かわいい子には家事させよ
かわいい子には家事させよ

                        加藤 万里子  大学教授(天文学者)

  うちの娘は皿洗いが大嫌いだ。やむなく洗わねばならない時には、ヘッド
フォンの音楽で気をまぎらわしつつ、「私の人生ってむなしい」と必ず叫ん
でいる。小学校時代の彼女の家事分担は、ごみ出し、米とぎ、ふろ掃除、
トイレ掃除といろいろあったが、皿洗いがいちばん嫌いだったようだ。たい
ていは、汚れたお皿を流しに3日分もためこんで、使える食器が全くない
状態になってから仕方なく洗っている。私は文句を言うだけで手は出さない。
子どもに家事を「手伝う」のではなく、責任をもって分担してほしいからで
ある。小学校高学年になってようやく、スーパーで「あ、スポンジ買わなくちゃ」
と食器洗いのスポンジを自分でかごに入れるようになった。それでも皿洗いは
ずっと嫌いなようで、大学生になった今も、「私の人生はむなしい」と叫びながら
洗っている。

  私と夫は同業者、つまり二人とも大学の教員で天文学者である。彼も私と
同じくらい家事をする。私の体調が悪かった数年間は、彼が私の分まで家事を
やってくれた。とうぜん、子どもも料理することを迫られる。彼女の得意料理は
カレーで、結構おいしい。大きな鍋に一杯作り、朝晩食べ続けたこともある。

  小学校の給食は本当にありがたかったが、中学生になるとお弁当が必要だ。
自分のことは自分でせよ主義の私は、娘に自分の弁当を作らせることにした。
今ほど便利な冷凍食品はなく、最初のうちは私が教えたが、そのうち、ほう
れん草をゆでたり厚焼き卵を作って、彩りのよい弁当を作るようになった。
夕食の残り物を入れて手抜きすることも覚えて、親子3人分のお弁当を作って
くれた時期もあった。

  娘が中学2年生の時、家族の1ヵ月の食事をやりくりさせたことがある。
あらかじめまとまった金額を渡しておき、買物も料理もすべて一人で担当させた。
節約して残ったお金は自分のこずかいにしてよいとしたら、すごいケチぶりを
発揮。野菜は一番安いものしか買わないので品が悪い、肉もけちる、おいしい
物は食べられない。私が娘の買物についていく時には「ケーキ食べたいから
買ってぇ」と娘にねだり、「高いからダメ!」と断られることになる。

  料理は手順が大切。夕食のために、複数のおかずを同時に完成させるには、
料理の段取りを頭に入れて同時進行させる能力が欠かせない。安くておい
しい夕食を手際よくつくる訓練は社会人への第一歩。これって学校の勉強より
ためになる。手順が悪い娘は、まず炊飯器をかけるのを忘れ、あわてて米をとぐ。
最初に出来あがるのは具だくさんの味噌汁なので、全員でまずそれを食べる。
次の料理が出来上がるまでに間があるが、親たちは黙って夕刊を読んで待って
いる。しばらくして野菜炒めが出てくるので、それを全員で食べる。さらに
待ち、最後にごはんが炊けると、それを食べる。これを称して「我が家の
フルコース」と言う。1ヵ月続けたが、あまりに貧しい食事に親が音を上げて、
このプロジェクトは終了した。娘は倹約の結果、大金を得てにんまりしている。

  勤務先の大学では、男女にかかわらず料理ができない大学生が圧倒的に多い。
下宿する学生も多いのに、親たちはなぜ料理を教えておかないのか、私には
謎である。親にとって家事の負担が軽くなるうえに、子どもが自立するのだから、
一石二鳥ではないだろうか。

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法務省 発行「更生保護」05年7月号