天文月報2000年4月号 Copyright 日本天文学会
天文学分野の女性研究者問題アンケート調査の結果報告<後編>
加藤万里子 (日本学術会議天文研連委員、天文学会教育委員)
<慶応義塾大学 理工学部>
池内 了 (日本学術会議会員、天文研連委員長)
<名古屋大学大学院 理学研究科>
アブストラクト
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99年11月に行った女性研究者の現状についてのアンケート
調査の結果のうち、セクシュアル・ハラスメントについて報告する。
女性の4割がセクシュアル・ハラスメントにあっており、非常に
深刻な被害をもたらしたものがそのうちの約半数に達することが
わかった。セクシュアル・ハラスメントは被害者への重大な人権侵害
であるのは言うにおよばず、日本の天文学の研究にとって大きな
学問的損失をもたらしている。セクシュアル・ハラスメント防止の
ためのガイドラインや相談組織は、各大学・組織で作られはじめた
ばかりの段階であるためか、防止・啓蒙活動がまだまだ不十分で
あるととらえている人の割合が多い。
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3月号でアンケート調査の前半部分を報告しましたので、ここでは
後半のセクシュアル・ハラスメントについて報告します。アンケートの
質問項目は
http://sunrise.hc.keio.ac.jp/~mariko/feminism/survey99.html
にあります。
(1)セクシュアル・ハラスメントについて
平成11年4月に男女雇用機会均等法が改正され、事業主にセクシュア
ル・ハラスメント防止の義務が課されることになりました。そこで各大学
でも防止のためのガイドラインと相談組織がつくられ始めています。セク
シュアル・ハラスメントをなくすためには、ガイドラインと徹底した啓蒙
活動が必要です。アンケート調査では、天文学研究者がいる組織で防止
活動がどの程度行われているのか、また被害の実態はどの程度なのかを
調べました。
なお、ここでのセクシュアル・ハラスメントとは、知人による「意志に
反した、性的な行為や言動」を指します(電車内の痴漢などは含みません)。
1−1)防止活動
まず所属する組織がセクシュアル・ハラスメント防止のためのガイド
ラインをもっているか、相談組織はあるか、啓蒙活動を十分に行っている
と思うか、について聞きました(表1)。
表 1。セクシュアル・ハラスメント防止のための努力
-------------------------------------------------------------------
ガイドラインの存在 | ある ない 知らない その他・無回答
------------------------------------------------------------
女性 | 29% 18% 53% 0%
男性 | 50% 16% 32% 2%
------------------------------------------------------------------
------------------------------------------------------------------
相談組織の存在 | ある ない 知らない その他・無回答
-----------------------------------------------------------------
女性 | 22% 24% 51% 2%
男性 | 36% 26% 36% 2%
----------------------------------------------------------------
-----------------------------------------------------------------
啓蒙活動は十分か | そう思う そうは思わない その他・無回答
----------------------------------------------------------------
女性 | 8% 88% 6%
男性 | 16% 66% 18%
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(大学と研究室の2つについて回答をした場合を含むため、合計が
100%にはなりません)
このように啓蒙活動については、男女とも不充分だと考えています。
女性の方が「ない」「知らない」の割合が高く、その結果、啓蒙活動が
不十分だと考える割合が高くなっています。
女性の方が「知らない」の回答が多いのは、女性の年齢分布の偏りを
反映していると考えられます。女性の年齢分布は若いほど多く、回答者の
うち30歳以下が5割を占めています(男性は2割)。つまり男性はいろいろ
な研究組織にちらばって所属しているのに対し、女性は大学院生やOD・PD
が多く所属する少数の研究機関に偏在していると思われます。それらの研
究機関で、セクシュアル・ハラスメント防止の努力が足りないため、「知ら
ない」「ない」と答えた女性の割合が高いのではないでしょうか。いずれ
にしろ、女性がたくさんいる研究機関ほど啓蒙活動が必要とされているわ
けですから、これは改善の必要があると言えます。
1−2)セクシュアル・ハラスメントの被害
表 2。セクシュアル・ハラスメントの被害を体験した割合(女性、男性別の%)
女性 男性
-------------------------------------------
自分が被害者 42% 2%
自分が加害者 0 4%
友人・知人が被害者 46 22%
友人・知人が加害者 8 18%
いずれの経験もない 35 72%
その他・無回答 2 2%
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天文学研究者の女性の4割が大学入学以降にセクシュアル・ハラスメン
トの被害にあっています。その大部分が大学院時代とそれ以後のものです。
大学院時代の被害の加害者の内訳は、学生と教員が半々で、大学院終了
以後の加害者は同僚・上司と、同じ分野の研究者が半々です。
被害の内容は、ヌード写真を研究室に貼るといったものから、抱きつく、
実習の時やその他の時にわざと体にさわる、食事などに何度もしつこく
誘う、わざと性的な言葉を言う、性的な噂を流す、などがあります。これ
らはどれも、相手の女性にとって、想像以上に大きな苦痛を与えるもの
です。
セクシュアル・ハラスメントは、性犯罪であり、女性(男性)の人権を
ふみにじるものです。被害の数からみて、平均して各研究機関ごとに1件
以上の割合でセクシュアル・ハラスメントが発生していると思われます。
これだけ被害にあっている女性(男性)がいることから、早急に研究機関
ごとにきちんとセクシュアル・ハラスメント防止のための啓蒙活動を行う
必要があると結論できます。
セクシュアル・ハラスメントは天文学の分野だけにあるわけではありま
せん。1995年に関西地区で大学のセクシュアル・ハラスメント被害の調査
を行った渡辺和子教授によると、大学院生の被害率はほぼ100%に達する
ものでした(文献1)。天文学の分野では、他の分野にくらべてかなり若い
世代がリーダーシップをとり、共同利用研をはじめ、民主的な組織運営が
一般的に行われているなど、民主的な雰囲気がかなりあります。表8に
ある数字は、それにもかかわらず被害が多いと考えるべきか、それだから
こそ、100%よりはずっと少ないのだと考えるべきなのか、判断に迷う
ところです。
1−3)セクシュアル・ハラスメントによる学問上の損失
同じ研究機関にいる人からセクシュアル・ハラスメントをうけた人は、
まず研究室に行くのが苦痛になります。研究室に行けないと、研究に関す
るさまざまな面で支障が出るのは言うまでもありません。また、加害者と
同室することを避けるようになるため、お茶のみ部屋やコンパなど人の
集まる機会にも加われなくなり、人と話せる貴重な場面も失われてしまい
ます。
加害者が教員とくに指導教員の立場にあたる場合には、「論文指導に
支障が出た」「博士論文の提出が遅れた」「休学や退学をした」という
大きな被害になります。その結果「分野を変えた、別の大学院に進んだり
進路を変えた」というケースが複数ありました。また大学院時代より後に
うけた場合にも,「昇格にさしつかえた」「休職した、職場をやめた」
といった重い被害が複数ありました。
このような場合には、後で述べるように重い身体症状が出たり、精神的
なショックのために、本人にとってみると研究どころではなくなってしま
います。
これらは単にその個人にとって被害が甚大であったというだけではなく、
天文学にとってみても深刻な損害であると言えます。
1−4)被害者の心理的被害の大きさを理解すること -- ショックで
抗議の意志表示すらできない女性も多い。
セクシュアル・ハラスメントを受けた時、相手に抗議したり、後で人に
相談して解決をはかる人も多いのですが、「ショックで何もできなかった」
人も多くいます。これはその人の意志が弱いのではなく、ごく普通にみら
れる反応です(文献2)。本人がその場で抗議せずに、たとえ笑っているよ
うに見えたからといって、被害がないとは限りません。逆に内心では大き
なショックを受けていることがあります。
アンケートでは、「偉い学者というものに対する信頼が無くなった」
「人間不信になった」という回答がいくつもありましたが、これはまだ
比較的軽いケースです。精神的被害の大きな場合には、「死にたいと思っ
た」「落ち込んでいて、気持が研究に向かわない」「大学院や職場を変わり
たいと切実に思った」などの落ち込みがあり、研究どころではなくなっ
てしまいます。このように大きな精神的ショックが続くと、体にも深刻な
心身症が出ます。食欲不振や、睡眠障害、体の痛み、内科的疾患などさま
ざまな記述がありました。アンケートではこのように重い被害を受けた人
が10人弱もいました。これは女性5人に1人の割合で非常に重い被害を
うけていることを意味し、非常に大きな数字であると言えます。
1−5)一方的な恋愛感情のおしつけはセクハラになる。
セクシュアル・ハラスメントの被害は多岐にわたりますが、『恋愛と勘
違いしているセクハラ』も目立ちましたので、特にここで項目を設けます。
何がセクシュアル・ハラスメントにあたるかは、受ける女性の反応で決ま
ります。男性の側が恋愛だと思っている場合でも、相手が嫌がって苦痛を
感じている場合には、体にちょっとでもふれたり、性的表現をしたり、
デートの誘いを何回もすること自体がりっぱなセクハラです。特にもし
その男性が教員であったり、技術などを教える技官や先輩などの立場にあ
る場合には、女性にとって、拒否の意思表示を伝えることすらとても難しい
ことが多いのです(文献2)。当事者はもちろん、周囲の人も、そのことを
十分理解する必要があります。アンケートの自由記述では、女性が誘いを
はっきり拒否したとたんに、男性が手のひらを返したように冷淡になり、
研究指導や人間関係に支障が出たという、「絵に描いたようなセクハラ」
もいくつか見られました。
特に教官の立場にある人は、くれぐれもご自分の言動に注意するよう
心がけて下さい。下記の文献2を参考書として読まれることをお勧めしま
す。(文献紹介やネットワークリンクなどは加藤のホームページにもあり
ます)
1−6)セクシュアル・ハラスメントの被害をなくすために
アンケートの自由記述では、女は研究に従事すべきではない、などと
発言する教員も今だに少なからずいることがわかりました。セクシュアル・
ハラスメントは個人の育ってきた価値観にかかわっているため、いくら
研究室を民主的に運営しても、男尊女卑の風潮の強い日本では、被害を
すぐに完全になくすのは難しいと思います。
でも、たとえセクシュアル・ハラスメントが起こってしまっても、被害
者が研究室の人のサポートが得られる場合には、ずいぶん被害の程度が
軽くなります。 セクハラの場面に出会ったら、周りの人がすぐ言葉に
出して「やめようよ」と注意できるような環境だと、かなり被害の程度は
軽くなります。また被害者は加害者と同席したり、2人きりになることを
避けたいと思うので、周りがその気持をくんでサポートする配慮も大事
です。
また逆に、セクシュアル・ハラスメントをした、と思ったら、素直に
すぐ謝ることはとても大事です。その際、セクシュアル・ハラスメントだ
と抗議をうけたが、その理由がすぐには理解できない場合は、うやむやに
したり居直ったりせずに、何故その行為がセクシュアル・ハラスメントに
なるのかをじっくり考え、相手の意見をよく聞き、率直に話し合う雰囲気
を作ることも大事です。相手の立場が想像できずに、無意識のうちにセク
シュアル・ハラスメントとなる行為をしていることも多いのです。謝らな
いために、あるいは形式的に謝っても、本当には理由が理解できていない
場合には、問題がこじれて、どんどんエスカレートしていく可能性もあり
ます。そのような状態をほっておくと、狭い研究者の社会ですので、問題
がいつまでも解決しません。
このように、研究室内でのセクシュアル・ハラスメントをなくすため
には、各人ひとりひとりがきちんと理解を深めておく必要があります。セ
クシュアル・ハラスメントの被害者は女性だけとは限りません。アメリカ
の調査では、女性の管理職が増えるにしたがって、男性の被害者も増加して
います。男女の別なく、お互いの立場を尊重し、自分の考えや感じ方を
一方的に押しつけないような研究室運営をしていけば、女性だけではなく、
障害をもつ人や外国人など、いろいろな立場や考え方の人も働きやすく
なります。結局はそういう雰囲気が、新しい世界をきりひらく学問を推進
する研究体制を作ることになるのではないでしょうか。
それぞれの研究機関では、セクシュアル・ハラスメントをなくすために、
研究室単位ごとに啓蒙活動を徹底してほしいと思います。特に教官から
院生へのセクシュアル・ハラスメントが何件も発生している事態は重く
見られるべきです。研究組織として、防止活動もせず、セクシュアル・ハ
ラスメントをした教官を、そのまま組織に所属させておくことに対しては、
これからの時代には、きびしい社会的評価が下るということを認識する
必要があります。
啓蒙・防止のために役立つ本は、最近ぞくぞくと出版されています。
文献2はおすすめですし、国立研究機関なら、たとえば人事院作成の冊子
(文献3)も参考になると思います。各人にパンフレットを配る他に、本を
何冊か研究室単位で設置しておくこともおすすめです。
最近、どの大学・研究機関でも、相談組織が作られようとしています。
セクシュアル・ハラスメントは新しい概念であり、しかも加害者がしばしば
管理職や指導教官など強い立場にいる人であることが多いため、問題解決
がたやすくはなく、経験の蓄積がほとんどありません。相談組織の運営の
仕方や、委員の教育についてはすべて試行錯誤をしている状態です。そう
いう中では、特に被害者の心理的ケアを大切に考えることが大切です。
すでに相談組織が設置されたところでは、運営するさいの問題点があき
らかになってきています。たとえば、相談組織の委員に管理職を任命する
のは適切ではありません。職員が相談をもちかけられないような相談組織
は、アリバイ的な組織か、あるいはスキャンダルを封じ込めるために存在
していると思われても仕方ありません。相談組織は、あくまでも、人間の
尊厳と被害者の人権を守り、研究活動が円滑に行えるようにするために
ある、ということを肝に命じておく必要があります。
長くなりましたが、セクシュアル・ハラスメントのない社会をつくり、
男女ともに研究者が生き生きと研究活動ができる社会にしていきたいと
思います。
文献
1)日本経済新聞 1995.10.21 夕刊 生活家庭欄「大学内に潜むセクハラ」
2)セクハラ -- これが正しい対応です、
(弁護士)白井久明、(精神科医)水島広子著、中央経済社、1300円
おすすめです。セクハラに対処するために管理者側
にとって必要な情報がまとまっています。女性の心
理やセクシュアル・ハラスメントをする側の心理の
他、 法律的な知識についても書いてあります。
3)公的職場における--セクシュアル・ハラスメント--防止対策のてびき
人事院セクシュアル・ハラスメント研究会編 900円+税
★)その他、セクハラ関係の文献紹介や各大学のガイド
ライン、ネットワークリンク
などは加藤のホームページにもあります。
この報告書は
http://user.keio.ac.jp/~mariko/feminism/survey99.html
にあります。
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A Survey of Women in Astronomy (II)
Mariko Kato, Department of Astonomy, Keio University,
Satoru Ikeuchi, Department of Physics, Graduate School of Science,
Nagoya University,
Abstract:
We report the results of our survey on sexual harassments in
research institutes of astronomy. It is found that 42 percents
of woman-astronomers had experienced sexual harassments, half of
them complainning that they have been seriously injured in mind and
body helth. Universities and institutes are urgently required
to make a sincere effort to prevent sexual harassments.
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(C)日本天文学会
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