつきます.
明日の第3回は,標準英語の枠を超えて,イギリス各地の方言や World Englishes(世界英語)における「3単現のゼロ」や「全人称の -s」の実態に迫ります.
・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.
2026-08-05 Wed
■ #6309. 文法範疇から「3単現」を再考する --- 『なぜさんたんげん』カウントダウン企画の振り返り (1) [3ps][nazesantangen][twitter][nazesantangen_countdown_3sp][terminology][subjunctive][category][person][number][tense]
昨日の記事 ([2026-08-04-1]) で予告した通り,本日より5回にわたり,拙著『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』(NHK出版新書)の刊行に寄せて行なったカウントダウン企画の論点を整理し,「3単現の s」に関する連載を始めます.
シリーズ第1回となる今回は,私たちが学校文法で当たり前のように習う「3単現」という文法用語そのものを再考してみたいと思います.
1. 問うべきは「なぜ3単現以外には何もつけないのか?」
英語を学ぶ際,誰もが一度は「なぜ動詞にわざわざ 3単現の s をつけるのか」という疑問を抱きます.しかし,英語史の視点から見れば,実は問うべき真の問いは反転します.本来問うべきは,「なぜ3単現以外には何もつけないのか?」なのです.
古英語の時代には,1人称にも2人称にも異なる動詞の屈折語尾が付きました.歴史の過程でそれらの語尾が次々と消失していくなかで,「3人称・単数・現在」の屈折のみが語尾を保持し続けた --- 英語史においては,この問いの立て方の転換こそが重要となります.
2. 正しくは「3単現直の s」
ところで,私たちが親しんでいる「3人称・単数・現在」という条件指定ですが,厳密な文法記述としては実はこれでは足りません.例えば,次の文を見てみましょう.
God save the king. (国王万歳)
この文の主語は God であり「3人称・単数」です.時制も「現在」を指していると捉えてよいですが,動詞に -s はついていません.なぜなら,この文は仮定法だからです.
つまり,-s が現れるためには,さらに「直説法であること」という条件を付け加えなければなりません.文法用語として正確を期すならば,「3人称・単数・現在・直説法の s」,略して「3単現直の s」と呼ぶべきなのです.「3単現の s」は語呂も通りも良いものの,厳密に検証すると抜け落ちている条件があることに気づかされます.
3. なぜ仮定法では s をつけないのか?
では,なぜ仮定法では 3単現であっても -s がつかないのでしょうか.歴史を古英語期に遡ってみましょう.
古英語において,仮定法(接続法とも呼ばれました)の屈折体系は直説法とは大きく異なっていました.仮定法では時制にかかわらず,単数であれば一律に -e 語尾が,複数であれば -e(n) 語尾がつきました.例えば,古英語の leornian (現代英語の learn)の活用を見ると,3人称・単数・現在・仮定法の形は leornie であり,もともと -s (正確には当時の屈折語尾を構成した þ)が出る余地はなかったのです.
この古英語の仮定法単数語尾 -e が後に音変化によって消失した結果,現代英語の仮定法現在形は「動詞の原形と同じ形」として残ることになりました.
4. そもそも「人称」「数」「時制」とは何か
3単現を構成する「人称」「数」「時制」といった要素は,言語学では「文法範疇」 (category) と呼ばれます.これらは各言語固有の「こだわり」,あるいはその言語が世界をどのように切り取っているかという世界観を反映する装置です.
【 人称 (person) 】
英語の用語で人称は単に person ですから,概念としては「どんな人か」という単純な区分にすぎません.英語の体系は,「私」箱(1人称),「あなた」箱(2人称),そしてそれ以外の「その他」箱(3人称)という3つの領域で世界を分類しています.
【 数 (number) 】
英語は数えられるモノの名詞について,単数か複数かを文法的に明示することを強制する言語です.名詞において単数・複数を区別する文化は理解しやすいとしても,その名詞の都合が動詞の語尾(屈折)にまで波及し,主語の数に応じて動詞の形を変えさせるという点は,英語の「数」への並々ならぬこだわりを示しています.
【 時制 (tense) 】
「時制」とは,現実の「時間」そのものではなく,時間関係を言語化するための文法上の制度です.現代英語の動詞の屈折体系において,動詞自体の形態変化で直接表現できる時制は「現在形」と「過去形」の2つしかありません.未来の事態を表す際には will や be going to などの助動詞や迂言的表現を添える必要がある点など,英語の時制体系は非対称の構造を持っています.
このように,普段何気なく暗記させられる「3単現の s」も,文法範疇の視点や英語史の通時的視点から解きほぐしていくことで,英語という言語がもつ体系性と変化のダイナミズムが見えてきます.
明日は,助動詞 can に s がつかない理由や,says/has/does などの不規則な音変化,そして名詞の複数形 -s との関係性について考察していきます.
・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.
2026-08-04 Tue
■ #6308. 『なぜさんたんげん』カウントダウン企画の振り返り --- はじめに [3ps][nazesantangen][twitter][nazesantangen_countdown_3sp][links]
6月10日に発売された『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』(NHK出版)が,好評いただいています.
発売1ヶ月前より,私の X(旧 Twitter)アカウント @chariderryu 上で「なぜさんたんげんカウントダウン企画」として,本書に関連する話題を毎日1つ投稿していくことを試みました.結果としては予定通り30件を投稿し,カウントダウン企画は無事に終了しました.ハッシュタグ検索 #なぜさんたんげんカウントダウン より,すべての投稿というわけではありませんが,大半を閲覧できます.
本書の副題に「3単現の s」 (3ps) が含まれていますが,本書ではそれだけを扱っているわけではなく,広く英語史の話題を取り上げています.本書のプロモーションのためには,30日間のカウントダウン企画でも様々なトピックを取り上げるのが効果的だったのでしょうが,企画開始後の早い段階から「3単現の s」のみの話題で30日間続けてみようか,という研究者としての酔狂な挑戦魂が発現してしまい,結局その路線で走り切りました.
カウントダウン企画に伴走してくださった ari さん,ykagata さん,り~みんさんを始め,企画を応援していただいた皆さんに感謝致します.とりわけ ari さんは,日々の私の関連投稿を素材としてユーモアとダジャレたっぷりの4コマ漫画「英子さんたんげん」シリーズを創始され,本書発売後も「3単現の s」から独立して進化し続けているという,驚きの熱心さです.
30日間,伴走者の方々とのやりとりを通じて,私自身が「3単現の s」について多角的に問い直し,理解を深める機会を得ることができました.本来は『なぜさんたんげん』のプロモーションを念頭に置いた企画でしたし,遊び心を含めた気軽な試みとして始めたものだったのですが,完走した後から振り返ってみると,これは「3単現の s」をめぐるブレストであり,ディスカッションであり,最高の勉強法となっていたと思うのです.誇張ではなく本当です.私自身は「3単現の s」の話題を研究し,論文を書いてきた経緯がありますが,今回のカウントダウン企画では,まったく別のアプローチからの新鮮な「3単現の s」論を展開できたと考えています.
この30日間の議論の成果を何らかの形で記録に残すべく,向こう数日間の hellog 記事を通じて「なぜさんたんげんカウントダウン企画」を振り返って行こうと思います.本日の記事は,その連載の序文の役割を果たします.連載の開始に先立ち,以下に30投稿の各々へのリンクを掲げておきましょう.ぜひ1つひとつ訪れてみてください.
1: https://x.com/chariderryu/status/2053849551249854633
2: https://x.com/chariderryu/status/2054170139075956800
3: https://x.com/chariderryu/status/2054533296516628698
4: https://x.com/chariderryu/status/2054918817961128222
5: https://x.com/chariderryu/status/2055257307315892728
6: https://x.com/chariderryu/status/2055574258395251097
7: https://x.com/chariderryu/status/2055937157571719216
8: https://x.com/chariderryu/status/2056284114517479854
9: https://x.com/chariderryu/status/2056651859020919199
10: https://x.com/chariderryu/status/2057033989668430082
11: https://x.com/chariderryu/status/2057388292769759342
12: https://x.com/chariderryu/status/2057745491052441925
13: https://x.com/chariderryu/status/2058311892037226717
14: https://x.com/chariderryu/status/2058460797987086628
15: https://x.com/chariderryu/status/2058828159659712651
16: https://x.com/chariderryu/status/2059196134858408270
17: https://x.com/chariderryu/status/2059584458932556083
18: https://x.com/chariderryu/status/2059901339853877679
19: https://x.com/chariderryu/status/2060263459669889166
20: https://x.com/chariderryu/status/2060633529013129354
21: https://x.com/chariderryu/status/2060984532451418384
22: https://x.com/chariderryu/status/2061359561030635769
23: https://x.com/chariderryu/status/2061705258821132776
24: https://x.com/chariderryu/status/2062070033589608841
25: https://x.com/chariderryu/status/2062431166200742226
26: https://x.com/chariderryu/status/2062822274856554627
27: https://x.com/chariderryu/status/2063171987405516891
28: https://x.com/chariderryu/status/2063523991487221807
29: https://x.com/chariderryu/status/2063888225546969167
30: https://x.com/chariderryu/status/2064380208119972160
・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.
2026-08-03 Mon
■ #6307. 『英語語源ハンドブック』特設HPがリニューアル [hee][lp][helkatsu][hel_education]

1年前の今日,「#5942. 『英語語源ハンドブック』のランディングページ (LP) を作成しました --- 7月29日の重版出来記念」 ([2025-08-03-1]) の記事を公開しました.この1年間,『英語語源ハンドブック』は好評をいただき,ハンドブックをめぐる環境も変化してきました.そこで,本書の特設HPをリニューアルしました.
単なる書籍紹介のための特設HPという枠組みを超えて,アプリ,公式コンテンツ,読者コミュニティ,そして関連書籍が有機的につながり合う『英語語源ハンドブック』エコシステムのポータルサイトへと進化を遂げてのリニューアルとなります.
今回の特設HPの改変・追加ポイントは多岐にわたりますが,特にアピールしたい要点をいくつか紹介します.
・ 物書堂アプリ版(iOS)発売 & 公式無料特典の集約:デジタルならではの検索・コピー機能にご注目ください.さらに本書掲載の4,083語・表現を網羅した「公式索引データ(Excel/PDF)」の無料配布や,最新正誤表へも案内します.
・ 広がる「読者の輪(hel活・教育実践)」のアーカイブ化:刊行後に読者,教育者,研究者の皆さんがウェブ上で展開してくださったコンテンツ群を,カテゴリ整理しました.sorami さんやみーさんによる note 連載,ykagata さん,り~みんさんによる他言語比較,天野優未さん,やるせな語学さん,khelf の寺澤志帆さんらによる専門的・実践的アプローチなど,熱量あふれるhel活の広がりを一覧できます.
・ 学びのロードマップ「英語史の塔 (Tower of HEL)」の新設: 『はじめての英語史』,『英語語源ハンドブック』,『英語語源辞典』,『古英語・中英語初歩』という研究社の英語史4書籍の相互関係を示しました.
・ Amazon カスタマーレビューの掲載:現場の中高英語教員から寄せられた「一生使える虎の巻」といった絶賛の声をはじめ,熱いメッセージを多く掲載しています.
・ メディア・YouTube・講座実績の集約:本書に注目した「ゆる言語学ラジオ」出演回,「いのほた言語学チャンネル」出演回,各種ラジオ出演回,朝日カルチャーセンター新宿教室での講座などを挙げています.
・ モバイル閲覧の完全最適化:スマホやタブレットからでも快適に巡回できるよう,レスポンシブデザインへ刷新しました.
この1年間で本書の周りに生まれた温かい読者の輪と,広がり続ける英語史コンテンツの循環には,感謝の念に堪えません.まさに読者の皆さんとともに作り上げてきたポータルサイトだと実感しています.
新しくなった『英語語源ハンドブック』特設HPを,ぜひ訪問してみてください.アプリ版のチェックや公式索引データのダウンロード,そして本書の通読・活用に向けて,ワクワクするような学びのヒントが見つかるはずです.
・ 唐澤 一友・小塚 良孝・堀田 隆一(著),福田 一貴・小河 舜(校閲協力) 『英語語源ハンドブック』 研究社,2025年.
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| 最終更新時間 | 2026-08-09 08:30 |
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