現代英語の綴字と発音の関係は,母語話者にとっても非母語話者にとってもしばしば非難の対象になるが,[2010-02-05-1]の記事で少し触れたとおり,世間で酷評されるほどひどくないという主張がある.Crystal (72) によれば綴字が完全に不規則な日常英単語はわずか400語程度にすぎないという.また,以下のように綴字の規則性は75%?84%にも達するという推計もある.
English is much more regular in spelling than the traditional criticisms would have us believe. A major American study, published in the early 1970s, carried out a computer analysis of 17,000 words and showed that no less than 84 per cent of the words were spelled according to a regular pattern, and that only 3 per cent were so unpredictable that they would have to be learned by heart. Several other projects have reported comparable results of 75 per cent regularity or more. (Crystal, pp. 72--73)
この数値をみると,確かに巷で騒がれるほど英語の綴字はめちゃくちゃではないのだなと感じるかもしれない.しかし,こうした推計値は,解釈に際して2つの点で注意すべきである.1つは,推計値は調査対象とする語彙の範囲(例えば明らかに不規則性が多く観察される地名や人名などの固有名詞を含むかどうか)や規則性の計測の仕方(例えば meat, meet, mete の綴字はいずれもある意味で規則的と判断できるが,/mi:t/ を綴る可能性が3種類もあると考えれば予測不可能性は増し,その分不規則的ともいえる)などに大きく依存するという点である.何をどのように数えるかということが肝心である.
それでも,複数の推計で法外に大きく異なる値が出たわけではないので,ひとまず上の値を受け入れると仮定しよう.その場合でも,次の点を考慮する必要がある.数値が客観的であるとしても,その数値をどのように解釈すればよいかという基準が主観的あるいは相対的になることがありうるという点である.具体的に言えば,綴字の規則性を示す84%という上述の値は,本当に高いと評してよいのだろうか.綴字と発音の関係が例外なしの完璧な場合を100%と考えているのだろうが,その正反対である0%というのはローマ字のような表音文字 ( see [2010-06-23-1] ) を話題にしている限り,定義上ありえない.表語文字である漢字ですら,形声文字では,音読みに関する限り,読み方の予測可能性はかなり高いのである.つまり,100%の対極として0%を想定することは現実的にはありえない.取り得る値の範囲は,0--100% ではなく,例えば 50--100% くらいに落ち着くはずである.その中で84%という数値を評価する必要がある.
また,英語と同じローマ字を用いる他のヨーロッパ語を考えてみると,フランス語やドイツ語などで同じような推計をとると限りなく100%に近くなるのではないかと想像される.それと比較すると,英語の84%という値は相当に低いとも考えられる.「表音文字で綴られる言語」を標榜している限り,完璧な100%までは求めずともせめて95%くらいは欲しい,譲っても90%だなどと考えれば,84%では心許ないともいえる.「表音文字」であるから100%を建前としているし,取り得る値のボトムが0%でありえないという上記の前提を考慮すると,英語の84%という値の解釈は難しい.
出てきた数値はそれなりに客観的だとしても,その解釈は相対的にならざるを得ないと考える所以である.
・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.
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