マドリッド(スペイン)

 

ESA (欧州宇宙機構)

ビジターは赤い名札をつける ESAはマドリッドの郊外にある。マドリッドは東京と違って街の切れ目がはっきりしていて、家の並びが 急に切れると、土と草の世界になる。とても乾燥しているので、草地というよりは私の目には砂漠に近い ように見えるところを30分ほど車で行くとESAがある。したがって周囲には何にもない。(廃虚のお城はある) 写真左の建物は研究棟で、中には研究室がずらっと並んでいる。狭い廊下には国際会議のポスターやら 発表用のプレゼンテーション(A0ポスター)、ESAで打ち上げた衛星の写真やそのデータなどがびっしり 張ってあり、いかにも天文学の研究所らしい雰囲気を醸し出しているが、よく見ると衛星関係のものしか ない。つまり他の天文台によくある銀河の画像(可視光)などが全くなくて、衛星で撮った赤外線や紫外線の 画像だけだ(要するに美しくない)。それで思い出すのは、ポーランドのコペルニクス天文センターの廊下 には、銀河や惑星の画像(可視光)がびっしり掛けてあったが、隣のスペースセンターには現代絵画のような ものがたくさん飾ってあった。可視の観測をするアジアゴ天文台は銀河や星の画像だった。もしかして地上と スペースでは人々のセンスが違うのか?(衛星関係者は可視光の天体画像に興味がない?) 玄関前にある彫刻は、さぼてんのように見えるが、実は衛星の軌道をイメージしたものだそうだ。 (ついでに言うと私の髪がとても短い訳は、ポーランドに滞在中に美容院にいったら、英語がまったく 通じなくて、先方が「ショート!」と叫んだので、うなずいたら短く切られてしまったため) ここには XMM-Newton 衛星(X線)の運用をはじめとして、他の衛星関係や、ガイアの打ち上げを準備する 実験グループなど天文学者が80人くらいいる。(テクニカルスタッフの数は聞かなかった) 学部学生の 短期滞在(数ヵ月)は少し受け入れているが、大学院生やポスドクはほとんどいないので、食堂に集まった メンバーをみると平均年齢が結構高い。日本人は「あかり」(赤外線衛星)関係者がたまに来るそうだ。 むかし IUE衛星(紫外線観測衛星で新星がメインターゲットだった)のために使われていた建物は、現在は 別のプロジェクト用になっている。 XMM-Newton Science Operation Centre に来たのは、ここに新星や共生星を専門にしている研究者がいる ので、共同で XMM-Newton 衛星の観測を申し込んでX線のデータを得るために話をしにきたのだ(実は プロポーザルの〆切が1ヵ月後に迫っている)。彼女とは国際会議で顔を見たくらいで親しくはないが、 何かの拍子で今回話をしに来ることになった。彼女とローマ大学の共同研究者を前にして、とりあえず私の 新星理論を解説し、具体的な話にむけてつめていく。私は理論家だが、私がほしいデータを得るためには、 観測結果をただ待つよりは、共同で観測プロポーザルを出した方が近道だ。以前は私の理論は観測とあまり 合わなかったので、観測には興味がなかったが、最近はデータをばっちり説明できるようになった。私の 新星理論はほぼ完成に近づいているので、決定的なデータがほしい。それでヨーロッパにいる間に、各波長の 観測家と話をする機会を作ることにしたのだ。今回の訪問で、X線(マドリッドとパドバ)、紫外線(ローマ)、 可視光(日本は別にして、アジアゴとワルシャワ)のキーパーソンがそろったので、今後の展開が楽しみで ある。観測屋さんにとっても、新星やその近くの天体を系統的に広く研究している理論家は、世界でも私(と夫) くらいだから、重宝な存在のようだ。互いの利害関係が一致したところで共同研究ができれば一番である。 帰りがけ、今度は1ヵ月か2ヵ月くらい滞在してねと言われたが、日本に帰ったら講義があるから、そんなに 長くは出られない。

マドリッド

マドリッドの街はごらんの通り、華麗で巨大な建物がわんさとある。道路も広いし噴水や広場も何でも 大きくて、しかも美しい。絢爛豪華の規模からみても、スペイン帝国の繁栄が桁違いであることがよくわかる。 街がパドバに比べて綺麗なのは、パドバよりかなり新しいのと、建物の色が白いからだと思うが、確信はない。 ここに来るために、わざわざ日本から「マドリッド」のガイドブックを送ってもらったのに、薄い本には 歴史や社会の説明が何も載ってなくて失敗だった。気温は日本と同じくらい(30〜31度)だが、湿度が非常に 低いので、汗をかいても蒸発してしまい、べとべとしないのが快適だ。 はじめのうちは、道路も建物も華麗で大きすぎるし、人も多くて何だか馴染めなかった。パドバに慣れて しまったためなのか、小さい街の方が落ち着く。左はマヨール広場にあるフェリペ3世(1598-1621)の像、 右はカスティーリョ広場の噴水で海神ネプチューンの像。

国立服飾美術館

とりあえず民族学のお勉強をしようと服飾美術館へ行く。マドリッドの美術館は王宮や貴族の舘だったものが 多いので、どこも内部が豪華で美しい。 マドリッドの美術館には英語の解説が少ない。展示のそばにある説明文はスペイン語か、あってもフランス語と イタリア語だけで英語がない。勉強不足の上に解説の意味がわからないので、ちょっと物足りない。 聖母子像 ベビーベッド イタリアではクリスマスツリーのかわりに、部屋の中にプレゼーピオを飾る。プレゼーピオはキリスト誕生の シーンを人形で表現したもので、自分で作るのを趣味にしている人も結構いるようだ。専門店にいけば、いろ いろな趣向の人形や材料を売っているので、自分の好みで人形や羊などを買ってきて並べる。パドバの天文学者 の家に行ったときに見せてもらったお手製のプレゼーピオは、ガラスケースの中に山や小屋を作り、マリアや 新生児の人形を置いたものだった。今年は別のを作る計画だそうで、5月に訪ねた時には壊されていた。 このプレゼーピオは王族か貴族のものだろう、横幅が4メートルはあるかという巨大なもので、ガラスの 向こうに見える世界は豪華で精密なものだった。左手前にキリスト誕生のシーンがあった。背景はギリシア風 の建物で、その手前の広場にたくさんの人形が配置されて、貴族階級ではない庶民の世界を再現している。 商売人や酔っ払い、くつろいでいるグループ、井戸に水を汲みにきた人など。掲示にはナポリ(18世紀)と あったのでこれはイタリアのもの。隣にこれよりは小さいが豪華なプレゼーピオがあり、スペイン17世紀と 掲示されていた。 18世紀の台所。四方の壁が全面絵つきタイルだった レティーロ公園 王宮 内部は写真撮影禁止。豪華な部屋だが前に来たことがあるので感心はするが感動はしない。ここに始めて 来たのは大学4年生の時で、豪華さに驚いた覚えがある。秋に大学院の入試に合格して2月と3月が暇 だった私は、クラスメートをさそってはじめての外国旅行をしたのだ。物理学科は1クラスで女子は3人、 そのうち丸々2ヵ月旅行したのは私だけで、相手は2月と3月で交替した。その時は西ヨーロッパの 各都市をたくさん回った。次にマドリッドに来たのは天文学者になってからで、国際会議の発表で15年 くらい前だ。(あの時は夫もいっしょで、私はSOCだったっけ(注:国際会議のプログラム委員)) 今回王宮を見て感じたのは、他の国と比べても、ここは王座のある部屋が非常に権威づけられている ことだ。王座の周囲をライオン像が何頭も固めていて、部屋全体が重苦しく権威と富の集中を誇示して いる。これだけ人を威圧する部屋というのはめずらしい。スペイン帝国がそれだけ強大だった証だろう。 ソフィア王妃芸術センター マドリッドは絵画の宝庫。大きな美術館だけでもプラド、ソフィア、ティッセン・ボルネミッサと3つもある。 私はどちらかといえば近代が好きだが、古典も名作がたくさんあって嬉しい。ピカソ、ミロをはじめ、ダリ、 ゴッホ、ドガ、マネ、グリス、ノルデ(何枚もあった)、プラドにはグレコ、ゴヤ、ベラスケスが何部屋にも わたって展示されていた。土日は入場料が無料になるので混んでいたが、とにかく広いし、日本と比べたら 混んでいるという気にはならない。多くの観光客はすぐに見飽きて足早に絵のまえを通りすぎていくが、 私は足が疲れて棒になるのを我慢して、かなりゆっくりと見たので時間がかかる。スペインの絵画をこれだけ まとめて見る機会はそうそうない。 左はキャンディー屋の店先。キャンディーがびっしり。右はサン・フランシスコ・エル・グランデ教会 (18世紀) こうして週末の3日間を美術館で過ごしたが、こっちの人はこれをバケーションとは言わないだろう。 毎日せこせこと博物館や教会を歩き回る日本人はかなり奇異に見えるようだ。スペインでは典型的な夏の バケーションは3、4週間だそうだ。ESOでは、年間の休暇をまとめて夏にとる人が多いので、みんな 4週間くらい居なくなるとこのと。そんなに長い間いったい何をするのかと聞くと、家族で2週間ずつ どこかの海岸に行き、そこに滞在して、泳いだり何もせずにのんびりするのだそうだ。そういえばパドバの 天文学者夫婦が、仕事で日本にいくので、その後バケーションをとって沖縄の小さな島(黒島)に行き、 そこで家族と2週間過ごすと言っていた。 こういう何もしない過ごし方は私にはできそうにない。アメリカに2年間子づれ出張していた時、ペン シルバニアからイリノイに引越しをするはめになった。ちょうど夏休みで夫がアメリカに来ていたので、 荷物は別便で送り、私達は夫の運転する車でカナダ経由で移動した。その時は毎日が山と木と鹿の世界で、 最初こそめずらしかったが、1週間も同じ景色が続くと、私も4歳の娘も完全に飽きてしまった。夫は 私たちを飽きっぽいとからかうが、彼だって2週間何もしないのは無理だ。娘が幼児だったころ、家族で デズニーランドに行ったことがあるが、あそこはアトラクションの待ち時間が長い。待っている間、夫は ApJのコピー(天文学の英文論文)を取り出して読んでいたが、かなり場違いな風景だった。私はさすがに 娘がかわいそうなので、相手をしていたけど。 街のスタンドで買ったパズル スペインはヨーロッパで最もペンシルパズルが盛んな国だと聞く。ニコリ(日本のペンシルパズル会社)の 社長がスペインで有名人だと日本の新聞で読んだことがある。右は数独、左は絵の出て来る数字パズル。 難易度は現在調査中。 アルムデーナ大聖堂 マドリッドの守護聖人はサン・イシドロだが、ここはマドリッド・アルカラ大教区の守護聖母アルムデーナを まつる。 きれいなステンドグラスと白い建物の構造が美しく、キンキラキンの部分が少ない。私はこのくらい あっさりした教会が好きだ。教会に権威をもたせようとすればするほど、豪華で重々しくキンキラキンや 色大理石で飾ることになるから、どの教会もたいていは装飾がくどすぎる。(たとえばロンドンのセント ポール教会は私には悪趣味に映る。モザイクタイルもラベンナのを見慣れると模様を細かくしすぎて品の 良さがなくなっているし、後から建増しした部分ほど悪趣味になっている) 日曜日にマヨール広場の近くを歩いていたら、白バイが2台やってきた。何かと思ってみたら、道の むこうから馬がやってくる。その後に牛。へぇー?と思ってみていたら、何と羊の大群がやってきた。 おとなしく先導者の後を早足でやってくる。(ビラも何もなく、何のイベントなのかわからなかった。 あっても文字が読めないから、わかるか疑問だが) 最後は清掃車が糞を掃除してしめくくり 住宅街 アパートは日本のマンションよりかなり広そう。よく見ると建物と建物がぴったりくっついている。 これでは地震が起きたらどうするのだろうとか、建て直すときに困るだろうと思ったが、ここでは 地震はないし、建て直しもしないから問題ないのだろう。
(2007.9.13)

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