1999年4月18日 学会会場に保育室設置をすすめる科学者有志 学会会場での保育室設置について(声明) 私たちは、それぞれが所属する学会の年会会場に保育室を設置する運動を進めてい ます。少子化問題がクローズアップされる中で、子持ちの研究者が仕事と育児の両立 をはかることはいまだに易しいことではありません。研究者として、また社会の構成 員としてそれなりの役割を担っていきたいと思いながらも、依然として多くの女性研 究者が不利な状況に置かれております。実際問題として、幼い子供をもつ科学者が学 会に参加するためには、年会会場に子供をつれていかざるを得ない場合も多いのです が、会場に保育室を併設したいというささやかな願いを実現する事に対しても、大き な抵抗があります。そこで広く社会にこの問題を訴え、理解と賛同をいただきたいと 思いこの声明を出しました。また私たちの訴えかけを、研究者、特に女性研究者をめ ぐる環境を改善する一つの動きとして学会関係者や社会一般へアピールすることにし たいと思います。 記 日本学術会議が『女性研究者の環境改善の緊急性についての提言』の声明を出して から5年が経とうとしています。この間にも、女性科学者の数は次第に増加してきま したが、女性科学者をめぐる状況は、制度的に改善されたとは言えず、研究者側の自 己努力に任せられた状況であることは変っておりません。多くの若手科学者、特に女 性科学者にとって、研究と出産・育児との両立は相変わらずの大きな困難となってお ります。 日本天文学会では、1997年春の年会以来、半年毎の年会会場に保育室を設置し ています。理事長はじめ学会執行部の理解を得て、ポスター会場や会議室などととも に保育室を併設し、運用に関わる費用の一部も学会予算から補助するなど年会運営と して定着しています。他の幾つかの学会でも同様の方法で保育室を併設し始めたり、 また始めようという動きがあります。しかし、各学会の執行部、及び年会運営委員会 の理解を得ることが最初の大きな難関となっております。 多くの女性研究者は、年会期間中の子供の保育者が確保できずに年会参加を断念・ 短縮せざるを得ない状況にあります。それゆえ、自身の研究に対する議論の場が十分 に得られなかったり、あるいは関連分野の進捗状況を的確に捉えて自身の研究に活用 することが出来ずにおります。これは、研究者としての資質を磨くべき重要な時期に ある若手研究者にとって、その発展の可能性を狭める、危惧すべき状況であると認識 しております。育児中の女性科学者のうち、例外的に恵まれた環境にあるごく少数の 人しか学会に参加できない、しづらいという状況から、育児中であってもごく当たり 前に学会に参加できる環境に改善していくことは、当該学会の多様な研究のあり方と 見識を内外に示す良いチャンスでもあります。日本学術会議が『女性研究者の環境改 善の緊急性についての提言』でうたったことを、保育室設置という具体的な活動を通 じて効果的に進めることができます。 しかし、前述の学術会議の声明を受けながらも、いまだに多くの学会ではその運営 に女性の登用が進まず、委員のメンバーに女性が一人も含まれないままであったりし ます。これでは、育児中の女性科学者にとって、保育室併設の願いがどんなに切実で あっても、学会側の十分な理解、援助を得ることがなかなか捗りません。そのため、 この問題を当該学会の当事者ばかりでなく、一般の学会関係者、またさらに社会一般 にも訴えて、より広い理解を得ることで、力を得てゆきたいと願っております。 また保育室設置に関する第2の問題は、予算措置を学会として行うようにすること です。保育室を併設するのは、直接的には子供を保育室に預ける必要のある科学者個 人のためですが、その個人だけが「受益者」であるわけではありません。多くの科学 者が参加することによって、学会活動全体としてのメリットもあります。たとえば日 本天文学会では、すぐれた若手研究者を参加者として確保するために、保育室設置が 年会運営にとって不可欠な要素であると位置付けています。そしてより多くの若手研 究者が、学会で活発に研究活動をしやすい状況を作るために、保育料も利用しやすい 水準に設定しています。 このように学会保育室は本来は学会自身の問題であり、経済的措置も学会として行 うのが望ましいと私たちも考えております。しかし、基礎科学・純粋科学の分野では 、企業等の協賛を得るのが難しく、小規模な学会では学会運営の財政事情も厳しいた めに、保育室併設に支出する余裕がなかなかありません。また前に述べましたように 、学会運営委員の男女比が著しく偏っており、保育室併設に関する十分な理解を得難 いことも、学会からの費用捻出に至らぬ大きな要因となっております。 一方、実際に保育室を必要とする若手研究者の中には、常勤職を得ているものばか りではなく、ポスドクや留学生など経済的に必ずしも恵まれていないケースがどうし ても多いのが現実です。このため、たとえ保育室が実現しても、高額の利用料を余儀 なくされるのでは、問題の解決にはつながらないおそれがあります。 そこで、私たちは学会内部での働きかけを続けながら、研究助成団体などへの補助 申請を行おうとしております。しかしながら、研究資材の調達や海外での研究発表と いった従来の研究助成の枠におさまらないものであるために、実際に申請を受け付け ていただけることすらできてはおりません。それでもなんとか広い範囲の方々への訴 えかけを強めてゆくことで、事態を改善してゆきたいと考えております。 学会会場に保育室設置をすすめる科学者連絡会 代表:加藤万里子 (慶應大学) [日本天文学会] 副代表:林 左絵子 (国立天文台ハワイ観測所) [日本天文学会、日本惑星科学会] 副代表:山下(油井)由香利 (早稲田大学) [日本天文学会] 箕浦高子 (岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所) [日本細胞生物学会、 日本生物物理学会] 細胞系学会に保育室をつくる会 杉戸智子 (農林水産省北海道農業試験場) [日本土壌肥料学会] 土壌肥料学会学会内保育室設置運営事務局(仮称) 渡邊 千夏子 (水産庁中央水産研究所) [水産学会保育室設置連絡会] 添付書類 (1)日本学術会議声明(平成6年5月26日第118回総会) 女性科学研究者の環境改善の緊急性についての提言 (2)年会会場における保育室について(天文月報98年2月号) 加藤万里子 (http://sunrise.hc.keio.ac.jp/~mariko/gakkai/981geppou) (3)学会保育室の必要経費の例 (4)『女性科学者に明るい未来をの会』の賛同アピール文 ************************************** (1)日本学術会議声明15−7 女性科学研究者の環境改善の緊急牲についての提言(声明) [平成6年5月26日] [第118回総会] 女性の社会的地位の向上を目指す取組が、国際的にも国内的にも種々行われている が、日本学術会議においても第10期及び第12期に女性科学研究者の地位の向上に関す る「要望」を決議した。今期、すなわち第15期の発足に当たり、日本学術会議は「女 性研究者の地位の向上」に留意することを再確認し、今期の活動計画の一つにこの課 題を取り上げ審議してきた。その結果、女性科学研究者の地位の向上の必要性は理念 的には−般化したものの、科学者全体の対応の遅れもあって、その地位は実質的に余 り改善されていないことが明らかになった。 このため、特に基礎科学分野における科学研究者不足の事態が目前に追っている現 在、我が国における科学の調和のある発展のために、第10期、第12期での男女平等の 視点を前提としつつ、日本学術会議は、改めて女性科学研究者の環境改善の緊急牲を 指摘するとともに、関係方面に環境改善の促進を強く訴えるものである。 1 女性科学研究者に対する期待とその育成・確保の緊急牲 科学が人類の将来に大きな影響を及ぼすようになった今日、女性が、科学に対して 男性同様に責任を負うべきであると考え、また、負いたいと希望することは当然であ る。そして、多くの女性が科学研究に参加することによって、科学の一層の発展が期 待される。 既に科学技術政策大綱でも指摘されているように、国民の知的創造力が最大の資源 ともいえる我が国において、技術者のみならず、科学研究者への期待は、質、量とも に今後更に加速的に増加すると考えられる。一方、我が国における1人の女性が生涯 に出産する平均子供数(合計特殊出生率:1992年)1.50に象徴される生産年齢人口の 急速な減少に関連して種々の観点から女性問題が取り上げられているが、科学、特に 基礎科学の領域での優秀な人材の確保のためにも、女性科学研究者の研究環境の整備 が急務となっている。 しかし、その重大性が政府、関係省庁はもとより、研究・教育機関や学術団体、更 には我々科学研究者全体によっても、十分認識されているとは言い難い。科学研究者 の育成には長期間を必要とするだけに、このことは重大である。 我が国では、1989年に短期大学を含めた大学生数では女子が男子を超えたとはいえ 、四年制大学及び大学院では、男子学生数に比べて女子学生数は甚だ少なく、しかも 専攻学問分野が著しく偏っている。その上、結婚、出産を機に研究活動をやめていく という状況は余り改善されていない。 女性科学研究者の育成・確保を阻害している原因として、我が国に現在もなお強固 に残っている性別役割分業意識、研究成果が最も挙がる時期に遭遇する出産・育児や 介護を支援する社会保障制度の不備、男性中心の労働環境といった、女性の社会進出 を阻害している一般的な問題のほかに、女性科学研究者の門戸の狭隘性び出産等女性 固有の生活過程を考慮しているとは思われない科学研究費補助金などの研究支援制度 ・奨学制度等の不備といった、女性科学研究者に不利な環境がある。 日本国憲法(第14条)や「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」 の規定する男女平等の原則を実現するためにも、また、その基礎の上に立っての女性 科学研究者の質的向上・量的増加という今日的要請にこたえるためにも、上記の阻害 原因を速やかに、目的意識的に克服していかなければならない。 2 女性科学研究者の環境改善促進のための提言 上記条約の理念を定着させ、また、政府・婦人問題企画推進本部が進めている男女 共同参画型社会の形成を目指す「西暦2000年に向けての新国内行動計画(第一次改定 )」が完全に実現されるならば、性別役割分業意識の克服、及び出産・育児・介護に かかわる社会的支援制度の充実という点で一定の前進が見られるであろう。これらは 、女性科学研究者育成・確保の基盤整備の一環をなすものであるから、「雇用の分野 における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律」 (男女雇用機会均等法)及び新国内行動計画を、速やかにかつ一層実効あるものにす ることを政府に強く要望する。 さらに、我々科学研究者全体の責務として、女性科学研究者の環境改善のために次 の事項について、自ら実行し、あるいは研究・教育機関や学術団体で協議し、又は政 府、関係省庁に積極的に働きかけていくよう、ここに提言する。 (1)初等教育の段階から縦続して、男女の別なく科学的な感性と力量を育成する環境を整 えるとともに、男女平等を扱う学習内容を強化する。 (2)大学及び大学院における授業料減免制度、奨学制度あるいは休学・復学等の諸制度に ついて、特に女性科学研究者育成の観点から見直す。 (3) 業績を正当に評価し、昇進審査、就職斡旋・採用などの際に性的差別をせず、研 究意 欲を喪失させない環境をつくる。 (4)保育・介獲サービスの充実に努力するとともに、公的研究・教育機関でも、育児休暇 ・介護休暇等の休業期間の業務の代行を可能とし、ゆとりのある人事体制を整え、 また、適切な勤務形態を実現して、研究の継続性を保証する。 (5)科学研究者が旧姓を継続して使用することを保障する。 (6)女性科学研究者の就職の門戸を拡大するため、女性固有の生活過程に配慮するととも に、関係学術団体等の協力を得て就職にかかわる情報を広く公開する。 (7)科学研究費補助金制度などの研究助成制度を特に女性科学研究者の観点から見直す。 (8)雇用形態、評価、処遇などで性的差別を受けた場合の不服申立制度(オンブズマン制 度等)を確立する。 (9)女性科学研究者の実態把握のために資料を整備する。 なお、これらの事項を含め、科学研究者に関する諸制度、環境整備等の方策の検討 に際 しては、相当数の女性委員が参画すべきである。 (以下空白) (この文章は声明文書をスキャナーで読み込んで変換したもので、変換ミスが残って いる 可能性があります。使用に際しては、ご注意ください。)(c)日本学術会議 ************************************* (3)学会保育室の必要経費の例 土壌肥料学会では3日分の必要経費として部屋の使用料と人件費の合計約5万円支 出とする予算案を提出した。 内訳 ・部屋借用代 9、000円 ・シッター派遣料金(保険料込み):シッター1名派遣の場合、41、400円 ・この他に必要な布団やポットなどの機材は地元の協力者から借用するなどの方法を とる予定である。 ************************************* 賛同アピール ************************************* なお、1999年3月10日に『女性科学者に明るい未来をの会』会長、湯浅明先生あてに 上記の声明文を送付し、次の賛同アピールをいただいた。 女性科学者に明るい未来をの会よりの賛同アピール 「女性科学者に明るい未来をの会」は、「学会会場に保育室設置をすすめる科学者 有志」による、「学会会場での保育室設置について」の趣旨に共鳴し、女性研究者を めぐる環境を幾分でも改善するために、多くの学会でこの要望が実現することを期待 する。 1999年3月20日 女性科学者に明るい未来をの会 (おわり)