リアルタイムデータを用いた気象教材−寒冷前線の通過−

松本直記・坪田幸政

慶應義塾高等学校

1. はじめに

気象教育を行う上で、今起こっている現象を扱うことほど生徒の興味を喚起するのに効果的なことはない。そのためには、気象現象をリアルタイムにモニターし、状況に応じてデータを提示できるようになっていることが必要である。慶應義塾高等学校では、気象データを常時地学教員室前に表示し(写真1)、生徒の気象に対する関心を高めている。

本校地学教室では、気象データ観測表示システムとして、「ウェザーモニターII」、「サンダーストームデテクター」を導入し、各種天気図は気象情報会社のFaxサービスから入手して、気象教育に活用している。また、これらのシステムやサービスが比較的安価で実現可能であることも併せて報告する。

写真1 地学教室前の掲示風景

  1. 気象観測システム

1995年11月20日午後、本校は後期中間試験の最中であった。そんな中、地学教員室前に設置されたブザーがけたたましい音をたてていた。「サンダーストームデテクター」が雷雲の到来を警告する音である。モニターには棒グラフが表示され、平常とは明らかに異なる様子を示していた。「サンダーストームデテクター」は観測地点から半径約300kmの範囲の落雷または空中放電が発生させる電波を観測して、表示する計器である。当日の「サンダーストームデテクター」の表示画面の様子を図1に示す。

図1 サンダーストームデテクターの表示画面

その横に設置された、「ウエザーモニターII」には屋上のセンサー(写真2)から送られてくる気温、気圧、風向、風速、降水量の気象データが、この気象状況の変化を示していた。

写真2 屋上のセンサー

ソフトウェア「MacPlot」を利用すれば、保存されたデータをグラフ化し、時間変化を簡単に調べることができる。また、データをエクスポートして他のソフトウェアで利用することもできる。 早速、「アスキーFaxサービス」を利用して、当日午前9時(00Z)の地上天気図(図2)を引き出た。午前9時の段階で、オホーツク海にある低気圧に伴った寒冷前線が中部地方にあることが分かる。

図2 1995年11月20日午前9時の地上天気図(日本付近を拡大)

3. 気象教材としての利用

この日の気温、気圧、「サンダーストームデテクター」のカウント数(雷指数)を図3に示す。最低気温が午前10時に観測され、気圧が午後2時まで下がり続けている様子がわかる。雷指数は、午前6時、午前11時〜正午、午後2時にピークを示している。このデータからは寒冷前線通過に伴って気圧や気温が大きく変化することが理解できる。

 「サンダーストームデテクター」が激しく反応し警告音を鳴らすのは、大気が不安定となり、急激な上昇流が生じ雷雲が形成された結果、落雷または空中放電が起こっていることを意味している。寒冷前線の接近に伴い、前線の全面で強制的な大気塊の上昇、雷雲の形成が起こっていることが見て取れる(図3中のb)。それ以前に、小規模な反応があるが(図3中のa)、これは、前線面から伝播した不安定線の進行に伴う雷雲活動であると考えられる。

図3 気温、気圧、雷指数の変化

降水量と雷指数の関係が図4に示してある。午前11時から正午までの雷指数の極大は、降水活動に先立っていることが確認できる。先ず、雷雲の活動が活発になり、その約30分後に降雨が活発化し、その後、雷雲の活動が沈静化し、同様に約30分後、降雨が弱まっている様子が見て取れる。

図4 雷指数と降水量の変化

 また、図5から風速・風向も前線通過の影響を受けている様子が見て取れる。気温の変化から、性質の違う気団に入ったことが確認でき、気圧・風向・風速からは移動している低気圧周辺における気圧分布の構造、それに伴う地上風の変化を知ることができる。

図5 風向・風速の変化

今回の現象をもたらしたのは、低気圧に伴う寒冷前線の通過である(図2中のa)。前線通過に伴う様々な気象現象やその変化を理解することは中緯度域の気象を知る上でも重要なことがらである。それらを、生徒が体験したと同時に、具体的なデータを用いて考察を深めることができる。

4. 使用機器・サービスについて

 これらの機器は米国の製品である。米国では気象を趣味とする愛好家が多いので、こういったセンサーが安価で入手しやすい。購入・問い合わせはメーカーにするより、通信販売業者を通した方が容易であろう。問い合わせ先は表1にまとめて示してある。

「サンダーストームデテクター」

 観測地点から半径300km以内の雷活動を観測する。センサー、ブザー、ケーブルとIBM互換機用のソフトがセットになっている。コンピュータのコミュニケーションポートに接続するので、特別なボードは必要としない。また、コンピュータの性能はDOSが作動すれば充分なので、本校では現役を引退したIBM/AT機を使っている。

 この製品では、距離・方向に関する情報は得ることができない。今までの観測では、本校の所在する横浜では落雷の兆候が全くないときでも激しく反応することがあった。これは検知範囲が300kmなので、関東北部など、雷が発生しやすい場所の現象もモニターしてしまうためである。

「ウエザーモニターII」と「ウェザーリンク」

 「ウエザーモニターII」はセンサーと表示装置のセットで、気象データのリアルタイム表示が可能である。データの保存は「ウェザーリンク」も用いてコンピュータと接続することにより可能となる。本校ではコンピュータに、やはり現役を引退したマッキントッシュSEと「ウェザーリンク Mac版」(MacLinkとMacPlot)を使っている。なお、IBM互換機用のソフトウェアも販売されている。

「天気図Faxサービス」

 地上天気図のほか、高層天気図や天気予報に必要な解析図などが、簡単なFax操作で手に入れることができる。このファックスサービスは、内容は気象短波Faxで入手できるものと同じであるが、Faxさえあれば初期投資はほぼ不要なことと、大気状況に左右されず受信できるので短波よりは画質がよい。本校では(株)アスキーのFaxサービスを利用している。このサービスは定額制で利用期間と枚数が確保されるものと、ダイヤル92を使ったものがある。本校では半年間で215枚の利用が可能な契約(¥30,000)をしている。なお、同様のサービスは(株)ハレックスも行っている。インターネット上には、天気図類、気象衛星画像などが(株)IBCのホームページ(http://www.ibcweb.co.jp)に掲載されている。

表1 上記の機器・サービスの入手先と価格(1995年版カタログによる)

「サンダーストームデテクター」

StormwiseTM Lightning Data Recording System (23 E 1801) $479.95

「ウェザーモニターII」

Wether Monitor II Weather Station (23 E 2010) $399.00

「ウェザーリンク」

Weatherlink Computer Module for Weather Monitor II $165.00

「雨量計」

Rain Collector $75.00

米国の販売会社

WARD'S

P. O. Box92912

Rochester, New York 14692-9012

Tel 716-359-2502

Fax 716-334-6174

(Faxにてカタログの請求ができる。カタログ名「EarthScience」)

日本国内の取扱店(サンダーストームデテクターを除く)

(株)AOR Tel 03-3865-1681

〒111 東京都台東区三筋2-6-4

ウェザーウィザード3 ¥38,000

ウェザーモニター2 ¥58,000

ウェザーリンク ¥28,000

(株)メティック Tel 03-3701-3892

〒158 東京都世田谷区上野毛4-33-15 上野毛シティーハイツ101

ウェザーモニター2 ¥85,000

「天気図Faxサービス」

(株)アスキー 情報プロジェクト Tel 03-5352-1614

〒151−24 東京都渋谷区代々木4-33-10 トーシンビル

Q2サービス 0990−5−177−10(一枚¥150〜200)

年間2000枚 ¥190,000

半年215枚 ¥30,000

半年30枚 ¥4,500

(株)ハレックス専門気象FAXサービス Tel 03-5420-4300
〒141 東京都品川区東五反田2-7-8

年間¥50,000 枚数制限なし

「総合的な気象情報サービス」

(株)ウェザーニューズ Tel 043-274-5550

気象情報受信システム「dekitaくん for School」

初期費用 ¥185,000

データ管理料 ¥3,000

  1. おわりに

気象データがリアルタイムに表示されていると、生徒は実際に起こっている気象現象を具体的なデータを用いて考え、理解することができる。もちろん、ある程度の気象に関する基礎知識は既に学習済みであることが前提であるが、まさに「水もの」の気象現象に対する理解を深めるにはリアルタイムの気象データの表示は非常に効果的である。ここで紹介したシステムは、高性能のコンピュータを必要としないので、学校の中で使わなくなった旧機種のコンピュータを利用できるであろう。

天気図の他に衛星写真が利用できれば、生徒の理解をより深めることができる。また、雷活動の観測機器の新製品に反応強度の他に距離・方向を知ることができるものがあるので導入を検討中である。距離・方向をデータを使うことによって、雷雲の発生・発達・移動をより的確に理解することが可能となるであろう。

【追記】

 この報告に書かれている情報の詳細は本校地学教室のホームページ

http://www.hc.keio.ac.jp/earth)で得ることができる。

【参考文献】

  1. 和達 清夫 気象の事典 1974 東京堂出版