アジアゴ天文台での生活

アジアゴはパドバから車で北へ2時間ほどの所にある。高度 1000m なのでかなり涼しい。 わたしたちは理論家なので、観測するためにアジアゴに来たわけではなく、ここの観測家に データをみせてもらったり、いっしょに議論をするためにやって来た。とはいうものの、 夏にここに滞在することにしたのは、パドバより涼しいのが理由だけど。 天文台の正門から入ったところ 122 cm 反射望遠鏡のドーム 周囲は牧草地。朝起きてごはんを食べ、研究室へ行く。研究・事務棟は左側の木の影に あるがここからは見えない。常駐の天文学者は2人、テクニカルスタッフが15人くらい、 パドバや他から観測に来る人も入れ替わり滞在している。観測家は夕方遅くにならないと 活動しないので(何しろ今は夕暮れが9時だから)昼はあまり天文学者がいない。 研究・事務棟 夜は観測の邪魔にならないように、用務員さんが窓をきっちり閉めて回る。廊下も真っ暗になる ので、手前のスイッチで灯りをつけ、ちょっと行ったところでそれを消して次の灯りをつける。 天文台の常で構内には外灯が全くないので、夜遅くまで研究室にいると、宿舎に帰る時には 星明りだけが頼りとなる。道はうっすら見えるのだが新月だと暗くて恐い。何が恐いかというと 雨が降るとなめくじが道に出てきてそれを踏みそうで恐いのだ。イタリアのなめくじは茶色で 10センチもある巨大なもの。ハリーポッターの映画に出てきたのと同じ種類だ(イギリス のはここのより太いのでもっと気持悪い。以前ロンドン郊外の友人宅に泊まったとき、朝庭に なめくじが本当に沢山いたので驚いた)。 廊下の本棚には天文関係の雑誌がぎっしり。よく見ると廊下が左にカーブしている。一階の図書 室には、世界各地の天文台報などがそろっていて、ADSで引けない昔のマイナーな論文も見つけ られる。さすがに星の観測の歴史がある天文台は違う。「東京コントリビューション」という箱も あり、中には昔の東大のプレプリントがぎっしり詰まっていた。 研究室は留守の人の部屋を借りる。右が私の机。標準装備の机や本棚がどっしりした木でできていて いかにも長持ちしそう。パソコンは何台も部屋にあったが、日本から持参したラップトップを使う。 ここのプリンターは日本語文書がそのまま印刷できるので便利(パドバはWeb以外はだめ)。 宿舎 建物の左半分が宿舎。1階は家族用が2部屋。2階は小さい部屋が4つ。私たちの部屋は2階の 角。台所は2階の住人共用のものが1階の中ほどにある(そこに洗濯機もある)。この建物も研究・ 事務棟とおそろいで、湾曲したデザインになっているが、イギリスのロイヤルクレッセント (バース)を見た後では、ぜんぜん驚かない。部屋の中の壁も少し曲がっているが、そもそも天井が 斜めなので気がつかないくらいだ。右のドームの中には、昔はシュミット望遠鏡が入っていたが、 それはエッカーに移動し、今は一般見学者むけの30 cm 望遠鏡が入っている(2日に1回は一般 見学者の団体がやってくる。一度に10人から20人くらいでお年寄りや中年のグループが多い。 解説は専任の人がいるので天文学者はタッチしない)。ドーム右奥の平らな壁に日時計が刻まれて いる。 研究・事務棟にある自動販売機でコーヒーを飲む 近くに喫茶店などないから、お茶をするには宿舎に戻るか、水を飲むか、これで買うしか チョイスがない。お金をいれて甘さを調整するボタンを押す。砂糖の量は5段階のうち標準が 3になっているが、それが非常に甘い。2にすると甘さは減るがおいしくない。甘くて苦くて 味が強いのがこちら風で、レストランでも食後にみんな小さいカップのエスプレッソを 注文して、それに砂糖を2袋も入れて飲んでいるが、わたしにはおいしいとは思えない。 長年いれば慣れるのか?でも他には水しかないし、日本茶はパドバに忘れてきたので、 眠くなった時にはお世話になる。 コーヒーの種類はさすがにイタリア的で、 caffe espresso, caffe lungo, caffe macchinato, cappuccino, cappuccino con cioccolato, caffe corto, decaffeinoto cappuccino, cioccolato(ココア), cioccolato forte, cioccolato con latte, te (紅茶), te latte がある。右下には solo bicchiere とあるが、まさかカップだけ? (恐いので試してない) 値段はどれも0.35ユーロ(約50円)だがおつりは出ない。 カップはとても小さい。紅茶やココアは甘いのが上まで入っている。エスプレッソは苦いので 試さなかったが、たぶん2センチくらいしか入ってない。caffe lungo (アメリカンコーヒー)も やってみたが(右の写真)、これのどこがアメリカンなのだか教えてほしい位に甘くて苦い。 周りが牧場だからはえは多い。はえたたきを買って、宿舎と研究室を行き来 するたびに夫が持って歩いたら、日本人は面白いと言われてしまった 朝起きると朝食を作って食べて、200m 離れた研究室に行く。お昼を食べに宿舎に戻って作って 食べ、また研究室に行く。夕方涼しくなった頃、街に行き、野菜や肉を買ってくる。研究室に戻り 暗くなったら宿舎に戻って夕食を作って食べて寝る。毎日それの繰り返し。日本にいても夏休みは 基本的にこのパターンだが、電車に乗ったり本屋に寄ったりすることが無いだけ、ここの生活の方が シンプルだ。会議もなく講義をする必要もなく、一日中研究室にいられるのはなんて幸せだろう。 ズッキーニの炒め。乾燥Erba chipollina (タマネギ)をいれてみた。 気晴らしをかねて、時々夕方散歩にいく。街への買物だけでは1万歩にならないので、周囲を あちこち歩きまわる。ここへ来てから1日の目標を1万2千歩に増やした。7月はじめに アジアゴに来た時には、まだセーターが必要なくらいだったが、今では気温があがり、昼は けっこう暑い。夕方に歩くと気持が良い。まず天文台の周囲から。 天文台スタッフの畑 タマネギ、じゃがいも、にんじんなどを作っている。ここに住むと畑作りが生活の楽しみで あるのがよくわかる。後ろは 122 cm ドーム。 周囲は牧場。餌場に牛が並んでいる。仔牛が右の水飲み場にいたが、やがてお母さんの方に 歩いていった。 広大な牧草地に草刈機がぽつんと動いていて、草を刈っていく。次の日に別の機械で草をひっくり 返して乾燥させ、別の日に草をまるめる車が動く。それを見物するのも面白い 天文台に帰る途中、すぐ横にハイキングコースのような道がある。試しに行ってみる。もしかして 天文台に行けるかも? ほら穴にろばの親子が水を飲みにきていた。 森あり野原あり。どこへ続く? ペンナー村が遠ざかる 最後はゴルフ場で行き止まり 帰り道。さっきの親子はこの家にいたんですね。

天文台の裏がわにある小さな村(Pennar)へ

天文台の裏の林をぬけて、牧草地の間を歩くと小さな村がある。ホテルとチーズ屋さんとゴルフ コース、別荘用のアパート(マンション)くらいで、ほとんど店はない。野菜は夕方トラックが 売りに来るので、近所の人が買いに集まってくる。 チーズの直売店 壁のフレスコ画 アジアゴチーズはおいしい。素直で日本人に好まれる味だと思う。上の写真は昼休みの 閉店時間に撮ったのですいているが、いつもは混んでいて周囲に車が何台も止まっている。 左は生チーズ 味見したいと言うと、巨大なチーズを少し切ってくれる。 裏のチーズ工場 店の裏はチーズ工場になっている。(中)原料のミルクを搬入しているところ。ここはアジアゴの 牛のミルクだけしか使わないそうだ。(右)店の横では原料(ミルク)の原料(牧草)を搬入していた。 今は牧草の刈り入れシーズン。 乳牛注意

エッカー望遠鏡へ行く

私たちが滞在している所には 122 cm の望遠鏡があるが、少し離れた山頂には 182 cm の反射望遠鏡がある。車で行くと遠回りだが、裏道をまっすぐ4km歩けばすぐだという ので、ハイキング気分ででかけたが、途中で道が牧草地へ突入して消えてしまい中断。 その後、観測に行く人に車でつれていってもらった。このあたりは第一次世界大戦の 激戦地でオーストラリア領になったりイタリア領になったりした。今も戦争の影響が 色濃く残っている。大砲の破片や弾丸などが落ちていたり、大砲が命中してできた大きな 穴や防空壕がそのまま残っている。ここはアジアゴより400メートル高いだけだが、 ちょっと坂道を登ると息が切れる。ハイキングで登ってくるには覚悟がいるかも。 牛と記念撮影 天文台の周辺はずっと牧草地が続いている。夜9時頃に日が暮れると、昼間は下の方で のんびり草を食べていた牛が頂上に登ってくる。山のてっぺんにある天文台はどうやら 牛舎へ帰る通り道になっているようだが、そのまま構内で寝る牛もいる。牛が宿舎に入ろう としたこともあったが、大きすぎて入口を通れなかったとか。夜は車をちゃんと車庫に いれておかないと、牛がのしかかって潰れることがあるそうだ。というようなぐあいなので、 夏の間は天文台構内は牛のフンだらけだ。 星の観測をちょっと見物した後、帰りも車で送ってもらったが、観測中なので影響がない ようにヘッドライトを消してハザードランプを点滅させながらの運転だった。牛が道で寝て いないか、私はひやひや。そういえば、ハワイのすばる望遠鏡で観測している友人が、夜中に 下山するときには、ヘッドライトもハザードランプもつけずに、真っ暗なままで、上手に バックして道に出て運転して下りると言っていた。あそこはガードレールがないから新月 だったら暗くて恐いだろうに。 パドバからアジアゴに来る前は、研究以外にすることがないと退屈するのではと思っていたが、 山と木と牧草地の景色はきれいだし、何より涼しくて快適。研究ははかどるし、暑い下界に わざわざ遊びに出かける気がしない。 帰る前に一度はエッカー望遠鏡までハイキングで行こうと思っていたが、最後はとても忙しく なり、あっという間に1ヵ月の滞在期間が過ぎてしまった。なぜかというと9月にドイツで開か れる国際会議に出席しないかと、主催者(SOC chair)からお誘いのメールが来たからだ。せっかく しゃべるなら、新しい論文のネタを作らなければと〆切前にあわてて計算することにしたので、 朝から晩まで研究室に閉じ籠ることになってしまった。私の専門(新星)の国際会議なら、少なく とも1年以上前の企画段階から情報が入ってくるのだが、今回はちょっとはずれたテーマだから、 〆切直前まで気がつかなかった。そういえば、去年の国際会議で彼に会ったときに、会議を 主催するからよかったら来てねなんて言われたような気がする。

アジアゴの街

街まで歩いて20分。毎日肉や野菜を買いに出かける。来たばかりの頃は、昼休みに商店が 閉まり、通りは無人化するので、ずいぶん寂しい街だと感じたが、日曜日の午後には びっくりするくらい大勢の人がいた。ふだん1万人の街が夏は10万人になるそうだ。日本で 言えば軽井沢のような所か。 チーズとハム 魚屋 土曜日には広場に市がたつ。自動車の横を開けると肉屋さんや魚屋さんに早変わり。狭い広場に ぎっしり店がならび、衣類、靴、食品、花、キッチン洋品などが買える。野菜は店で買うよりも 新鮮で安い。魚はここでしか買えない。 スケート場。アジアゴではスキーやスケート、アイスホッケーが盛んだそうだ。前のオリン ピックではスキー選手がアジアゴから出たとのこと。(右)子どもたちが滑っていたが、そのうち みんな出ていき、かわりに車が入ってきて氷の表面をけずって掻き集め、水を流していくのを 見物する。 昔の鉄道の駅(線路は撤去されている) 今はレストラン(手前)とインフォーメーションセンターになっている。右の奥がスケート場。 水玉シャツ。市場で5ユーロ。 どの家にも煙突がある。

Sacrario Militare

第一次世界大戦の記念碑 戦死した約4000人の軍人をまつる記念碑。近くでみると巨大な石づくりで、ここからは見えないが 下の部分が大きな建物になっていて、一人一人の名前がきれいな石版にきざまれている。軍が 管理している。

アジアゴの特産品

チーズ はちみつとジャム(右) このほか木製品のおみやげもある。

(2007.7)

パドバ滞在記へ戻る


Copyright M. Kato 2007