研究発表「水治療と近代精神病学──あるいは、民間療法施設の近代」
兵頭晶子(共同研究者:橋本明・中村治・板原和子・金川英雄・田端幸枝)
2006/10/02
はじめに──問題の所在
日本近代には、滝や温泉などの付近で、参籠する精神病者に何らかの治病行為を施してきた寺院や神社など(以下、民間療法施設と称する)が存在する。明治以降の精神病学はそれらの「民間療法」が水と関わっていることに着目し、自らが西洋から導入した水治療との比較においてその有効性如何を評価してきた。しかし、民間療法施設の本質はそれにとどまるものだったのか。そこから水治療だけを取り出すことは、いかなる歪みを招いたのか。本発表では、主に三つの民間療法施設を例に、これらの問題を検討した。
1.水治療の導入と民間療法施設の再発見
神戸文哉訳『精神病約説』、石田昇『新撰精神病学』第二版以降、呉秀三『精神病学集要』第二版などでは、微温浴・持続浴などの「水治法」が紹介されている。いずれも、水の物理的効果が論じられ、温浴が肯定されるとともに、冷水浴には否定的な見解が示される。イギリスでは19世紀に、懲罰的であるという理由で冷水浴が禁止されていたことも影響しているだろう。呉は、現今の「水治療法」に相当するものとして「民間療法」へ目を向けるが、そこには「何等ノ学理的論根ガナク」もはや無用であると否定している。
しかし、呉秀三・樫田五郎『精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察』に収められた現地調査以降は、「民間療方」の有効性を条件付きで評価していく。富山県大岩日石寺は、水治療の本質を理解せずに潅滝を強いているとされ、視察者が目撃した事例がいずれも悪化例であったことと、冷水浴に効果を認めない精神病学の学理が相まって、否定的な評価が固定された。他方、宮城県大倉定義温泉は、持続浴の学理に適った場所として理想に近いと評価されている。これらの施設に「医師ノ監督ナキハ大ナル欠点」だが、逆に医師を置いたり精神病院を組織したりすれば「頗ル有益」であり、「幽邃静寂ナル閑境ト古来必治ノ称アル(宗教的)伝説ト旧時ヨリ病者ヲ招集シタル風習トヲ善用シテ、組織アル保養所ヲ設立」することを呉は期待した。民間療法施設の有効性を医学の中に取り込もうとしたのである。病院設立の動きを見せていた徳島県阿波井神社は、この期待に沿うものとして好意的に紹介されている。
やがて、阿波井神社は呉や岩倉病院長・土屋栄吉などの指導を受け、海で水行して神前に参拝するという「霊的療法」に「科学的施設」を加えた「理想的保養所」としての阿波井島保養院に転身する。民間療法施設から水行だけが取り出されて医学に組み込まれたと言えよう。そこで一体何が起きたのか。節を改めて後述したい。
2.民間療法施設の実像とそのゆくえ
筆者たちは日石寺・定義温泉・阿波井神社で聞き取り調査を行い、水治療という観点では見えてこない民間療法施設の実像を明らかにした。
まず、これらの民間療法には、治病をめぐる共同性と、それと密接に関わる、精神病学とは異質な病気観があった。日石寺には、家族が付き添う病者だけでなく、行者などの民間宗教者が率いる、盲や足腰の痛み、精神病などの病気を治すための長期滞在の講がよく来ていた。講は病者を地域において受け入れ、日石寺での参籠に繋ぐ確かな基盤となっていた。そこでは、霊魂が祟ったり狐が憑いたりして精神病になると説明されたが、それはあくまで一時的な〈状態〉の病であり、病気は個人に帰属せず、自らを取り巻く全体的な世界との関係性においてとらえられていた。潅滝による治病も、不動や山、川、滝への信仰のただ中で初めて意味を持つのであり、「治ったと言ってお礼参りに来る人もたくさんあった」という。他方、呉以降、湯治の功罪という観点から評価されてきた定義温泉も、「お風呂に入れただけでは治らない」と、現当主は語る。病者は親子や夫婦との関係の中で病気になるのであり、そうした付き添いが一緒に治そうとしなければ治らない、と。
これらの病気観に基づいて、同じ悩みを持つ者が裸で話し合う、あるいは様々な病気を抱えた講がともに「治る」ために参籠する、こうした病者をめぐる自助的な共同性が民間療法施設を支えていた。また、いずれも眼病平癒の信仰から精神病者の参籠が始まったように、そこには近代医学とは異なる水のとらえ方、および独特の身体観や世界観が通底していた。そしてその背景には、それらを包摂する山という場所性がある。里とは異なる、アジールとしての山での治病の営み、だがそれは、講が地元での病気治しから始まるように、里と全く断絶したものでもなかっただろう。
阿波井神社も、これらの要素を持っていた。夫を亡くした女性への生活保障として、参籠者の世話をする勤番という制度があり、彼女たちは自然とお祓いや憑きもの落としをするようになった。神社は海に浮かぶ小島にありながらも対岸との交流を維持していた。しかし、保養院設立後、水行はこれらのありようから切り離され、興奮する病者を疲れさせ眠らせる手段として懲罰的・強制的に行われるようになる。拘束具と同様、病棟における病者管理の一手段へと変質してしまったのである。病者は、水行を受け寛解・退院する病者と、水行以外は保護室から全く出ることができず症状も悪かったという病者に二極化した。その基準となったのは、病者が病院にとって扱いやすいか否かであり、管理困難であるとして幾重にも監禁された病者は治病から取り残された。
水の物理的効果を医師が管理し得るように、病者もまた管理すべきと見なす発想は、かつての水行には見られなかったものであり、阿波井神社の治病の力を大きく変質させる要因となってしまった。近代精神病学が持つ管理の思想は、民間療法施設の有効性を真に取り入れることはできなかったのである。
おわりに──発表を終えて
本稿は発表時に寄せられた議論をふまえて書き直したものだが、まだ生かせていない部分も多い。精神病学の分析を出版物に、民間療法の分析を聞き取りという異なる性格の資料に依拠しているため、両者の重なりや相互作用が見えてこないという指摘は消化不良のままである。聞き取りの作法についても質問や意見が殺到したが、今後の課題だ。山という場所性に関しては若干検討したが、市場として成立していく精神病院と対比した際にどのような特徴が見えてくるのか、また、民間療法の論理においてなぜ滝や温泉が選ばれたのか、掘り下げるべき論点は多い。それでも、この発表を経て、問題を論じていく際に、複数の視点を取ることの必要性を学ぶことができた。貴重な議論を展開して下さった研究会諸氏への御礼として、今後、いっそう論を深めていきたいと思う。