hellog〜英語史ブログ

#340. 古ノルド語が英語に与えた影響の Jespersen 評[old_norse][loan_word][popular_passage][etymology]

2010-04-02

 古ノルド語の英語への影響については,いくつか過去の記事で話題にした ( see old_norse ).今回は,日本の英語学にも多大な影響を与えたデンマークの学者 Otto Jespersen (1860--1943) の評を紹介する.北欧語の英語への影響が端的かつ印象的に表現されている.

Just as it is impossible to speak or write in English about higher intellectual or emotional subjects or about fashionable mundane matters without drawing largely upon the French (and Latin) elements, in the same manner Scandinavian words will crop up together with the Anglo-Saxon ones in any conversation on the thousand nothings of daily life or on the five or six things of paramount importance to high and low alike. An Englishman cannot thrive or be ill or die without Scandinavian words; they are to the language what bread and eggs are to the daily fare. (74)


 "popular passage" かどうかは微妙だが,複数の文献で引用されている記憶がある.実際,私も説明の際によく引き合いに出す.
 Jespersen 自身が北欧人ということもあって,出典の Growth and Structure of the English Language では北欧語の扱いが手厚い.しかし,本書では北欧語だけでなく諸外国語が英語に与えた影響の全般について,説明が丁寧で詳しい.外面史と英語語彙という点に関心がある人には,まずはこの一冊と推薦できるほどにたいへん良質な英語史の古典である.
 イギリス留学中は安くあがるトースト・エッグで朝食をすませていたこともあった.bread にせよ egg にせよ,語源は英語でなく古ノルド語にあったわけである.対応する本来語は,それぞれ古英語の形で hlāf ( > PDE loaf ) と ǣg だったが,ヴァイキングの襲来に伴う言語接触とそれ以降の長い歴史の果てに,現代標準語では古ノルド語の対応語 breadegg が使われるようになっている.(だが,正確にいうと bread につらなる古英語の単語 brēad が「小片」の意で存在していた.「パン」の意味は対応する北欧語の brauð に由来するとされ,少なくとも意味の上での影響があったことは確からしい.)
 bread については[2009-05-21-1]を,egg については[2010-03-30-1]を参照.

 ・ Jespersen, Otto. Growth and Structure of the English Language. 10th ed. Chicago: U of Chicago, 1982.

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#818. イングランドに残る古ノルド語地名[old_norse][loan_word][onomastics][geography][toponymy][map]

2011-07-24

 英語史に関連するイングランド地図で,これほど明快な地図はないのではないか.イングランドに残る古ノルド語要素を含む地名の分布を表わす地図である( Crystal, p. 25 をもとに作成).

Map of Old Norse Placenames

 赤い線は,878年,攻め入るデーン人を King Alfred が Eddington で打ち負かし,ウェドモア条約 (Treaty of Wedmore) を締結したときに定まったアングロサクソン領とデーン領の境界線である.境界線の北部はデーン人の法律が適用される地域ということで,the Danelaw と呼ばれることになった.イングランドには古ノルド語要素を含む地名が1400以上あるとされるが,そのほとんどが the Danelaw 地域にきれいに限定されているのが印象的である.主要な古ノルド語要素を挙げると以下のようなものがある.

 ・ -by 「町」: Derby, Rugby, Whitby
 ・ -thorpe 「村落」: Althorp, Bishopsthorp, Gawthorpe, Linthorpe, Mablethorpe, Scunthorpe
 ・ -thwaite 「開墾地」: Applethwaite, Braithwaite, Rosthwaite, Stonethwaite, Storthwaite
 ・ -toft 「家屋敷」: Eastoft, Langtoft, Nortoft

 これらのノルド語要素は複合地名の後半部分に用いられているが,前半部分は必ずしも古ノルド語起源とは限らず英語要素であることも多い.例えば,Storthwaite では前半要素 stor は古ノルド語で「大きい」を意味する語であり,前半後半両要素とも北欧系だが,Stonethwaite では前半要素は明らかに英語の stone を示しており,両言語混在型の地名である.
 複合地名に両言語の要素が含まれているということは,両民族が平和に共存していた可能性を強く示唆する.もしデーン人がアングロサクソンの町村を武力で制圧しアングロサクソン系住民を駆逐したのであれば,新たな地名に英語要素を含めるということは考えにくい.両言語の要素が1つの地名に混在しているということは,両民族の血縁的な混合も同時に進んでいたことを表わしているのではないか.そして,この密な混合は,古ノルド語が英語に計り知れない影響を及ぼし得たのはなぜかという問題に解答を与えてくれるのである.

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

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