|
このページでは、メンバーたちの会話を掲載しています。
盛り上がった会話があった時に掲載します。
今回のテーマは、『刺青』です。
|
|
Sent: Saturday, July 01, 2000 11:04
AM
Subject: [project-bmc:0000031] Tattoo
身体医文化論のみなさん、鈴木です
以下のような本の広告を見かけました。
Jane Chaplain ed., Written on the Body: The Tattoo in European and American History,
Reaktion Books, c2000
This is the first historical survey of the tattoo fromAntiquity to the present,
showing how the tattoo's meaning hovers
between the penal and the cosmetic.
「人間椅子」(The Sofa, in Libertine Reader) と同じ、倒錯系の話ですが(笑)
・・・・ 谷崎の「刺青」を密かに愛読している我々(私だけかもしれませんが・・・)
としては、無視できない問題だと思います。
手に入れて読みましたら、感想文をアップします。
|
|
Sent: Saturday, July 01, 2000 11:26
AM
Subject: [project-bmc:0000032] masochism
身体医文化論研究会の皆さん、鈴木です
どうせなら・・・ ということで、しばらく前の本ですが、もうひとつ紹介です
John K. Noyes, The Mastery of Submission: Inventions of Masochism, Cornell University
Press, 1997
19世紀の末のヨーロッパのリベラリズムの危機、社会不安、植民地主義などがもたらした、male
anxiety & ambivalence の中で masochism を解釈したものです。
医学と文学と言うと、大体オリジンは医学で、それが文学に波及した、というヴェクトルの
理解で語られますが、このような、文学に起源があって、それから医学が概念化した、
というヴェクトルで形成された文化は面白いと思っています。
この本は、だいたいドイツ文学の話ですが、Heart of Darkness やFanny Hill などの英文学ものの解釈もちりばめられています。
この本を amazon.com で買ってから、 私への推薦図書のリストに、妙な本が並ぶようになって、気恥ずかしい思いをしています。 この手の本を専門的にあつかうインターネット本屋を始めるとしたら、その本屋の名前は、
amazon.dom で決まりですね(笑)。
それでは
|
|
Sent: Saturday, July 01, 2000 12:14
PM
Subject: [project-bmc:0000033] RE: masochism
鈴木さん
貴重な情報ありがとうございました。
実はですねえ、私、結構タトゥーっていうかボディーピアシングって興味あるんですよお。
といっても私自身は親からもらった身体に穴をあけていないんですけれど(というか痛いの嫌い)
この手の本って向こうでマニア向けに出ているではないですか、なかには「おおっ」と思うような美しいものもあったりして買ったりしております。うん、興味深そう。
アメリカではREsearchっていうムック型の雑誌がこの手の関係を沢山出していて私も何冊かもっています。
よこやま
|
|
鈴木さま、横山さま
面白そうな情報をありがとうございました。
刺青というと、僕は石井達郎さんを思い出すのです。
以前、刺青の大きな写真集をうれしそうに見せてくれました。
また先日、医者をやっている同級生が、刺青の人を手術して、もとの図柄をきちんと
合わせて縫い合わせろという無理難題を言われて脅された話しなどもあって、
なんとなく興味がありましたのでタイムリーな情報でした。
谷崎は愛読書です。
************************************************
小菅隼人(Hayato KOSUGE)
慶應義塾大学日吉新研究室
|
|
みなさん、こんにちは、
面白そうな本の話をどうもありがとうございます。
小菅さんの話に続ける形となりますが(私のは、ずっと低俗ですが)『ブラックジャック』に刺青の手術をしてもとどおりにするか(きれいにはがすだったか、記憶に頼っているのでちょっとはっきりしないのですが)の難題の話があります。
きっと現実にもとねたがあったのですね。
また、刺青、というとアメリカではブラッドベリの『刺青の男』がありますね。
谷崎のは、池上遼一が数年前劇画化しているのがあります。
ロマン派の時代のイギリスだと、キャプテンクックの航海記録に現地人の刺青の版画や記述がたくさんあります。
宮本なほ子
At 20:09 00/07/02 +0900, you wrote:
|
|
身体医文化研究会の皆さん
盛り上がっているらしいTatooの話しに文脈もろくに分からないまま参加させていただくと、 20世紀前半の著名な人類学者Leo Frobeniusの The
Voice of Africa という代表的著作にいっぱい写真(あるいは絵?)と記述があった記憶があります。
ロレンスの小説にも刺青をいれた日本人の肉体を見て性的なものが喚起される というシーンがあって、興味をいだいておりました。
身体医文化研究会のメンバーは共通の刺青を彫るというのはいかがでしょうか?
武藤
|
身体医文化研究会の皆さん、
武藤さんのお話に続けます。
このロレンスの小説(題を教えてください)では、日本人の刺青はどう表現されていたのでしょうか?
日本人の刺青(江戸時代以後?)は、例えば、NZの現地の人などのと違って抽象度の高い模様ではなく、むしろ(背中いっぱいの)「絵」ですよね。江戸時代には、刺青の模様とか色を競う「大会」みたいなのがあったみたいですし、また、我慢比べの美学みたいなものもあったようで、一番痛いところに彫る、というのも自慢、賞賛の対象だったようです。(出典は通俗時代小説)。
この辺も性的なことにつながると思います。
また、江戸時代(だけ?)の犯罪者の印として二の腕に入れる縞の刺青は、ミシェル・パストゥロの『悪魔の布 : 縞模様の歴史』( L'etoffe du diable
:une histoire des rayures et des tissus rayes, 1991)の範囲を東洋まで広げて、皮膚=布とみるならば、よい例になると思います。
刺青を彫る場合、どこに、どういう模様・絵かということも、各文化の符丁、特徴を表しますよね。身体医文化研究会共通の刺青、となるとどういうデザインになるのでしょう。(しかし、メンバーが共通の刺青をしている、というグループは、歴史上あるのでしょうか。)
宮本なほ子
At 02:28 00/07/05 +0900, you wrote:
|
|
鈴木です。武藤さん、宮本さんのお話に続けます。(スレッド名を変えました)
「皮膚」というのは、実は非常にプロミネントな「処罰」をインフリクトする身体部分ですね。 入れ墨もそうですが、聖バルテルミーでしたっけ、皮をむかれて、むかれた皮がリボンとか布とかのようにひらひらしてるというのは、よく目にするテーマです。ミケランジェロの最後の審判の自画像もだらりと布のように剥かれた皮が下がっています。
これは、解剖学でもよくある描き方のようです。日吉図書館に Fabric of the Bodyという本がありますが、それを眺めると、ヴェザリウスを始め、皮を半ば剥いた状態で解剖図を表す伝統があるようです。ちなみに、第1回のポスターで使った図もその伝統の流れですね。
さて、おそらくこの伝統はルネッサンスの解剖学に端を発するものでしょう。そして、それは当時の解剖実習で死刑者の死体が使われたことと深い関係があるのでしょう。解剖図の死体が、死刑囚のものであることが通奏低音になって、さまざまな図像表現を規定している、というようなことを、キャサリン・パークという歴史家が書いています。
私は手にとって見ただけですが、きっと次の本が、参考になるのでは、と思っています。
The thief, the cross and the wheel :pain and the spectacle of punishment in Medieval
and Renaissance Europe /
著者 = Mitchell B. Merback
出版事項 = London : Reaktion Books , 1999
形態 = 351 p. : ill. (some col.) ; 25 cm.
(日吉図書館にもあります)
パークの論文は、つぎの通りです。
Katherine Park, "The Criminal and the Saintly Body: Autopsy and Dissection
in Renaissance Italy", Renaissance Quarterly, 47(1994), 1-33.
|
|
萩原です。少しだけ口をはさませて下さい。
刺青、と聞いてすぐに思い出す本があったのですが、それは近世日本文学論でしたので、 ちょっと場違いかな、と感じ、皆さんのご意見を楽しく拝聴していました。
宮本さんが江戸時代以後の「日本人の刺青」に話題を転じて下さいましたので、やっと話に加わることができました。
松田修「刺青・性・死」(平凡社選書)という本です。初版は28年前で古いのですが、一読、独特の文体で書かれたこの本から強い印象を受けたことを覚えています。刺青という視覚から日本的な異端美を追求したものですが、題名からも窺えるように、刺青=性=死、それにエロティシズムが複雑に絡み合う日本文化の基層を浮き彫りにしています。
皮膚=布ではないのですが、皮膚=精神ということを考えたことがあります。
皮膚を蝕まれることは精神を蝕まれることに直結する。そんな角度から、ウェルズの透明人間グリフィン=アルビノに着目し、彼が抱く現実との疎隔感がアルビニズムに淵源するのではないかと推察し、最終的に、イケニエとしての透明人間という排除の物語を浮上させようとしたのですが、ご存知の通り、あまりうまくいきませんでした。
強引に自分に引き付けて意見を差し挟みました。ご寛恕を。
慶應義塾大学 萩原 眞一
|
|
宮本さん、身体医文化研究会の皆さん
刺青を入れた日本人が言及されるロレンスの作品はThe Lost Girlという中期の比較的知られていない小説です。この小説では英中部のrespectableな家庭に育った女性Alvinaが旅回りの芸人グループに合流して、最後にはその中のイタリア人と結ばれるという筋ですが、たしかそのグループには属さない芸人の一人が全身刺青の日本人じゃなかったかな。ちょっと明日にでも調べてみますね。
それからロレンスの代表作『恋する女たち』には日本人の柔術家の肉体が言及されていて、たしか「うなぎのようにslipperyで強かった」みたいな記述があったように記憶しています。
武藤
|
|
研究会の皆さん
刺青から始まった面白い話しありがとうございます。
皮膚=布となるとfibre theoryにもタッチしてきますが、鈴木さんも言及しているように、解剖学のイラストで皮膚が剥がされ布地のように描かれているのはfibre
theoryが出来するはるか以前からあって、それがfibre theoryとどのように絡んでくるのか、興味あるところです。
ルネッサンス期の解剖と処罰の問題については、ご存知の方も多いとおもいますが、
Jonathan Sawday, The Body Emblazoned: Dissection and the Human Body in Renaissance
Culture (1995)
があります。処刑と解剖とは、一つのドラマの2つの行為(acts)であって、解剖学者が死刑囚の身体を解剖するのは象徴的処罰行為にもなる。と同時に、解剖学者はinfamyから逃れるために、象徴的に死体から身を引き離す、それが、
Anatomy lessonを描いた絵なんかに表れる。
それから、解剖学のイラストによくあるself-dissectionということについては、Sawdayは自分が解剖されているのを想像するという、sad-masochisticな欲望という観点で捉えています。
刺青について、ぼくが思い当たったのは、犯罪者の刺青です。世紀末にイタリアの犯罪人類学、ロンブローゾなんかが、犯罪者、狂人、売春婦というある種のタイプの人間はgraphomaniaつまり、なんでもかんでも、字や絵でもって埋め尽くしたくなる欲望がある、といってます。だから、犯罪者には刺青をしているものが多いと。カフカの"In
the Penal Colony"でそれを反転させる形で使っている、というようなことを、Mark M. Anderson,がKafka's Clothes:
Ornament and aestheticism in the Habsburg Fin de Siecle (1991)で論じてます。
それから、皮膚=精神という話しになると、19世紀の医学文化でいえば、細胞という観点が出てくると思います。皮膚といっても、肌ではなく細胞の膜ですね。細胞が生命の根源的単位として認められるには、ひとつには細胞壁の発見、つまり、それがユニットであるという証拠が必要になります。そこから境界をもった個人(bounded
individual)という観念が出てくる。
皮膚を蝕まれたら精神が損なわれるというのは、もしかすると、こうしたことにも関係があるかもしれません。
細胞とidentity、それから文学について論じたものに、Laura Otis, Membranes: Metaphors of Invasion in Nineteenth-century
Literature, Science, and Politics (1999)があります。題材はいいのですが、思ったほど面白くはないです。
Hisao Ishizuka
|
|
宮本さん 研究会の皆さん
ロレンスThe Lost Girlの刺青日本人該当箇所見つけました。ケンブリッジ版(おそらくペンギン版も同じ)で119頁です。描写の特徴は以下のとおりです。
1首から上をのぞく全身に刺青があって、
'almost quite naked, but clothed with the most exquisite tatooing' という裸体性と皮膚と衣服の比喩が錯綜した描写があること
2肩にワシの、腰と腹のまわりにヘビの、尻には「迷路」模様の刺青があること
3色は青と鮮やかな緋色
4とても強い手首をもっていて炭坑夫を投げ倒したとあることから柔術がらみの芸人だったと察せられること
5理解しがたいものに対する魅力と恐怖を女主人公が感じていること。
6小さくて強くて寡黙でいつもにやにやしていて不可解で好色そうで怖いという、今にも通じるような日本人のイメージが見られること。
「服を着ているととてもさえないのにあんな刺青を裸体の上にひめているとは!」といった趣旨の描写もあり。
こういった芸人が実際にいたんでしょうかねえ。こうやってまとめて見るとあらためて興味深く感じられます。
ジャポニズムとの関係とかギルバート&サリバンの「ミカド」との関連とか・・・
ちなみにロレンスの作品に出てくる外国のイメージというのは結構ありきたりなんですよね。逆に言うと素直に時代を反映している場合が多いという印象があります。
それから、もう一つ思い出しましたが、ギュスターブ・モローのサロメの絵はぱっと見ると全身刺青みたいでしたよね。ちがいましたっけ。あれはなんでしょう?
武藤
|
|
研究会のみなさん、こんにちは。
武藤さん、ロレンスの刺青日本人のことを調べていただきどうもありがとうございます。
ケンブリッジ版をいまちょっと見てみたのですが、武藤さんのおっしゃるとおり、確かにとても興味深いですね。でもいつからこのような描写が現れるようになったのでしょう?やはり世紀末、ジャポニズムの影響でしょうか。浮世絵でしょうか?
「刺青/入れ墨」という意味での"tattoo"という名詞がヨーロッパに入るのは、18世紀後半です。
ブーガンヴィルのタヒチ航海で"tataou"と記録され、英語の場合は、クックの第一航海で
"tattaw"(First Voyage, July 1769)と記録されます。
最初は、マレー・ポリネシア系の風習として紹介されるわけです。
ロレンスの描写は、ロレンスが想像した「日本の刺青」ですね。
「青」が中心というのが日本の「刺青」の特徴を捉えていますね。
実際にこういった芸人がいたのかもしれませんが、「蛇」はともかく、翼を広げた鷲というのは西洋的なイメージのような気がします。
>ちなみにロレンスの作品に出てくる外国のイメージというのは結構ありきたりなんですよね。
>逆に言うと素直に時代を反映している場合が多いという印象があります。
ちなみに、ロレンスに出てくるロマン派の影響もとても素直です。
ハーディなんかは ものすごくひねくれているのですが。
#みなさんが紹介されている本や論文、知らないものばかりだったので、勉強の必要性を痛感しています。
宮本なほ子
|
|
研究会の皆さん
皆さんがけっこうアブナい趣味をおもちだということが分かり安心しております。
ところで、宮本さん、ちょっと身体医文化とはハナシがずれるのですが、メールにあったロレンスとハーディに対するロマン主義の影響のちがいというのは端的に言うとなんでしょうか?ロマン主義専門の方から見るとそんなにロレンスって素直なロマン主義者ですか?
漠然としすぎた質問かも知れませんが、いずれまたそういうお話もうかがいたいと思っております。
武藤
|
|
櫻井です
黙って皆様の会話を楽しんでいるのは良くない(?)ですよね?
武藤先生が私の大好きなモローのお話をされていたので・・・
>それから、もう一つ思い出しましたが、ギュスターブ・モローのサロメの絵はぱっ
>と見ると全身刺青みたいでしたよね。ちがいましたっけ。あれはなんでしょう?
片腕を上げて踊っているサロメの体に白か黒(どちらでしたっけ、記憶があいまいです)の細い線で模様が書き込まれているものですよね?あれはモローがサロメの体に装身具を書こうとした下絵だという話を聞いたことがあります。でもあの絵は別名「刺青のサロメ」とよばれていますよね。
何であの絵だけ描きかけなんだろう、と私は気になりました。
それともモローは気に入って、刺青のままにしたんでしょうか?
|
|
萩原です。
モローの「刺青のサロメ」が、話題に出ていますので、一言。
以前、Yeats詩における踊り子のイメージを考えたとき、詩人のinspiration源の1つとして「刺青のサロメ」がありましたので、この絵について少し調べたことがあります。
たしかに、刺青はサロメの裸体に直接なされているのではなく、透明なアラベスク模様のヴェールが装身具のように裸体にまとわりついていましたし、さらにその装身具は裸体ばかりではなく、画布全体をも覆おうとしていましたよね。サロメの皮膚とヴェールと画布の一致が印象的でした。
何故書きかけのままにしたのかは、わかりません。
|
|
萩原さん、皆さん
装身具と画布の一体化といえばクリムトなんかその最たるもんですよね。
こちらはもう身体が画布に塗り込められちゃってる。
横山
|
|
身体医文化論の皆さん、鈴木です
話があぶない方向に流れつつありますが、ここでもう一歩踏み込んでみます(笑)。
私は話題になっているモローの絵を知らなかったのですが、他のモローの作品から察するに、たぶん次のサイトに出ているような現代の作品は、そういった影響を受けているのでしょうね。リンクを張っておきましたのでご覧ください。
http://flamingdiva.tripod.co.jp/
http://fly.to/thecage
わたしは、この作家についてはHPに出ている以上のことを知らないのですが、ラファエロ前派の影響を受けている、とご自分の作品を解説しておられます。
たしか、論文集の出版の話が出たときに、「セクシーな本を」とのことでしたが、ジャケットデザイン、それから私たちのHPのデザインはこの方にお願いしましょうか?(笑・・・でも半分本気)
akihito
|
|
|