バーリとアルベロベッロ

バーリ (Bari)

バーリはプーリア州の州都で人口34万人。ヴェネツィアからバーリまで飛行機で行き
そこを拠点にアルベロベッロとマテーラを見ることにした。バーリの新市街は東西
南北に道路がまっすぐ通り見晴らしがよい。それがひとたび「ヴィットリオ・エマヌ
エーレ2世通り」を越えて北側の旧市街に入ると、くねくねと狭い道になる。まずは
新市街の散策から。

 バーリ駅前


そてつの木と大きなサボテンが目立ち、南国の雰囲気がある。




  
ウンベルト広場。夜は噴水がライトアップされる。



道は駐車する車でぎっしり。2人乗りの小さい車もよくみかける。このようにちょっと
でもスペースがあれば、横むきにちょこんと駐車できるのが便利。

 アドリア海

バーリはアドリア海の中心地としてビザンチンとの貿易で古くから栄えた。十字軍もここの
港から船出した。

  
魚市場のはずだが、野菜売場の方が多い。

旧市街。道は狭く、くねくね曲がる。
  

     魚屋。魚はトラックでも売りにくる


  

ここもヴェネツィアと同様、洗濯ものを窓の外に干している。違いはビニールで覆って
いること。目隠しのためか雨よけかほこりよけか?それにしても、こんなに鈴なりに
つけて落下する危険性はないのだろうか。いくら地震が少ないからといっても。。。
ちなみに私は1年間イタリアにいて、一度も地震を感じなかった。イタリア人に言わ
せれば地震はあるよと言うけれど。


サン・ニコラ教会


  

プーリア・ロマネスク様式で1105年に完成。石灰岩でできている。サンニコラ(聖ニコラ:
サンタクロース)の遺骨が聖遺物。かばの顔が面白い。

城
中庭   城壁と堀

城をかこむ城壁の四隅がとんがっている(上からみると菱形)のはスペイン風だそうだ。
この城は北半分が海に面していたので、菱形の角があるのは南側の2つだけ。過去形なのは
現在では埋めたてられて、海が少し遠くなり、すぐ北側は道路になっているため。


    

スーパー?(個人商店)でサンドイッチをつくってもらった。まんなかの写真にあるショー
ケースから生ハムやタコやモッツァレッラ(チーズ)をとりだしては奥のマナイタで薄く
切り、残りを戻す。それにジュースと水とワイン(栓をぬいてもらう)を買ったら、プラス
チックのコップもつけてくれた。

  

こちらはレストラン。前菜がずらっと並ぶ(自分で自由にとる)。この地方は前菜がとても
充実している。

    
 
前菜がおわるとプリモピアットのスパゲッティ・ボンゴレ(1人で1皿だけ)。セコンドは
魚の塩焼(オリーブオイルと香草)と、肉をまいたものの煮込み。


アルベロベッロ (Alberobello)

トゥルッリの屋根が並ぶ 世界遺産のアルベロベッロ。日本人に人気で毎年大勢の観光客が訪れるのだと、パドヴァに 帰ってからパーティで話したら、なぜアルベロベッロの方がいいのか、同じ世界遺産でも マテーラの方がずっといいぞと言われた。日本人にはこのかわいい建物が受けるのだが、 「かわいくない欧米文化」の人にはわかりにくいだろうなあ。今は冬なので観光客は少な く、日本人もほとんどみかけなかった。 サンティ・メディチ・コズマ・エ・ダミアーノの聖所記念堂 (1885年) 日時計発見 朝市。むこうにトゥルッリの屋根がずらっと見える。 トゥルッリのお店。屋根はこの地方でとれる石灰石が積まれている。土地がやせていて、 地面をほるとすぐ石灰岩にあたるので、石灰石はもっとも安い材料だ。材木は高い。 ちなみにイタリアではステンレスより大理石よりの方がずっと値段が安いので、アパート の台所の流しは大理石が多く、はじめて見た日本人はなんて素敵と感激するが、値段は 安いのだ。ふつうの建物でも階段や廊下が大理石でできている。そういえば我がアパートの 階段も大理石だ。大理石といっても限りなく石灰岩に近い大理石ならすごく安い。 このへんはみやげもの屋になっている 冬で観光客が少ないので、店の人が待ちかまえている。 日本語の看板 内部 日本人はたくさん来る。アルベロベッロに住んでいる日本人は現地の人と結婚した女性が 2人だけだそうだ。そのうちの一人がみやげもの屋さんをやっていて、いろいろ話を聞く ことができた。 屋上 白くなっているのはてっぺんの煙突をうめてしまってたため。昔は1つの屋根が1軒の家、 つまり1軒が1部屋だけで、中心で火をたくので煙突がつき出ていた。いまは壁に穴をあけ てつないで1軒でいくつかの部屋を使っている。外からみるとどこからどこまでが1軒なの か、全くわからない。でも世界遺産に指定されてからは、勝手に穴をあけたりできなくなり、 隣の家を買っても内部をつなげられない。 煙突の上端。出口が風下になるように、風向きにあわせて自然に回転する。 屋上から中庭を見たところ 井戸 屋根に落ちた水は集められ、石灰岩で漉されて飲料水になる。家どうしが連続しているのは、 昔は貧しかったので、くっつけて建てれば厚い壁を節約できるためと、雨水を集めやすい から。 屋根の水を下に落す 家の下には水をためておく貯水槽がある。(おかげで冬はすごく冷えるそうだ) 屋根は3層になっていて、真中の層にはは砕石が入っている。屋根は長持ちするが、それ でも石がしだいにやせてくるので、80年に一度ふきかえするそうだ。上手な人が積んだ 屋根は長持ちするとか。 夏は48度にもなり、白い壁がぎらぎらまぶしく、冬はマイナス5度だそうだ。それで 壁が60センチもある。そうえばアルバカーキー(米国)でみたネイティブ・アメリカン (インディアン)の家は土の壁が1メートルもの厚さで、夏はとても涼しいと言っていた。 ただしトゥルッリのように窓がない部屋では昼間でも電気をつけないと暗い。私のアパー トにも窓のない小さな部屋があり、私は物置にしているが、イタリアでは窓の無い部屋は めずらしくないらしい。窓がない方が夏は涼しいのだ。夏は窓を締めきって出かけ、夕方 になってから窓をあけて涼しい風を入れた方が過ごしやすい。 閉店時にはかざりも看板も出ていなかった。ちょうど見ていたとき茶色の飾りだなを 女性が中から運んできて、壁のくぎにぶら下げた。 サンタントニオ教会 パドヴァでおなじみの聖アントニオを奉る教会なのだが、教会までトゥルッリ構造。祭壇も 石灰岩。 左の写真で子どもを抱いているのが聖アントニオ(子どもを助けた奇跡で有名)。 中心部には車は入れない。駐車するときはこんな具合。 見学に来た子どもたち。先生は左側にいて(写ってない)何か説明しているのだが、みんな 先生の方を見ないで、私達の方を見ている。東洋人がめずらしいようだ。夫が片言のイタ リア語で話しかけたら、はずかしがっていた。 前菜 前菜 プリモピアット

(2008.3.6)

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