三田評論 研究余滴 97年3月号 子供のいる風景 アメリカへ天文学の研究をするために2年間行くことが決まっ た時、子供はやっと4才であった。日本では保育園に入るのは とても難しいが、アメリカでもよい保育園には入園希望者の長 いリストがあった。でも幸いなことにイリノイ大学客員助教授 の肩書きが効いたためか、最優先で子供を預けることができた。 天文学教室には女性研究者も多く、研究室に毛布を敷いて子供 を昼寝させるなどは珍しくない。行く前の心配とはうらはらに アメリカでは私はいたって自由で楽に息ができるような気がし た。こども連れに対するまわりの暖かい目もそうだが、日本と 違って、女だから母親だからこういう風にふるまわなければなら ない、という周囲の期待が希薄なためでもある。アメリカ天文 学会の年会会場にも子連れで参加する人も多く、夕方には子供 が急に会場にあふれ出す。私も会場のホテルから紹介されるベ ビーシッターに娘をあずけた。 だいぶ昔で恐縮だが、10数年前に、学術会議が女性研究者 のライフサイクル調査をした。その結果をみると、年配の女性 研究者には独身が多く、中年は結婚しているが子供はなく、若 い人には子供がいる、という研究生活と家庭が両立しないきび しい状況を反映したものだった。 さて帰国してみると、日本でも学会会場に幼い子供をみかけ るようになった。天文学はいまだに女性が少なく、女性の天文 学者はほとんど同業者と結婚している。しかも観測屋は観測屋、 理論屋は理論屋という風に世界が非常にせまい。(かくいうわ が家もそうである。)したがって夫婦一緒に学会出張をするこ とも多く、子供をどうしようかと悩む。頼れる実家が近くにな ければ学会出張を夫婦でずらして半分ずつ参加するはめになる。 昨年の天文学会の出来事であるが、奥さんが座長で彼がそのセッ ションの発表者、かれらの幼いぼうやは席で待っていられるわ けもなく、お母さんの座長席まで上がり、膝の上で「コエーン あいがとうございまちた」と言ってヤンヤの喝采をあびた。 私はたまたま天文学会の委員でもあり会場に保育室を作ろうと 提案した。電子メイルで学会会員にアンケートをとったら多数の 賛成意見がよせられて、時代の移り変わりをしみじみ感じた。 現実に小さい子供がいる人ばかりでなく、若い独身男性からも 激励のメイルが来る時代になったのである。保育室立ち上げの ために電子メイルのネットワークをつくり、寄せられた回答を 流して情報を出し合った。天文学会のホームページにも保育室 設置の情報をのせてある。天文の分野は就職難で昔からオーバー ドクターが多い。将来子供をもつことに不安を感じている若い 研究者にとっても保育室は励ましになる。 まだまだ女性研究者をめぐる状況はきびしい。別居と子育て は若い人にとって大きな障害であるが、その他にも職場におけ るセクシャルハラスメント対策なども、研究支援の一貫として 考えていくべきだと思っている。 1997.1.19 加藤万里子 かとうまりこ(理工学部助教授/天体物理学) (c)慶應義塾