林忠四郎賞受賞:受賞理由
日本天文学会2003年度林忠四郎賞を受賞しました。(蜂巣泉 氏と共同受賞)
この賞は日本天文学会の中でもっとも大きな賞で、独創的かつ分野に寄与する
ところの大きい研究業績に対して贈られます。
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2003年度 林忠四郎賞候補者推薦理由書
林忠四郎賞選考委員会 委員長 佐藤勝彦
授賞候補者: 蜂巣泉(東京大学)、加藤万里子(慶応義塾大学)
研究の表題: 「新星風理論の構築とIa型超新星の起源の解明」
推薦理由:
蜂巣・加藤両氏を推薦する理由は、第一に、新星風理論を構築して新星の光度曲
線解析による定量的な研究を可能にし、新星の分野の研究を大きく前進させたこと
である。第二に、質量降着しつつある白色矮星から高速かつ大量の恒星風が吹くこ
とを理論的に発見して白色矮星風理論を開拓し、連星系の進化の理論に新たな飛躍
をもたらしたこと、および、その結果として、Ia型超新星へと至る新しい進化経路
を見い出し、銀河の化学進化や宇宙膨張の詳細な研究に大きな進展をもたらしたか
らである。
新星は白色矮星表面での水素の不安定燃焼により引き起こされる爆発現象である。
新星には、光度がピークに達したあとの減光の速さによって、 "速い新星"、"遅い
新星" とよばれるスピードクラスが存在するが、その減光の速さが何によって決まっ
ているのかは、30年来未解決の大きな問題であった。新星の大気構造の時間変化を
計算する有効な数値計算法がなかったためである。加藤・蜂巣両氏は、放射圧によっ
て膨張する新星大気の構造と進化を、定常的質量放出解を時系列でつないで近似す
る方法を開発し、”新星風”の理論的モデルの構築に初めて成功した。この「新星
風理論」により、新星の光度変化の定量的研究が初めて可能になり、加藤・蜂巣両
氏は新星の減光の速さが質量放出率で決まることを明らかにした。そして多数の新
星の光度曲線を理論的モデルによって再現することによって、最も減光が速い新星
は最も質量の大きい白色矮星に対応し、遅い新星は軽い白色矮星に対応することを
示した。この理論は、従来この分野で広く信じられていた、新星の減光の速さが連
星系の相手の星との相互作用で決まるという説に取って替わるものとなり、国際的
に高い評価を受けた。さらに1989年には、加藤・蜂巣両氏はヘリウム燃焼による新
星の存在を理論的に予言し、それに対応する爆発天体V445 Pupが2000年に発見され
た。
これらの成果は、連星系の白色矮星がどのような進化経路に沿ってその質量をチャ
ンドラセカール限界質量近くまで増加させ Ia 型超新星発となるのか、という未解
決の大問題の解明へと進展した。従来の連星系の進化モデルでは、共通外層が形成
されて連星が合体してしまうことが Ia型超新星への進化を事実上不可能なものにし
てしまい、Ia型超新星の白色矮星理論における最も困難な問題とされていた。蜂巣・
加藤両氏は、質量降着しつつある白色矮星から、新星風と同様の放射圧による恒星
風が吹く理論的解を発見し、この白色矮星風が吹くことによって共通外層の形成が
避けられ連星の合体が起こらないことを見い出した。この結果を連星系の進化に適
用することにより、Ia 型超新星に至る連星系の2つの新しい進化経路を見い出した。
蜂巣・加藤両氏の発見した第一の経路では、Ia型超新星爆発の直前の段階が回帰新
星や超軟X 線星であり、第二の経路では、共生星(伴星は赤色巨星)となる。蜂巣・
加藤両氏は、超軟X線星(RX J0513.9-6951 や VSge)や、ヘリウム型新星、回帰新星
の光度曲線の精密なモデルを構築し、これらがチャンドラセカール限界質量に近い
質量を持つ白色矮星を含む連星で、上記の進化経路に対応していることを示すこと
ができた。こうした成功によって、蜂巣・加藤両氏の白色矮星風に基づく連星系進
化モデルは、現在では Ia型超新星の親天体の進化の標準モデルとして、銀河の化学
進化の研究や、宇宙膨張加速の研究におけるIa型超新星の進化効果の有無の研究な
どで、世界的に広く使われるようになった。
以上に述べた蜂巣・加藤両氏の業績は林忠四郎賞の授与対象としてふさわしいも
のであり、また、両氏の緊密な共同研究による業績であると選考委員会は判断し、
蜂巣・加藤両氏を日本天文学会林忠四郎賞候補として推薦するものである。
(以上)