おばけとわたし
                                     加藤 万里子
 
  こどもの頃、私はおばけが恐かった。本で読んだ番町皿屋敷の
お女中やら、平安時代の怨霊のようなものが自分の家にもいるよう
な気がして、部屋といわず廊下といわず、とにかく暗闇はこわかった。
幼い私にとって、おばけは怨みつらみのこもった情緒的なもので、
柳のそばでうらめしや〜、が似合うものなのだ。

  中学時代の反抗期になると、ともだちといっしょに既成概念を何でも
疑ってかかったので、幽霊だって、出るものなら目撃してやろう、
という気になった。暗闇があると気構えて、幽霊には再現性があるのか
確かめようと試みるのだが、そうすると今度は全く出てきそうにない。
そしてお化けがあまり恐くなくなる。ちょうど東京の街が明るくなり、
暗闇が少なくなっていく時代でもあった。人気マンガのおばけの
Qちゃんも、うらめしや〜的日本情緒から、おちゃめなキャラへと、
おばけの概念の変更に一役かっていた。こうして、大学時代に唯物論を
知るより早く、おばけは私の中から消えていく。それは理屈で頭から
消したわけではなく、感覚的に消えたのだ。

おばけは恐くなくなったが、そのかわり、暗闇は、どろぼうや悪漢が
潜んでいる場所になった。あの時代、男はみんな狼だから、夜道は
危ない、暗闇は恐いと、女の子はみな教わったのだ。いま考えると、
その種の闇の恐さは、女性を家庭に閉じ込めておくイデオロギーでも
あったのだな。

大人になって、お祭りか何かで「おばけ屋敷」に入ったとき、おばけが
どろどろ〜と近付いてきた。おばけの顔をじっと観察したのは私。
「キャー」と叫んだのはカレシ。そしたらそのお化けが「逆だろう?」と
言ったっけ。(ちなみに結婚前のことなので、今の夫じゃありません)

ずっと後に米国で暮らす機会があったが、かの地のおばけはキュートで
かわいい。米国の暮らしの中では日本風のうらめしや〜を思い出す
ことができず、おばけはそこで絶滅するしかない。またヨーロッパの
昔話にある、ドラキュラがお棺の中から出てくる恐さは、ひとりひとり
土葬されたお墓が町の中にあってこそ。ヨーロッパの風土や歴史が
体に染みついていない旅行者にはぜんぜん恐くない。おばけの「恐さ」は
その土地に固有のもので、輸出できないのだ。

現代科学による自然の理解は住む場所の風土には依らないから輸出
できる。宇宙や原子の性質はどんな土地に住んでも同じだ。表面的な
性質にはとらわれずに本質的なものの性質をみぬくのが物理。おお
げさに言えば、物理学を勉強する前から、わたしはその線にそった
人生を感覚的に歩んでいたことになる。大学に入って物理とめぐり
あって、私がいかに嬉しかったか、物理ってなんて面白いんだろうと
感激した理由がここにある。

考えてみると、これまで「物理って面白い?」と聞かれた記憶がない。
たぶん聞かれたことはあっても、記憶にないのだ。大学時代には、
「物理が好き好きオーラ」を出しまくっていたから、誰も面とむかって
聞かなかったのかもしれない。大学院入試の面接で「宇宙物理を希望
する理由は?」と聞かれて、「面白いからです!」と答え、その場に
いた先生方にどっと笑われた覚えがある。

物理は確かに面白いのだが、面白くないと思っている人にその面白さを
説明するのは難しい。私は野球やサッカーにはまったく興味がないので、
熱中する人の気持はわからない。おそろいのTシャツを作って盛り上がる
とか、外国まで応援にいくという話は醒めた気分で聞く。楽しんでいる
様子はわかっても、自分が応援に行こうとは思わない。たぶんそれの
裏返しで、私が、たとえば学生時代、夏の暑い日に微分方程式を変数
変換して熱中して解くのが好きでしたとか、パズルよりもっとスリリン
グな謎解きは、自然科学を専門にする科学者の醍醐味とか言っても、
暖かい目では見てもらえないだろう。

科学者を職業にしてよかったと思うのは、楽しいからだ。この原稿を
書いている今は夏休みで講義がないから、一日中ひとつの天体について
考えながら論文を準備する。毎日少しずつ、いろいろなことがわかって
くる。幸せで楽しくて、明日は何がわかるだろうと、うきうきする。
「天文学者」を職業にできて本当によかったと、心から思っている。

とはいうものの。世間の人にとって「天文学者」はマイナーすぎる存在
だ。ふつうのおばさんとして生活するためには近所には職業を伏せて
おいた方がよい。からかわれず、気味が悪く思われず、後ろ指を指され
ないで普通に生活するためには、大学教授であることを隠し、天文学者
であることを隠しておく。「女性の天文学者」は世間にとって、おばけの
ような存在なのだ。

    「パリティ」(丸善)  2009年1月号(連載:物理って面白い?)掲載 vol.24 No.1 
(おわり)