「天文学ーー宇宙における人類の位置」 鈴木敬信著 (地人書館、昭和55年初版、179頁、1800円) どうしてこんなひどい本を出すのだろう。発行の古い本ではあるが、 ここで今とりあげるのは、この本が科学的に間違いだらけであるにも かかわらず、今だに書店で売られ、また多くの図書館にはいっていて 青少年の目にふれるだろうという恐れからである。 まえがきによると、この本は大学の一般教養の教科書として最適、 とある。独自の奇論を展開したとは書いてない。 この本の特徴は、なんといっても、科学的に重大なあやまりが多す ぎる、という点にある。しかもまともな教科書のような体裁だから、 一般の読者はだまされてしまう。 例をあげる。「超新星I型のあと、爆発の中心部に白色矮星か中性 子星がのこる」「白色矮星は冷えると内部の圧力が減少して収縮し、 中性子星となる」「中性子星は冷えるとブラックホールになる」など、 星の進化の理論はめちゃくちゃである。何を根拠にこんなデタラメを 書くのだろうか。物理的なことがらの説明も一見ちゃんと書いてあるし、 具体的な観測例もひいてあるから、まともそうに見えてしまう。 別の例。ハッブルの法則の式v=H・Dをそのまま積分して、宇宙 膨張の速さをもとめ、D=Doexp(Ht)となっている。ここで Doは時刻0の時のDの値で、「何年さかのぼっても宇宙の半径はゼロ にはならない。(中略)1000億年前には半径は現在の約230分の1」 とある。これではビッグバンの元素合成とつじつまがあわないはずだが、 それでもフリードマンとかガモフなどの名前は文章中にちりばめられている。 このように、歴史的に古くなった学説を今だに信じているというのなら まだしも、完全なつくり話を観測データや人名とませ゛あわせてもっとも らしく書いてある。 太陽系の起源。他の恒星が近くを通り過ぎたときに潮汐力でちぎれた ガスからできたという大むかしの説とその変形版が詳しく紹介されており、 最後に「著者が知っている中で最も難点が少ないのはホイルの説(1955年) である」と結論している。もちろん、これらの説はとっくの昔に、ずっと 精密な現代の太陽系形成論にとって替わられているが、それには全くふれて いない。 このように奇怪な例はいたるところに見られる。新星やエックス線バースト の原因の説明もそれらしく見えてまちがいだらけで、核反応など基礎物理学を かなり誤解していることがわかる。また偏光星の記述はやたらと詳しいのに、 分子雲のなかにある原始星の観測の記述がないなど、バランスもよくない。 太陽系の例もそうだが、教科書としてみたとき、これは学問の現状をゆがめ ていることになる。 著者はこれ以外にも「天文学通論」という本を同じ出版社から出している。 こちらの方が厚くて詳しいが、やはり同じようにデタラメが満載されている。 この本については、評者が1984年に天文月報に書評を書いた(2月号)ので 興味のある方はそれを見ていただきたい。 結論。この本をまに受けて読んではいけません。学校の先生方は図書室を 調べて、もしこの本があったら生徒の目の届かない場所へ移して下さい。 出版社へ質問: どうしてこんなマチガイだらけの本をだすのでしょうか。もちろん言論の 自由はありますから、この本が「鈴木敬信思想集」というのなら理解できます。 でも天文学の教科書として出版する以上は、正しい科学知識を伝えることが 最も重要ではありませんか。儲かれば何をしてもよいのですか。これらの本を すみやかに絶版にすることをお勧めします。そうでないと、一般読者は、 貴社の本はどれも信用できないと考えるでしょう。 (加藤万里子)天文月報1994年87,313 www版 (c)日本天文学会