日本学術会議声明15−7 女性科学研究者の環境改善の緊急牲についての提言(声明)
[平成6年5月26日]
[第118回総会]
女性の社会的地位の向上を目指す取組が、国際的にも国内的にも種々行われている
が、日本学術会議においても第10期及び第12期に女性科学研究者の地位の向上に関す
る「要望」を決議した。今期、すなわち第15期の発足に当たり、日本学術会議は「女
性研究者の地位の向上」に留意することを再確認し、今期の活動計画の一つにこの課
題を取り上げ審議してきた。その結果、女性科学研究者の地位の向上の必要性は理念
的には−般化したものの、科学者全体の対応の遅れもあって、その地位は実質的に余
り改善されていないことが明らかになった。
このため、特に基礎科学分野における科学研究者不足の事態が目前に追っている現
在、我が国における科学の調和のある発展のために、第10期、第12期での男女平等の
視点を前提としつつ、日本学術会議は、改めて女性科学研究者の環境改善の緊急牲を
指摘するとともに、関係方面に環境改善の促進を強く訴えるものである。
1 女性科学研究者に対する期待とその育成・確保の緊急牲
科学が人類の将来に大きな影響を及ぼすようになった今日、女性が、科学に対して
男性同様に責任を負うべきであると考え、また、負いたいと希望することは当然であ
る。そして、多くの女性が科学研究に参加することによって、科学の一層の発展が期
待される。
既に科学技術政策大綱でも指摘されているように、国民の知的創造力が最大の資源
ともいえる我が国において、技術者のみならず、科学研究者への期待は、質、量とも
に今後更に加速的に増加すると考えられる。一方、我が国における1人の女性が生涯
に出産する平均子供数(合計特殊出生率:1992年)1.50に象徴される生産年齢人口の
急速な減少に関連して種々の観点から女性問題が取り上げられているが、科学、特に
基礎科学の領域での優秀な人材の確保のためにも、女性科学研究者の研究環境の整備
が急務となっている。
しかし、その重大性が政府、関係省庁はもとより、研究・教育機関や学術団体、更
には我々科学研究者全体によっても、十分認識されているとは言い難い。科学研究者
の育成には長期間を必要とするだけに、このことは重大である。
我が国では、1989年に短期大学を含めた大学生数では女子が男子を超えたとはいえ、
四年制大学及び大学院では、男子学生数に比べて女子学生数は甚だ少なく、しかも
専攻学問分野が著しく偏っている。その上、結婚、出産を機に研究活動をやめていく
という状況は余り改善されていない。
女性科学研究者の育成・確保を阻害している原因として、我が国に現在もなお強固
に残っている性別役割分業意識、研究成果が最も挙がる時期に遭遇する出産・育児や
介護を支援する社会保障制度の不備、男性中心の労働環境といった、女性の社会進出
を阻害している一般的な問題のほかに、女性科学研究者の門戸の狭隘性び出産等女性
固有の生活過程を考慮しているとは思われない科学研究費補助金などの研究支援制度
・奨学制度等の不備といった、女性科学研究者に不利な環境がある。
日本国憲法(第14条)や「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」
の規定する男女平等の原則を実現するためにも、また、その基礎の上に立っての女性
科学研究者の質的向上・量的増加という今日的要請にこたえるためにも、上記の阻害
原因を速やかに、目的意識的に克服していかなければならない。
2 女性科学研究者の環境改善促進のための提言
上記条約の理念を定着させ、また、政府・婦人問題企画推進本部が進めている男女
共同参画型社会の形成を目指す「西暦2000年に向けての新国内行動計画(第一次改定
)」が完全に実現されるならば、性別役割分業意識の克服、及び出産・育児・介護に
かかわる社会的支援制度の充実という点で一定の前進が見られるであろう。これらは、
女性科学研究者育成・確保の基盤整備の一環をなすものであるから、「雇用の分野
における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律」
(男女雇用機会均等法)及び新国内行動計画を、速やかにかつ一層実効あるものにす
ることを政府に強く要望する。
さらに、我々科学研究者全体の責務として、女性科学研究者の環境改善のために次
の事項について、自ら実行し、あるいは研究・教育機関や学術団体で協議し、又は政
府、関係省庁に積極的に働きかけていくよう、ここに提言する。
(1)初等教育の段階から縦続して、男女の別なく科学的な感性と力量を育成する環境を整
えるとともに、男女平等を扱う学習内容を強化する。
(2)大学及び大学院における授業料減免制度、奨学制度あるいは休学・復学等の諸制度に
ついて、特に女性科学研究者育成の観点から見直す。
(3) 業績を正当に評価し、昇進審査、就職斡旋・採用などの際に性的差別をせず、研
究意 欲を喪失させない環境をつくる。
(4)保育・介獲サービスの充実に努力するとともに、公的研究・教育機関でも、育児休暇
・介護休暇等の休業期間の業務の代行を可能とし、ゆとりのある人事体制を整え、
また、適切な勤務形態を実現して、研究の継続性を保証する。
(5)科学研究者が旧姓を継続して使用することを保障する。
(6)女性科学研究者の就職の門戸を拡大するため、女性固有の生活過程に配慮するととも
に、関係学術団体等の協力を得て就職にかかわる情報を広く公開する。
(7)科学研究費補助金制度などの研究助成制度を特に女性科学研究者の観点から見直す。
(8)雇用形態、評価、処遇などで性的差別を受けた場合の不服申立制度(オンブズマン制
度等)を確立する。
(9)女性科学研究者の実態把握のために資料を整備する。
なお、これらの事項を含め、科学研究者に関する諸制度、環境整備等の方策の検討
に際しては、相当数の女性委員が参画すべきである。