「マイノリティーが世界を変える」
加藤 万里子(慶応義塾大学理工学部、天文学)
研究者になりたいのに、理不尽な障害が多すぎる!そう感じたことはないだろうか。
学問の世界は狭い分野に分断されていて、すぐ隣の研究室が何をしているか
わからないこともある。閉鎖的な空間の中では、主張が正しいか正しくないかは
問題ではなく、はっきり物を言うタイプだったり、身近に前例がないことをやり
だしたり、外見や行動が周囲と少し違うだけで、疎まれたり悲惨な目にあうこと
もある。
このことを日常的に感じて苦しんでいる人は少なくない。特に女性は旧姓を使う
とか育児休暇をとるといった,ごく普通のことでも、嫌がらせを受けたり
研究者としてのキャリアを損なう原因になったりする。いやそれどころか、女性で
あるだけではじめから異質な存在として疎んじられているように感じることすら
ある。研究の世界がこんなに硬直化していては、画期的な研究など難しいのでは
ないかと心配になるくらいだ。
女性研究者の直面するさまざまな問題は、これまでの多くの人々の努力や社会の
意識変化のなかで、次第に改善されてきている。残った問題の中でも、いま早急に
とりあげるべき課題はセクシュアル・ハラスメントの解決だろう。あ、ここまで
読んで本を閉じようとしたあなた、もう少し我慢してほしい。最近、日本でも
ノーベル賞受賞があいつぎ、成功した研究へのきっかけは、失敗を見過ごさない
ことであると喧伝されている(そんなのは研究のいろはだと思うが)。セクシュアル・
ハラスメント被害があいついでいるのは、現在の研究体制にほころびがあることを
示し、被害がなくならないままでいるのは、研究体制のどこかに大きな問題が
潜んでいることを意味する。
一度、ものごとを裏側からみてはどうだろうか。加害をする側と被害をうける側。
問題の本質はどこにあるのか、直視することから大きな飛躍が可能になる。これまで
知らず知らずのうちにとらわれていた固定観念を壊し再構成すれば、研究にとって
大きくプラスになる。一部の人が困っているから助けるのではなく、それをきっか
けに重大なほころびを見つけ出す視点。これは一部の人の問題ではなく、研究者
全員がかかわるべき大切な問題である。
もうひとつ別の面から。
サバイバーのパワーはすごい!サバイバーとは、大きなダメージをうけたが、
苦しみの中から回復した人を意味する。私はこれまでにセクシュアル・ハラスメント
からのサバイバー(研究者)数人とめぐりあい、たくさんの元気をもらった。
苦難を乗り越えた人々の底力はひとなみではない。体の健康が損なわれる上に、
人格が変わるほどの精神的ダメージ、おびやかされる研究者生命。もろもろの
困難を乗り越えると、自分に自信がつき、パワーがわく。困難を経験したからこそ
豊かな人生がある。そして前よりも確実にパワーアップしている。そのパワーは
これからの自分の研究に生きる!という確信があるので、自分に自信をもっている。
この怒りのパワーを共有し、研究体制を変革しようではないか。
以上のようなわけで、このリレーエッセイを連載することになった。まず研究
体制をジェンダーフリーにという視点から、何人かに執筆をお願いしている。当面は
セクシュアル・ハラスメント関係のものが中心になるだろうが、ジェンダーに
限らず、研究の現場でマイノリティーの遭遇する問題を広くあつかっていきたいので、
読者の投稿を歓迎する。机上の空論ではなく、それぞれが体験したできごとや、
それをどうやって乗り越えたのか、また自分の生き方はどう変わったか、などの
具体的な記述は、いま困難にぶつかっている人にとって大きな励ましとなる。また、
セクシュアル・ハラスメント対策の研究はなぜ進まないのか?硬直した組織を
変えるには?などの鋭い問題提起や辛口の批評も歓迎する。元気が出るものを、
前向きの姿勢でお願いしたい。具体的な内容は?それは次回からの連載をお楽しみに。
(おわり)(引用する場合いには印刷版をご使用下さい)