hellog〜英語史ブログ

#309. 現代英語の基本語彙100語の起源と割合[loan_word][lexicology][statistics][pde]

2010-03-02

 昨日の記事[2010-03-01-1]で,現代英語の最頻英単語リストをいくつか紹介した.そのなかで,やや古いが広く参照されている GSL ( General Service List ) に基づき,最頻100語の語源別の内訳を調べてみた.

Etymological Sources of 100 Most Frequent Words in PDE

 英語の本来語 ( native words ) の一人勝ちであることは一目瞭然である.借用語 ( loan words ) はわずかである.最頻語彙の血は紛れもなく Anglo-Saxon である.
 古ノルド語由来の語は they, she, take, get, give の5語のみ.ただし,she の語源にはイングランド北部方言説など諸説がある.また,getgive については,語頭子音 /g/ こそ古ノルド語形に由来すると言ってよいが,対応する語は古英語にもあり,考え方によってはどちらの言語にも帰せられる.ここでは,いずれも古ノルド語由来として数えた.
 フランス語由来の語は,state, use, people の3語のみ.
 過去の記事でも類似する統計をいくつか載せているので,そちらも要参照.

 ・ [2009-11-15-1]: 現代英語の基本語彙600語の起源と割合
 ・ [2009-11-14-1]: 現代英語の借用語の起源と割合 (2)
 ・ [2009-08-15-1]: 現代英語の借用語の起源と割合

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#202. 現代英語の基本語彙600語の起源と割合[loan_word][lexicology][statistics][pde][romancisation]

2009-11-15

 昨日の記事[2009-11-14-1]に引き続き,現代英語の語彙に関する統計値の話題.昨日は,借用語に限定し,そのソース言語の相対的割合を示すグラフを掲げた.今日は,本来語も借用語も含めた現代英語の語彙全体から基本語600語を取り出し,その語源をソース言語ごとに数え上げるという切り口による統計を紹介する.以下の数値と議論の出典は,昨日と同じく Hughes による.
 数値をみる前に,基本語彙 ( core vocabulary ) を客観的に定義するのは難しいという問題に触れておきたい.話し言葉で考えるのか,書き言葉で考えるのか.個々の話し手,書き手によって基本語彙とは異なるものではないのか.世界英語のどの変種 ( variety ) を対象に考えるのか,イギリス英語か,アメリカ英語か,それ以外か.この問題に対して,Hughes は,LDOCE3 の頻度ラベルが S1 かつ W1 であるもの,すなわち話し言葉でも書き言葉でも最頻1000語に入っている語だけを選び出すことにした.この総数が600語であり,これを "the kernel of the core" (392) として調査対象にした.以下は,ソース言語別の割合をグラフ化したものである.

Etymological Sources of PDE Core Vocabulary


 従来の類似調査や伝統的な英語史観からは,Anglo-Saxon 由来の本来語の割合はもっと高いはずではないか(6割?7割)と予想されるところだが,意外にも5割を切っている.話し言葉の記述に力を入れている LDOCE3 に基づく結果であるだけに,なおさらこの結果は意外である.
 もう一つ興味深いのは,Anglo-Saxon と Norse を合わせた Germanic 連合軍と,Norman French と Latin と Greek を合わせた Latinate-Classic 連合軍とが,およそ半々に釣り合っていることだ.語彙に関しては,中英語以降,英語はゲルマン系からロマンス系へと舵を切っているということが英語史ではよくいわれる.現代において,語彙のロマンス化の傾向は維持されているのみならず,むしろ強まってきているということを,このデータは示唆するのではないか.

 ・ Hughes, G. A History of English Words. Oxford: Blackwell, 2000. 391--94.
 ・ Longman Dictionary of Contemporary English. 3rd ed. Harlow: Longman, 1995.

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#429. 現代英語の最頻語彙10000語の起源と割合[loan_word][lexicology][statistics][pde]

2010-06-30

 現代英語の語彙の起源と割合については,[2010-05-16-1]でまとめたとおり,本ブログでも何度か扱ってきた.

 ・ [2010-03-02-1]: 現代英語の基本語彙100語の起源と割合
 ・ [2009-11-15-1]: 現代英語の基本語彙600語の起源と割合
 ・ [2009-11-14-1]: 現代英語の借用語の起源と割合 (2)

 この種の英語語彙の語源調査については本格的なものは存在しないようだが,もう一つ関連する先行研究をみつけたので紹介したい.
 Williams (67--68) は,数千通の商用書簡から最頻1万語を取り出し,頻度の高い順に1000語単位で10のグループを設けた.各グループについて語源別に比率をまとめた表を Williams より再掲する(宇賀治,pp. 84--85 にも掲載あり).ついでに,見やすいように棒グラフも作った.

DecileEnglishFrenchLatinDanishOther
183%11%2%2%2%
234461127
3294614110
4274517110
527471718
6274219210
7234517213
8264118213
9254117215
10254218114
Etymological Breakdown of the Most Frequent 10000 Words by Williams


 2000語,3000語レベルから早くも各言語の比率が落ち着いてくるのは,[2010-04-11-1]でみた音節数の分布とある程度は相関していそうでおもしろい.
 "Other" グループは雑多あるいは語源不詳の語も含まれるが,そのなかで各1000語の語群のいずれかで1%を超えるものは Dutch 借用語のみだという.また,調査対象としたコーパスをひっくるめて token 頻度で調べると以下の通り.こうしてみると英語は英語なのだとわかる.

English78.1%
French15.2
Latin3.1
Danish2.4
Other (Greek, Dutch, Italian, Spanish, German, etc.)1.3


 ・ Williams, Joseph M. Origins of the English Language: A Social and Linguistic History. New York: The Free Press, 1975.
 ・ 宇賀治 正朋著 『英語史』 開拓社,2000年.

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#845. 現代英語の語彙の起源と割合[lexicology][loan_word][statistics][bnc][corpus]

2011-08-20

 現代英語の語彙における本来語と借用語の比率については,本ブログでも何度か取り上げてきた.いくつかリンクを張っておこう.

 ・ [2010-12-31-1]: #613. Academic Word List に含まれる本来語の割合
 ・ [2010-06-30-1]: #429. 現代英語の最頻語彙10000語の起源と割合
 ・ [2010-05-16-1]: #384. 語彙数とゲルマン語彙比率で古英語と現代英語の語彙を比較する
 ・ [2010-03-02-1]: #309. 現代英語の基本語彙100語の起源と割合
 ・ [2009-11-15-1]: #202. 現代英語の基本語彙600語の起源と割合
 ・ [2009-11-14-1]: #201. 現代英語の借用語の起源と割合 (2)
 ・ [2009-08-15-1]: #110. 現代英語の借用語の起源と割合

 語種の数量的な調査には,数え挙げる際のソースを何にするか,type-count か token-count か,どのくらいの語彙規模を扱うか,語源にまつわる不正確さをどのように処理するか,などの考慮すべき事項が様々あり,研究者によって結果がまちまちとなることがある.しかし,複数の調査を比べれば,およその平均値や全体像が見えてくるのも確かである.
 先日参加してきた ICOME7 (The Seventh International Conference on Middle English) で,8月4日,OED3 の主幹語源学者 Philip Durkin 氏が "Some neglected aspects of Middle English lexical borrowing from (Anglo-)French" と題する講演で関連する話題について触れていたので,要点をメモしておく.
 Durkin 氏は BNC から最頻1000語のリストを取り出し,語源分析した.その結果,英語本来語が489語,フランス・ラテン語が489語,ノルド語が32語,それ以外の言語が10語という数値が得られた.大規模コーパスの頻度リスト (see [2010-03-01-1]) を利用した語源調査はいつか自分でやろうと思っていたが,Durkin 氏のおかげでその労力を省くことができた(ありがとうございます!).
 これにより,上記のリンクで示した諸調査と合わせて,type-count に基づく最頻100語,600語,1000語,2000語,3000語,4000語,5000語,6000語,7000語,8000語,9000語,10000語という12段階の語彙規模での語種別比率が得られたことになる.母体となる現代英語語彙の情報ソース,数え方,語種区分はそれぞれ異なっているのかもしれないが,一応の目安として以下で全体像を示したい.語種区分は English, French and/or Latin, Scandinavian, Other として4種類に統一した.

LevelEnglishFrench/LatinScandinavianOther
100 (GSL)92%3%5%0%
600 (LDOCE3)474544
1000 (BNC)46.948.93.21.0
1000 (Williams)831322
2000 (Williams)345727
3000 (Williams)2960110
4000 (Williams)2762110
5000 (Williams)276418
6000 (Williams)2761210
7000 (Williams)2362213
8000 (Williams)2659213
9000 (Williams)2558215
10000 (Williams)2560114
Etymological Breakdown of the Most Frequent Words


 上から3つ目と4つ目の棒グラフは,同じ最頻1000語レベルでの比較だが,3つ目は上述の Durkin の BNC 調査によるもの,4つ目は[2010-06-30-1]の記事で示した Williams のものである.著しい差異が生じたが,これも調査方法が異なるがゆえだろうか.注意して解釈する必要があるが,この点を除けば全体としてなだらかに推移し,最終的には本来語25%,ラテン・フランス語60%,それ以外が15%という数値におよそ落ち着くようだ.

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#201. 現代英語の借用語の起源と割合 (2)[loan_word][lexicology][statistics][pde]

2009-11-14

 標題について[2009-08-15-1]で円グラフを示したが,そのときにグラフ作成に用いた数値は孫引きのデータだった.今回は OED (2nd ed.) で語彙調査をした Hughes の原典から直接データを取り込み,より精確なグラフを作成してみた.カウントの対象とされたソース言語は75言語,借用語総数は169327語である.
 一つ目は円グラフで,現代英語の借用語全体を100としたときのソース言語の相対比率を示したものである.[2009-08-15-1]で示したグラフをより精確にしたものと理解されたい.
 二つ目は棒グラフで,比率ではなく借用語数で,ソース言語別にプロットしたものである.
 少数のソース言語が借用語の大多数を供給している実態がよくわかる.もとの数値データはこのページのHTMLソースを参照.

Etymological Sources of Borrowings into English by OED2 in Pie Chart

Etymological Sources of Borrowings into English by OED2 in Bar Chart


 ・Hughes, G. A History of English Words. Oxford: Blackwell, 2000. 370.

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#45. 英語語彙にまつわる数値[lexicology][statistics]

2009-06-12

 語彙の歴史を論じるとき,ある時代における本来語と借用語の分布であるとか,どの時代にいくつの新語が造られたかなど,数字の話になることが多い.英語の語彙にまつわる統計的調査はいろいろとなされているが,概説書間で異なる数値が引用されていたりして,全体として語彙に関する統計情報はまとまりを欠いているように思われる.そこで,中期的な計画として,様々な文献から数値を集めてはこのブログ上にメモとして蓄積してゆき,ときどき整理してゆくということを試みたい.
 以下に何点かを箇条書きで挙げるが,まとめていないのであしからず.

 ・古英語の語彙は約30000語 (Gelderen 73)
 ・古英語の語彙における借用語の比率は約3% (Culpeper 36)
 ・古英語の借用語の過半数はラテン語で,約450語を数える (Culpeper 36)

 ・北欧語からの借用語は約1000語 (Gelderen 97)
 ・北欧語からの借用語で,現代英語にまで残っているものは約1800語 (Culpeper 36)

 ・中英語期に借用されたフランス語単語は約10000語を越える (Culpeper 37)
 ・1066--1250年のフランス語借用は,1000語に満たない (Gelderen 99)

 ・16世紀だけで13000語ほどが借用されたが,そのうち7000語ほどがラテン語からである (Culpeper 37)
 ・ラテン語からの借用は,大陸時代に約170語,410年までのローマン・ブリテン時代に100語強,キリスト教伝来以降に150語,そしてルネサンス期に数千語が入った (Gelderen 93)

 ・現代英語の語彙における借用語の比率は約70% (Culpeper 36)
 ・過去50年で,英語への借用語の約8%が日本語からであり,約6%がアフリカ諸語である (Culpeper 38)
 ・現代において英語に加わる新語のうち,借用語は約4%にすぎず,他は既存の要素による造語である (Culpeper 38)

 今回の整理項目の典拠は以下の二冊:

 ・Culpeper, Jonathan. History of English. 2nd ed. London: Routledge, 2005.
 ・Gelderen, Elly van. A History of the English Language. Amsterdam, John Benjamins, 2006.

(後記 2010/05/09(Sun):古英語以来,本来語の80%が失われた可能性がある (Gelderen 73))

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#792. she --- 最も頻度の高い語源不詳の語[personal_pronoun][she][etymology][pchron][homonymic_clash]

2011-06-28

 [2009-12-28-1]の記事「西暦2000年紀の英語流行語大賞」で見たとおり,American Dialect Society の選んだ西暦2000年紀のキーワードは she だった.12世紀半ばに初めて英語に現われ,2000年世紀の後期にかけて,語そのものばかりでなくその referent たる女性の存在感が世界的に増してきた事実を踏まえての受賞だろう.その英語での初出は The Peterborough Chronicle の1140年の記録部分で,scæ という綴字で現われる.この scæ の指示対象が,Henry I の娘で王位継承を巡って Stephen とやりあった,あの男勝りの Matilda であるのが何ともおもしろい.結局 Matilda は後に息子を Henry II としてイングランド王位につけることに成功し,事実上の Plantagenet 朝創始の立役者ともいえる,歴史的にも重要な scæ だったことになる.該当箇所を Earle and Plummer 版より引用.

Þer efter com þe kynges dohter Henries þe hefde ben Emperice in Alamanie. 7 nu wæs cuntesse in Angou. 7 com to Lundene 7 te Lundenissce folc hire wolde tæcen. 7 scæ fleh 7 for les þar micel.


 ところが,この she という語は,英語史では有名なことに,語源不詳である.[2010-03-02-1]の記事「現代英語の基本語彙100語の起源と割合」で she を古ノルド語からの借用語として触れたのだが,これは一つの説にすぎない.英語語彙のなかでは最も頻度の高い語源不詳の語といってよいだろう.
 提案されている各説ともに,理屈は複雑である.諸説の詳細はいずれ紹介したいと思うが,ここではある前提が共有されていることを指摘しておきたい.古英語の3人称女性単数代名詞 hēo やその異形は,中英語までに母音部を滑化させ,古英語の3人称男性単数代名詞 や3人称複数代名詞 hīe の諸発達形と同じ形態になってしまった.この同音異義衝突 ( homonymic clash ) の圧力は,起源のよく分からない she を含めた数々の異形が3人称女性単数代名詞のスロットに入り込む流れを促した.後の3人称複数代名詞 they の受容も,同音異義衝突によって始動した人称代名詞の再編成の結果として理解できる.
 she の起源を探る研究は,数々の異形の方言分布,初出年代,音声的特徴,類推作用などの関連知識を総動員しての超難関パズルである.hēo, hīe, sēo, sīo, hjō, sho, yo, ha, ho, ȝho, scæ, etc. これらの中からなぜ,どのようにして she が選択され,定着してきたのか.英語語源学の最大の難問の1つである.

 ・ Earle, John and Charles Plummer, eds. Two of the Saxon Chronicles Parallel with Supplementary Extracts from the Others. London: OUP, 1892. 2 vols.

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#827. she の語源説[personal_pronoun][she][etymology][demonstrative][blend][sandhi][old_norse]

2011-08-02

 [2011-06-28-1]の記事「she --- 最も頻度の高い語源不詳の語」で触れた通り,現代英語の標準的な3人称女性単数代名詞形の起源は謎に包まれている.[2011-06-29-1]の記事「she --- 現代イングランド方言における異形の分布」で見たように,現代でもイングランド方言では様々な形態が用いられているが,she はそのような異形の1つにすぎなかった.しかし,そもそも she (あるいは初例形でいえば scæ )が異形として現われた経緯が不詳なのである.
 she の起源には数々の説が提案されている.主要なものをまとめよう.

 (1) 古英語の指示代名詞 se[2009-09-28-1]の記事にあるパラダイムを参照)の女性単数主格形 sēo あるいは sīo と,人称代名詞([2009-09-29-1]の記事にあるパラダイムを参照)の女性単数主格形 hēo混成語 (blend) とする説.
 (2) 上述の sēo が強勢の移動により siō を経て,shō へ発展した.
 (3) wæs hēo など -s で終わる動詞屈折形が前置されたときに,連声 (sandhi) が生じて,sēo となったとする説 ("sandhi-theory") .あるいは,hēo には,強勢が移動し,かつ語頭の h が脱落した yo という異形が確認されることから, wæs yo から直接 sjo ,さらには sho が生じたとする考え方もある.
 (4) hēo の強勢が移動して [hjoː] > [çoː] > [ʃoː] と音変化したとする説 ("Shetland-theory") .この変化は方言に確認される.
 (5) 古ノルド語の指示代名詞の女性形 , sjá が借用され,人称代名詞として用いられたとする説.(これとは別に,上述 (2) の強勢の移動に古ノルド語の影響があったのではないかという説もある.)

 (2), (3), (4) は出力された母音が ē ではなく ō であることに注意したい.ここから she に近い形態に至るには,母音の問題が残っていることになる.母音の問題には,2つの解決案が出されている.1つは,男性代名詞 や2人称複数代名詞 ȝē に基づく類推により,後舌母音が ē によって置換されたとするものである (cf. [2009-12-25-1], [2011-07-06-1]) .もう1つは,古英語の女性単数主格形 hēo ではなく女性単数対格形 hīe に基づいて後の標準形が発達したとする説である.
 母音の音価のみならず,子音の音価が [ʃ] へ発展した経緯ももう一つの大きな問題である.(2), (4) のように,自然の音声変化として発達したとする説,(3) のように sandhi を説明原理とする説,あるいは [ç] までは音声変化とした発展したが /ç/ の音素としての地位が周辺的であるために最も近い /ʃ/ で置換されたとする説などが提起されている.
 母音と子音の両方で必ずしも自明ではない説明が必要とされるところに,she 問題の難しさがある.おそらくは,絶対的な1つの答えはないのだろう.各種の方言形が音声変化,置換,類推,混成などにより生まれ,そのなかから偶然に she のもととなる形態が最終的に選択されたということではないだろうか.
 以上の記述には,OED, 『英語語源辞典』,Bennett and Smithers (xxxvi--xxxviii), Clark (lxvi--lxvii) を参照した.

 ・ 寺澤 芳雄 (編集主幹) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.
 ・ Bennett, J. A. W. and G. V. Smithers, eds. Early Middle English Verse and Prose. 2nd ed. Oxford: OUP, 1968.
 ・ Clark, Cecily, ed. The Peterborough Chronicle 1070-1154. London: OUP, 1958.

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#829. she の語源説の書誌[personal_pronoun][she][etymology][bibliography]

2011-08-04

 一昨日の記事「she の語源説」 ([2011-08-02-1]) で概説したように,she の語源は諸説紛々としている.関連研究も累々と積み重ねられてきており,その書誌をまとめるだけでも意味があるかもしれない.まったく網羅的ではないが,昨日挙げた参考文献に載っていたものを中心にいくつかを示しておきたい.

 ・ Bennett, J. A. W. and G. V. Smithers, eds. Early Middle English Verse and Prose. 2nd ed. Oxford: OUP, 1968. xxxvi--xxxviii.
 ・ Clark, Cecily, ed. The Peterborough Chronicle 1070-1154. London: OUP, 1958. lxvi--lxvii.
 ・ Dieth, E. "Hips: A Geographical Contribution to the 'She' Puzzle." ES 36 (1955): 209--17.
 ・ Flom, G. T. "The Origin of the Pronoun 'She'." JEGP 7 (1908): 115--25.
 ・ Lindkvist, H. "On the Origin and History of the English Pronoun she." Anglia 45 (1921): 1--50.
 ・ Luick, K. Historische Grammatik der englischen Sprache. Stuttgart: Tauchnitz, 1964. Section 705.
 ・ Ruud, M. B. "A Conjecture concerning the Origin of Modern English She." MLN 25 (1920): 222--25.
 ・ Ruud, M. B. "'She' Once More." RES 2 (1926): 201--04.
 ・ Samuels, M. L. "The Role of Functional Selection in the History of English." Transactions of the Philological Society. 1965. 21--23.
 ・ Sarrazin, G. "Der Ursprung von NE. 'She'." Englische Studien 20 (1895--96): 330--31.
 ・ Smith, A. H. "Some Place-Names and the Etymology of 'She'." RES 2 (1925): 437--40.
 ・ Stevick, R. D. "The Morphemic Evolution of Middle English She." ES 65 (1964): 381--88.
 ・ Vachek, J. "Notes on the Phonological Development of the NE Pronoun she." Sborník Praci Filosfické Faculty Brnenské University 3 (1954): 67--80.
 ・ Vachek, J. "On Peripheral Phonemes of Modern English." Brno Studies in English 4 (1964): 21--29.

 ・ 尾碕 一志 「人称代名詞 she の起源について: enclitic *-se 介在説」『雲雀野 : 豊橋技術科学大学人文科学系紀要』第12巻,1990年,43--48頁.
 ・ 佐藤 哲三 「 Havelok the Dane の三人称代名詞(女性・主格・単数) SHE に関して」『第一福祉大学紀要』第2巻,2005年,27--45頁.( CiNii より PDF で入手可能.pp. 28--29 に諸説がまとまっている.)

 ほとんどが Bennett and Smithers から芋づる式に書誌を調べたので,最も新しくて1960年代の論である.それ以降も調べれば,いろいろと出てくるだろう.気付いたら,後記としてここに加えてゆきたい.

Referrer (Inside): [2022-05-18-1]

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#169. getgive はなぜ /g/ 音をもっているのか[phonetics][consonant][palatalisation][old_norse][loan_word][sobokunagimon]

2009-10-13

 昨日の記事[2009-10-12-1]で,palatalisation により,<g> は <e, i> の直前で原則として /dʒ/ 音を表すと述べたが,例外を探せばたくさんあることに気づく.たとえば,標題の getgive はこの規則に照らせばそれぞれ /dʒɛt/ と /dʒɪv/ になるはずだが,実際には語頭子音は /g/ である.これはどういうことだろうか.
 まず,両単語の古英語の形態をみてみよう.それぞれ -gietangiefan という綴りで,語頭の <g> の発音はすでに古英語期までに palatalisation を経ており,半母音 /j/ になっていた.したがって,古英語の時点での発音は /jietan/ と /jievan/ だった.これがこのまま現代英語に伝わっても,/dʒɛt/ と /dʒɪv/ にならないことは明らかである.では,この現代英語の発音はどこから来たのか.
 実は,この /g/ の発音は古ノルド語 ( Old Norse ) から来たのである.古英語と古ノルド語はゲルマン語派内の親戚どうしであり([2009-06-17-1]),ほとんどの語根を共有していた.getgive といった基本語であれば,なおさら両言語に同根語 ( cognate ) が見つかるはずである.だが,親戚どうしとはいえ,別々の言語には違いなく,古英語の時期までにはそれぞれ別々の言語変化を経ていた.古英語では,すでに /k/ や /g/ に palatalisation が起こっていたが,古ノルド語では起こっていなかった.つまり,古ノルド語では <e, i> などの前舌母音の前でも /g/ 音がしっかり残っていたのである.英語は,この /g/ 音の残っていた古ノルド語の形態 geta, gefa を借用し,/j/ をもつ本来語の -gietan, giefan を置き換えたことになる.

get and give

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#46. 借用はなぜ起こるか[borrowing][loan_word][brainstorm]

2009-06-13

 先日,ゼミで「なぜ他言語から語を借用するのか?」について皆でブレインストームしてみた.主に英語の日本語への借用を念頭においたブレストだったが,様々な理由が考えられ,実にいろいろな意見が出た.結果を整理して提示してみる.

why borrow words?

 一番さきに思いつく理由は,「新しいモノが舶来してきたときに,そのモノの名前も一緒に取り入れる」ということであろう.実際にブレインストーミングでも,最初にそれが出た(図の右上).モノだけでなく名前も一緒に取り込むことが必要だからという「必要説」は確かに重要な説だが,借用の理由のすべてではない.新しいモノが入ってきたときに,元の言語からその名前を借用するのではなく,自前で単語を作り出したり,既存の単語を流用するというやりかただってあるはずである.
 また,コメ,ご飯,白米,稲など,日本の主食をさす単語はすでに十分にあるところへ,追加的に英語の「ライス」が借用されている事態を見れば,「名前が必要だから」という説がすべてでないことはすぐに分かる.洋食屋では「ご飯」ではなく「ライス」と呼ぶのがふさわしいという理由で借用語が用いられるのである(図の右中).
 他にどんな理由があるだろうか.この図に付け加えてみて欲しい.

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#900. 借用の定義[borrowing][terminology][loan_word]

2011-10-14

 言語項目の借用 (borrowing) については,語の借用を中心に様々な話題を扱ってきた.英語史においても,語の借用史は広く関心をもたれるテーマであり,それ自体が大きな主題だ.借用語に関する話題は,時代ごとあるいはソース言語ごとに語を列挙して,形態的・意味的な特徴を具体的に指摘したりすることが多いが,借用という現象について理論的に扱っている研究はあまりない.そこで,借用の理論化を試みている Haugen の論文を紹介したい.
 Haugen (210--11) は,borrowing を "Sprachmischung" (= language mixture) あるいは "hybrid" と呼ばれる過程とは区別すべきだと説く.Sprachmischung はカクテルシェーカーで2言語の混合物を作るような過程を想像させるが,実際には2言語使用者であっても同時に2つの言語から自由に言語要素を引き出すということはしない.両者の間でめまぐるしく交替することはあっても,一時に話しているのはどちらか一方である.したがって,Sprachmischung は borrowing と同一視することはできないと同時に,それ自体が普通には観察されない言語現象である.また,"hybrid language" とは,あたかも "pure language" が存在するかのような前提を含意するが,"pure language" なるものは存在しない.
 このように,Sprachmischung や hybrid との区別を明確にした上で,Haugen (212) は borrowing を次のように記述し,定義づけた.

(1) We shall assume it as axiomatic that EVERY SPEAKER ATTEMPTS TO REPRODUCE PREVIOUSLY LEARNED LINGUISTIC PATTERNS in an effort to cope with new linguistic situations. (2) AMONG THE NEW PATTERNS WHICH HE MAY LEARN ARE THOSE OF A LANGUAGE DIFFERENT FROM HIS OWN, and these too he may attempt to reproduce. (3) If he reproduces the new linguistic patterns, NOT IN THE CONTEXT OF THE LANGUAGE IN WHICH HE LEARNED THEM, but in the context of another, he may be said to have 'borrowed' them from one language into another. The heart of our definition of borrowing is then THE ATTEMPTED REPRODUCTION IN ONE LANGUAGE OF PATTERNS PREVIOUSLY FOUND IN ANOTHER. . . The term reproduction does not imply that a mechanical imitation has taken place; on the contrary, the nature of the reproduction may differ very widely from the original . . . .


 借用の議論においてもう1つ重要な点は,借用は過程であり結果ではないということである.例えば,借用語は借用という歴史的過程の結果として共時的に観察される言語項目である.ある語が借用され,その借用語に基づいて新たな語形成が行なわれ,2次的に新語が作られた場合,この新語は共時的にはあたかも借用語のように見えるが,借用の過程を経たわけではないことに注意したい.借用が過程であるという点については,Haugen (213) も特に注意を喚起している.

Borrowing as here defined is strictly a process and not a state, yet most of the terms used in discussing it are ordinarily descriptive of its results rather than of the process itself. . . . We are here concerned with the fact that the classifications of borrowed patterns implied in such terms as 'loanword', 'hybrid', 'loan translation', or 'semantic loan' are not organically related to the borrowing process itself. They are merely tags which various writers have applied to the observed results of borrowing.


 ・ Haugen, Einar. "The Analysis of Linguistic Borrowing." Language 26 (1950): 210--31.

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#902. 借用されやすい言語項目[borrowing][loan_word]

2011-10-16

 昨日の記事「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]) で述べたとおり,借用を論じるに当たって,Haugen の強調する importation と substitution の区別は肝要である.この区別は,借用されやすい言語項目について考える際にも,重要な視点を提供してくれる.
 直感的にも理解できると思われるが,他言語から最も借用されやすい言語項目といえば,語彙であり,特に名詞である.一方,文法項目の借用は不可能ではないとしても,最も例が少ないだろうということは,やはり直感されるところだ.言語項目の借用されやすさを尺度として表わすと,"scale of adoptability" なるものが得られる.William Dwight Whitney の1881年の scale によると,名詞が最も借用されやすく,次に他の品詞,接尾辞,屈折接辞,音と続き,文法項目が最も借用されにくいという (Haugen 224) (関連して,現代英語の新語ソースの76.7%が名詞である件については[2011-09-23-1]の記事を,英語語彙の品詞別割合については[2011-02-22-1], [2011-02-23-1]の記事を参照).文法項目の借用されにくさについては,Whitney は,言語項目が形式的あるいは構造的であればあるだけ,その分,外国語の侵入から自由であるという趣旨のことを述べている.
 もちろん,文法項目でも借用されている例はあり,上述の scale は規則ではなく傾向である.しかし,この scale は多くの言語からの多くの借用例によって支持されている.この問題について,Haugen (224) は importation vs. substitution の視点から,次のように述べている.

All linguistic features can be borrowed, but they are distributed along a SCALE OF ADOPTABILITY which somehow is correlated to the structural organization. This is most easily understood in the light of the distinction made earlier between importation and substitution. Importation is a process affecting the individual item needed at a given moment; its effects are partly neutralized by the opposing force of entrenched habits, which substitute themselves for whatever can be replaced in the imported item. Structural features are correspondences which are frequently repeated. Furthermore, they are established in early childhood, whereas the items of vocabulary are gradually added to in later years. This is a matter of the fundamental patterning of language: the more habitual and subconscious a feature of language is, the harder it will be to change.


 これを私的に解釈すると次のようになるだろうか.借用は,ある言語項目を必要に応じて(ただし,[2009-06-13-1]の記事「#46. 借用はなぜ起こるか」で挙げた理由ような広い意味での「必要」である)他言語から招き入れる過程であり,その方法にはソース言語の形態を導入する革新的な importation と,自言語の形態で済ませる保守的な substitution がある.言語体系にそれほど強く織り込まれていず,頻度もまちまちである一般名詞のような借用においてすら保守的な substitution に頼る可能性が常にあるのだから,言語体系に深く構造的に組み込まれており,高頻度で生起する文法的な項目は,借用を必要とする機会が稀であるばかりか,稀に借用される場合にも革新的な importation に頼る確率は低いだろう.このように考えると,借用における substitution は一見すると importation よりも目立たないが,(両者を足して借用100%とする場合)後者と異なりその比率が0%になることはなさそうだ,ということになろうか.従来の一般的な考え方に従って importation を借用の核とみなすのではなく,substitution を借用の核とみなすことにするならば,実際のところ,言語には見た目以上に借用が多いものなのかもしれない.

 ・ Haugen, Einar. "The Analysis of Linguistic Borrowing." Language 26 (1950): 210--31.

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