慶応日吉生協2F書籍売場(2009.7.1-7.30)
7.22日食にむけた天文フェア同時開催中

加藤万里子先生 (天文学) が学生にお薦めする20の本

こどもの頃、私は本を読むのが大好きだった。小学校の休み 時間はもちろん行き帰りも歩きながら読んだ。家でも本が離せなくて、 ピアノの練習中にもハノンの楽譜で本を隠して、音だけ出して練習するふりをした。 小学校で「わたしのゆめ」という絵を描いたことがある。 天井までびっしり本が積まれた部屋の中で本を読んでいる自分を描いた絵で、 何かの印刷物に掲載されたっけ。

中学高校時代には、読んだ本の題名をまとめて日記につけた。 だいたい月に10冊から15冊だったと思う。 ジャンルは問わず、文学や科学、伝記、芸術、全集でも文庫本でも 何でも読んだ。

ロールモデル

大学時代は悩みの時代。なにしろ理系で女子は少ない。自分が女である ことと物理が好きなことが合致せず、お手本(ロールモデルという言葉も まだなかった)となる科学者はほとんどいない。とにかく何の分野でもいいから 活躍している女性の本を探して、かたっぱしから読んだ。今でこそ理系に女性は めずらしくないが、私よりちょっと上の世代では、本当に理学部や工学部に 女子トイレがなかったのだ。いまは便利な時代になり、どういう場合にどう戦え、と 問題点を整理して教えてくれる本もある(『実践リーダーをめざすひとの仕事術』)し、 ロールモデル紹介の本もある(『キャリアを拓く--女性研究者のあゆみ』)。

あのころ『紅一点論』や『妊娠小説』があったら、わたしもだいぶ楽だったのに。 『妊娠小説』は、なにしろ「妊娠」が出てくるという点だけで近現代文学を分類し、批評するという 斬新な発想。この頭の柔軟性と、男の世界で黙殺される観点を堂々と提案する度胸が あれば、学問でも仕事でも、新しい世界を切り開けるというものだ。

面白い本

ここでは面白い本やまんがを紹介する。まず『新解さんの謎』。 辞書ネタでこんなに笑えるなんて。げらげら笑いすぎるので、電車の中で読むのは禁止です。

『正しい恋愛のススメ』は、当時中学生だった娘が友だちから借りてきたのを読んで、 いまどきの性教育はここまでいくのかー、とひたすら感心した。それ以来、一条ゆかりの ファンである。うちの子は美穂ちゃんに、私はその母親に感情移入して読んでいたのは 言うまでもない。ちなみに同業者の夫は拒絶反応を示した(オトコって頭が固いもんね)。

『大奥』は男女逆転の江戸時代。この漫画の革命的意義は、女が殿様に なってもぜんぜん違和感がない、ということをごく自然に示したことだ。殿が女でも、 名君もあれば、バカ殿やセクハラ・エロ殿も有り得る。上司が女でもセクハラは あるのと同じ。世界にまれなほど男女差別意識が強力な日本で、この漫画は、 静かなジェンダー革命を予感させて、わたしはとても嬉しい。(ちなみに夫は喜んで読んでいた。)

『日出処天子』は聖徳太子の若い頃の物語なのだが、皇国史観にとらわれない自由な設定が どぎもをぬき、大勢の登場人物を描きわける力量が目を引く。これをきっかけに興味が出て、 日本の歴史も読んでみた。私は聖徳太子が死ぬところまで読み、夫は文庫本の日本の歴史16巻と ついでに世界の歴史24巻もぜんぶ読んで差がついた。

1990年から2年間、わたしは 天文学の研究のために、当時4歳の娘をつれて米国に"こぶ付き単身赴任"を したのだが、その時は『日出処天子』を持っていった。 読むとエネルギーが出るので、風邪などで気力が弱ったときの常備薬がわりだ。 ちなみに一昨年イタリアへ1年間行ったときには「のだめカンタービレ」(漫画)と 『十二国記』(小説)を持っていった(もちろん歴史や他の本もどっさり持っていきま したよ)。『十二国記』も長いので、ここでは陽子が出てくる巻を推薦しておこう。 私は『風の万里・・』の最後に陽子が王としての覇気を示すシーンが好きだが、順を追って 読む方がいいので、『月の影~影の海 』からどうぞ。 『デルフィニア戦記』もお気に入り。長いのでまず第一部を。 要するにわたしは、異質な世界を相手に自己を確立していく物語が好きなのだ。

それにしても、こんな代表作がある作家はいいなあ。私は天文学者で、 オリジナルな新星の理論も作ったし論文(英文)もたくさん書いたけど、 『日出処天子』や『十二国記』に匹敵する代表作といえるかなぁ?なーんて考える私。

英語

英語は天文学者の必須アイテム。英語が苦手なのに、天文学者になったら論文は英語で 書く。大学時代にはじめて読んだ専門書はシッフの量子力学。 英語版を買って辞書を引き引き読み、わからない部分は毎日図書館に行って訳本で チェックしたっけ。そのうち英文だけでわかるようになった。

慶応に就職してから、英語の先生に、英語がうまくなる方法をたずねたら、「やさしい 英語の小説を10冊以上読みなさい」とアドバイスをくれた。そこで最初に読んだのが、 パレツキーの探偵小説。大筋がわかればいいので、わからない単語や文章は平気でとばし、 英語版をちょっと読んだら、日本語訳を見てチェック。それを繰り返す。そのうち、 キーとなる単語がわかれば、なんとか楽しめるようになった。 パレツキーの推理小説以外にも古典文学もすこしは読んだが、言いまわしが日本語とは 違うし、古い時代の小説だと言葉の使い方が今と少し違うしで、翻訳を読むよりも 原作のほうが英語世界の雰囲気に浸れる。ここではパレツキーの探偵小説を英語と 翻訳のセットで紹介する (『ブラック・リスト』)。女性の探偵が巨悪にいどむのがカッコイイ。

天文学は国際会議も英語だから英会話は必須。あー、英語は苦手なのに、とつぶやきつつ、 大学院時代からしぶしぶ勉強してきた。最近はまって いるのは、ハリー・ポッターの音声CD版。iPod に入れて聞く。一人の声優がいろいろな人物の 声色を出していて面白い。解説本(『「ハリー・ポッター」が英語で楽しく読める本』)が あるから、辞書なしでただ聞くだけ。この本には人物の名前の由来とか、 魔術の説明、文化的 背景など、へーと思う面白いことが書いてある。

ところで、ともだちの女性(英語の教授)は、恐ろしく英語ができる。読む速度は私の 3倍以上で、 会話は比べようもない。いろいろ書いたが、わたしには仕事に必要な最小限の英語能力しか ないので、天文学者は英語ができるなんて決して思わないように。

(大学1年の時、父と喧嘩して家出しかけたときの荷物)

物理を勉強しよう--夏休みにむけて

サッカーが好きな子どもは、先生に言われなくてもサッカーをする。 物理が好きな学生は、物理を勉強するのが何より楽しいのだ。学生時代、わたしは 休みになるのが待ち遠しかった。力学だの電磁気だの物理数学の本を机に積み、 ノートにまとめを書いて1冊づつ読破するのが楽しかった。毎日10時間も勉強すれば、 たいていの本は4〜5日で読み終るから、休みの終りには本の山が崩れていく。 1年生の冬、ランダウの『力学』にめぐりあった。読むのに倍以上の時間がかかる。これが セオレティカル・ミニマムなのかぁ。。 (順を追って勉強すれば誰でも物理学者になれる。その最小限の内容がシリーズになっている)。

同じ「力学」でも著者によって切り取る世界が違う。力学、電磁気学、統計力学、量子力学 など大事な科目はそれぞれ2冊以上読むと違いがよくわかる。 もちろん本は最初から最後まで読むべし。最近のよい本もあるはずだが、ここでは わたしの本棚から「力学」を3種類と、特殊相対論に興味のある人のために 『物理学はいかに創られたか』、それから日吉の学生にも読みやすい 朝永(ノーベル賞受賞者ですよ)の『量子力学』をあげておく。

『アイザック・アシモフの科学と発見の年表』は発想が変わる本。この時代にこんな発見が! 、と思いをめぐらせる。 『アエラムック79 物理がわかる。』は私も出演してるので見てね。

1。『実践リーダーをめざすひとの仕事術』ウィリアムズ、エマーソン、新水社
2。『キャリアを拓く--女性研究者のあゆみ』柏木恵子編、ドメス出版
3。『新解さんの謎』赤瀬川原平、 文春文庫
4。『日出処天子』 山岸凉子、 白泉社文庫1〜7巻
5。『大奥』よしながふみ、 Jets comics、 白泉社、 1〜4巻
6。『正しい恋愛のススメ』一条ゆかり、 集英社文庫 1〜3巻
7。十二国記『月の影 影の海 』『風の万里 黎明の空(上下) 』小野不由美 講談社文庫
8。『デルフィニア戦記』茅田砂胡、 中公文庫 4冊
9。『紅一点論』 斎藤美奈子、 ちくま文庫 
10。『妊娠小説』 斎藤美奈子、 ちくま文庫  11。『物理学はいかに創られたか 上下 改版』アインシュタイン、インフェルト、 岩波新書
12。『力学 増訂第3版』ランダウ=リフシッツ、理論物理学教程、 東京図書
13。『古典力学 上下 原著第3版』 ゴールドスタイン、 吉岡書店
14。『ファインマン物理学 I 力学』 岩波書店
15。『量子力学 1、2 第2版』朝永振一郎, みすず書房
16。『アエラムック79 物理がわかる。』 朝日新聞出版
17。『アイザック・アシモフの科学と発見の年表』(コンパクトサイズ)丸善
18。『「ハリー・ポッター」vol.1が英語で楽しく読める本』ベルトン、 コスモピア
19。『ブラック・リスト』(山本やよい訳)サラ・パレツキー、 ハヤカワ・ミステリ文庫
20。『Blacklist』Sala Paretsky

その他、太陽観測用グラスや天文関係の本なども展示即売します。


7月22日(水)の日食を観測しよう

木もれ日が三日月型になります。

注意:太陽を見るときは、専用の日食グラスを使って下さい。失明の危険があります

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(C) 2009, Mariko KATO