(第4回)

子育ての醍醐味

(イラストも筆者)

うちには娘が一人いる。私自身は、中学時代にハードな反抗期を経験して、内気で勉強好
きの良い子から、学校の良妻賢母教育に逆らいまくる反抗娘に激変したため、女の子はだ
れでも中学生になると変身するものと期待していた。女性にとってまだまだ生きやすくは
ない社会のなかで、自分なりに納得した人生を送るためには、一度は社会の既存の概念に
反抗してみることも大切だと思う。アバウトでのんびりした娘がどのように変身するのか、
楽しみにしている。親のつねとして、自分にできなかったことを子供に期待するから、内
心あこがれていた不良少女にならないかなあ、などと思ってみる。

子育ては、大人に許された人生最大の遊びだと思う。もし失敗すれば、そのつけは、自分
や社会に返ってくる。

子供が小さい時には、素直にいろいろな質問をする。「人間は何からできているの?」に
は、こちらも素直に学者らしく、生体の成分として最も多いもの、つまり「水よ」と答え
たが、納得しなかった。人間には形があるのに、水には形がないからである。ではなぜ人
間には形があるのか?うーん。人間にはなぜ足があり、木にはないのか?うーん。

子育ての醍醐味は、学者としての柔軟性を試されることにあると思い知る。

学童保育では、夏休みの間は、宿題か勉強をもっていくことになっていた。足し算を習った
ばかりの娘は、何桁の計算でもできるよ!と得意がっていたので、数字を1から9まで
繰り返して長く書き、その下に1字ずらして同じものを書く。すると長い長い足し算の問
題ができる。その他にも、答えが99999・・・になるものとか、111111・・に
なるものなど、毎日違う問題を考えて面白く遊んだ。

娘は中学生になったのに、のんびりやのままである。専門家によれば、必ずしも反抗期が
来るわけでもないらしい。親の期待をうらぎるのが子供の役目だから、もしかして、変身
しないのが「うらぎり」か? そんなあ、、、、と絶叫してしまいそうなこのごろである。


しんぶん赤旗2000年5月19日掲載
Copyright (文とイラストも) Mariko. Kato 2000