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2025-04-01 Tue
■ #5818. /k/ を表わす <ch> [spelling][digraph][pronunciation][consonant][etymological_spelling][greek][latin][loan_word]
<ch>≡/k/ を表わす例は,一般にギリシア語からの借用語にみられるとされる.中英語などに <c> などで取り込まれたものが,初期近代英語期にかけて語源的綴字 (etymological_spelling) の原理によって,ギリシア語風に <ch> と綴り直された例も少なくないものと思われる.Carney (219--20) の説明に耳を傾けよう.
Distribution of <ch>
The <ch> spelling of /k/ is restricted almost entirely to §Greek words: archaeology, archaism, archangel, architect, archive, bronchial, catechism, chaos, character, charisma, chasm, chemist, chiropody, chlorine, choir, cholesterol, chord, chorus, christian, chromium, chronic, cochlea, echo, epoch, eunuch, hierarchy, lichen, malachite, matriarch, mechanic, monarch, ochre, oligarch, orchestra, orchid, pachyderm, patriarch, psyche, schematic, stochastic, stomach, strychnite, technical, trachea, triptych, etc. This is by no means a compete list, but it serves to show the problems of using subsystems in deterministic procedures. Some words with <ch>≡/k/ have been in common use in English for centuries (anchor, school) and came by way of Latin rather than directly from Greek. Lachrymose and sepulchre are strictly Latin in origin, but were mistakenly thought in antiquity to have a Greek connection. Many words with <ch>≡/k/ are highly technical complex words used by scientists for whom the constituent §Greek morphemes, such as {pachy} or {derm}, have a separate semantic identity. In some cases the Greek meanings are irrelevant to the technical use of the words since they involve obscure metaphors. One does not normally need to know that orchids have anything to do with testicles --- it's actually the shape of the roots. There appear to be no explicit phonological markers of §Greek-ness in the words listed above. The morphological criterion of word-formation potential is the best marker, but this works best with the technical end of the range. We can hardly cue the <ch> in school by calling up scholastic.
興味深いのは lachrymose や sepulchre などは本来はラテン語由来なのだが,誤ってギリシア語由来と勘違いされて <ch> と綴られている,というくだりだ.ラテン語においてすら,ギリシア語に基づいた語源的綴字があったらしいということになる.せめて綴字においてくらいは威信言語にあやかりたいという思いは,多くの言語文化や時代において共通しているのだろうか.
・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.
2025-03-31 Mon
■ #5817. B&C の第61節 "Effects of Christianity on English Civilization" (1) --- 超精読会を伊香保温泉よりお届け [bchel][latin][greek][borrowing][christianity][link][voicy][heldio][anglo-saxon][history][helmate]
今朝の Voicy heldio で「#1401.英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む (61-1) Effects of Christianity on English Civilization」を配信しました.週末に開催された helwa の高崎・伊香保温泉オフ会活動の一環として,昨朝,伊香保温泉の宿で収録した超精読会の前半部分をお届けしています.
今回も前回に引き続き Taku さんこと金田拓さん(帝京科学大学)に司会をお願いしています.7名のヘルメイトの方々と温泉宿で超精読会を開くというのは,これ以上なく豊かな時間でした.読書会は90分の長丁場となったので,収録音源も3回ほどに分けてお届けしていこうと思います.今回は第1弾で,45分ほどの配信となりますす.
第61節の内容は,7世紀後半から8世紀のアングロサクソンの学者列伝というべきもので,いかにキリスト教神学を筆頭とする諸学問がこの時期のイングランドに花咲き,大陸の知的活動に影響を与えるまでに至ったかが語られています.英文そのものも読み応えがあり,深い解釈を促してくれますが,何よりも同志とともに議論できるのが喜びでした.
今朝の配信回で対象とした部分のテキスト(Baugh and Cable, p. 80) を以下に掲載しますので,ぜひ超精読にお付き合いください.
61. Effects of Christianity on English Civilization.
The introduction of Christianity meant the building of churches and the establishment of monasteries. Latin, the language of the services and of ecclesiastical learning, was once more heard in England. Schools were established in most of the monasteries and larger churches. Some of these became famous through their great teachers, and from them trained men went out to set up other schools at other centers. The beginning of this movement was in 669, when a Greek bishop, Theodore of Tarsus, was made archbishop of Canterbury. He was accompanied by Hadrian, an African by birth, a man described by Bede as "of the greatest skill in both the Greek and Latin tongues." They devoted considerable time and energy to teaching. "And because," says Bede, "they were abundantly learned in sacred and profane literature, they gathered a crowd of disciples ... and together with the books of Holy Writ, they also taught the arts of poetry, astronomy, and computation of the church calendar; a testimony of which is that there are still living at this day some of their scholars, who are as well versed in the Greek and Latin tongues as in their own, in which they were born."
B&C読書会の過去回については「#5291. heldio の「英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む」シリーズが順調に進んでいます」 ([2023-10-22-1]) をご覧ください.

・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.
2025-03-30 Sun
■ #5816. ヴォイニッチ写本に関する有用なウェブサイト [link][voynich]

昨日の記事「#5815. 安形麻理・安形輝『ヴォイニッチ写本』(星海社,2024年)」 ([2025-03-29-1]) で紹介したヴォイニッチ写本について,同書の巻末にかけて「謎に立ち向かいたい方のために:有用な情報源の紹介」と題する1節がある.そこで挙げられている主要なウェブサイトのリンクを挙げておきたい.
・ Cipher manuscript --- Yale University Library: 所蔵館 Yale 大学 Beinecke 図書館よりヴォイニッチ写本の全ページの画像を閲覧できる.
・ The Voynich Manuscript: 著名なヴォイニッチ写本研究者 René Zandbergen 氏のウェブサイト.主要な翻字データへのリンクもあり.
・ International Conference on the Voynich Manuscript 2022: 2022年にマルタ大学で開催された国際会議の論文集を読むことができる.
・ The Most Mysterious Manuscript in the World: 日本のヴォイニッチ写本研究者である高橋健氏のサイト.日本語で読むことができる.
また,著者の1人,安形麻理氏が,3月15日に『三田評論 ONLINE』にて本書に関する執筆ノートを寄稿されている.
・ 安形 麻理・安形 輝 『ヴォイニッチ写本』 星海社〈星海社新書〉,2024年.
2025-03-29 Sat
■ #5815. 安形麻理・安形輝『ヴォイニッチ写本』(星海社,2024年) [review][toc][manuscript][voynich][cryptology][cryptography]

昨年末,「世界で最も謎に満ちた写本」といわれるヴォイニッチ写本 (The Voynich Manuscript) についての,待望の新書が出版された.200頁弱の薄めの新書のなかに,未解読のヴォイニッチ写本(研究)の魅力が濃厚に詰め込まれている.本書後半では,著者らによる最新の研究の成果が示されており,ヴォイニッチ手稿がでたらめな文字列ではなく,背後に何らかの言語が隠されている,つまり解読に値するテキストであることが主張される.巻末には,著者らと博物学者・荒俣宏氏との鼎談の様子も収められており,最後までワクワクしながら読み続けることができる.
以下,本書の目次を示そう.
第1章 謎めいたヴォイニッチ写本
1. ヴォイニッチ写本とは
外観
文字と挿絵
2. ヴォイニッチ写本の魅力
解読へのチャレンジ精神
真贋論争:中世の写本か20世紀の捏造か
ヴォイニッチ写本研究の楽しみ
3. ヴォイニッチ写本発見の経緯
発見者ヴォイニッチ
発見から現在まで
発見されるまでの所在
4. 中世ヨーロッパにおける写本の作り方
第2章 これまでのヴォイニッチ写本研究
1. 来歴を明らかにする
ジョン・ディー
ルドルフ2世
ヤコブズ・デ・テペネチ
ゲオルグ・バレシュ
マルクス・マルチ
アタナシウス・キルヒャー
2. 年代を測定する
3. 文字を分析する
4. 解読を試みる
5. 言語学的に分析する
6. 似た文書を再現する
7. テキストの解読可能性を判定する
第3章 データサイエンスと古い本
1. データサイエンス
データサイエンスとビッグデータ
データサイエンスを学ぶことができる大学
2. 本を研究する
書誌学とデジタル化
データに基づく著者推定
難読化文字や隠された文字の解読
暗号の解読
第4章 クラスタリングによる分析:解読の可能性そのものを判定する
1. 解読の可能性の判定
クラスタリング
2. 実験の手順
全体の流れ
テキストデータの類似度
トークン化
トークンに対する重み付け
ベージ同士の類似度算出
クラスタリング分析手法
ページ順に基づく分析法
クラスタリングの評価
3. 実験の結果
ページ同士の内容の類似度
挿絵によるセクション構造との比較
ページのクラスタリング結果
4. クラスタリング結果の評価と比較
比較対象
クラスタリングの評価と比較結果
ページ順の比較
第5章 ヴォイニッチ写本研究の意義と広がり
1. 分析手法を発展させる
2. シチズンサイエンス
3. ヴォイニッチ写本の影響の広がり
4. 謎に立ち向かいたい方のために:有用な情報源の紹介
第6章 ヴォイニッチ写本の可能性とこれからの研究
特別鼎談 荒俣宏 × 安形麻理 × 安形輝
最後の方に「シチズンサイエンス」への言及がありますが,多くの読者の皆さんも,ぜひヴォイニッチ写本解読に貢献してみてはいかがでしょうか?
・ 安形 麻理・安形 輝 『ヴォイニッチ写本』 星海社〈星海社新書〉,2024年.
2025-03-28 Fri
■ #5814. 目次ととも再び紹介,嶋田珠巳『英語という選択 アイルランドの今』(岩波書店,2016年) [irish][irish_english][ireland][language_shift][contact][review][invisible_hand][toc][language_planning]

嶋田珠巳先生(明海大学)による,アイルランドの言語事情に関する書籍『英語という選択 アイルランドの今』(岩波書店,2016年)について,「#2798. 嶋田 珠巳 『英語という選択 アイルランドの今』 岩波書店,2016年.」 ([2016-12-24-1]),「#2803. アイルランド語の話者人口と使用地域」 ([2016-12-29-1]),「#2804. アイルランドにみえる母語と母国語のねじれ現象」 ([2016-12-30-1]) で参照してきた.
今回は,同著の概要をつかむために目次を挙げておきたい.
第一章 アイルランドというフィールド
I 地点
民族のことばが英語に取って替わられる
アイルランドは遠くて近い
緑のアイルランド
ほんのすこしの,国,案内
パブで耳を傾けて
その土地で感じる文化
II 自分たちのことば
アイルランドの二つの言語
アイルランド語を話しますか
母語になれない母なることば --- 言語能力と気持ちのねじれ
アイルランド語でつながる祖先
英語を手に入れた幸せと不幸せ
自分たちのことばはアイルランド語
アイルランド的なありかたのようなもの
ケルト的悲哀
III 可能性
そとに開かれるアイルランド
フィールドをもつということ
本書のたて糸,よこ糸
第二章 ことばを引き継がないという選択
I ことばを取り替えるということ
アイルランド語を捨てて英語を選んだのか
個人,コミュニティ,国レベルでの言語政策
順位づけされる言語
II 過去から現在
アイルランドに起こった言語交替
言語交替の要因
使用領域への着目
世代への着目と言語交替の社会心理
III 現在から未来
アイルランド語を守る取り組み --- 上からの政策
いま起こっている言語交替
親のものとは違う,第二言語としてのアイルランド語
アイルランド語もさまざまで
変容するアイルランド語の価値
アイルランド使用地域の存在
第三章 アイルランド語への思い,英語への思い
なまの声をきく
言語交替への思い
アイルランド語をどう見ているのか
英語をどう見ているのか
「英語」それとも「アイルランド英語」?
英語をどう見ているのか
第四章 話者の言語意識にせまる
はじめての言語調査
コミュニティに入る
フィールドで気づくこと
言語使用の背後にある話者の意識
do be 形式の言語外意味
正しさへの意識
アイルランドらしさへの意識
文法形式や語彙に対する意識
第五章 ことばのなかのアイルランドらしさ
I アイルランド英語のかたち
特有の語彙
現地の英語に溶け込むアイルランド語からの借用語
アイルランド英語に特有の表現
言語の理
文法のしくみに「個性」をみる
アイルランド目線の英語
II 時の表現
間違った英語?
独自の体系
How long are you here? の意味
独自の体系
独特の意味をもつ be after 完了
be after 完了と have 完了の使い分け
II 情報構造の表現
強調構文を手がかりに
'tis 文は分裂文か
ことばの内部で働いているしくみ
アイランド語をみれば合点がいく
見た目と中身の問題
第六章 ことばが変わること,替わること
I 言語接触
接触言語学にとってのアイルランド英語の魅力
形成と変化をどのようにみるか
文法のイノベーション
II ことばの変化と人々の気持ち
英語と自分たちのことばとの間でゆれるアイデンティティ
二言語主義の先にみえるものは
言語の必然? --- 言語の危機と英語の多様性とそれぞれの選択
????????????
参考文献
索引
言語交替 (language_shift) ,言語接触 (contact),言語政策 (language_planning) など,社会言語学の多くの話題の交差点をなすアイルランド(英)(語)に,ぜひ注目を.
・ 嶋田 珠巳 『英語という選択 アイルランドの今』 岩波書店,2016年.
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2025-03-27 Thu
■ #5813. 水野太貴さんによる『中央公論』の連載「ことばの変化をつかまえる」 [youtube][inohota][yurugengogakuradio][notice][language_change][voicy][heldio]

人気 YouTube チャンネル「ゆる言語学ラジオ」の水野太貴さんが『中央公論』にて新連載「ことばの変化をつかまえる」を開始しています.言語の研究者にインタビューしながら,様々な角度から言語変化 (language_change) を考えていこうという連載です.
連載初回のタイトルは「「差異化」こそが原動力 --- 社会言語学者・井上逸兵さんに聞く」.インタビューのお相手は,なんと私の同僚で社会言語学者の井上逸兵さんでした.社会言語学の観点から,ことばの変化の裏側には社会的な差異化が働いているという趣旨で語られています.記事の小見出しを取り出すと,以下の通りとなります.
・ 言語の恣意性と社会的な取り決め
・ 解明したい謎
・ 「自分は他人とは違う」という意識
・ 連帯機能
・ お上が定めるスタンダード
・ ことばの変化は予測できるのか
とりわけ水野さんが「解明したい謎」として挙げられている6点に要注目です.いずれも言語変化論において重要な論点です.
1. なぜことばは変化するのか? (要因)
2. ことばの変化にはどんなパターンがあるか? (法則)
3. 「変化に伴うコスト」を上回るほどのリターンはあるのか? (便益)
4. ことばの変化は予測できるのか? (再現性)
5. 日本語の中で,歴史上類を見ないことばの変化はあったか? (歴史)
6. 世界の言語も,日本語と同じような変化をしているのか? (国際比較)
井上逸兵さんがインタビューを受けたということで,すかさず我々の「いのほた言語学チャンネル」でも,この新連載記事を紹介しました.「#319. ゆる言語学ラジオ水野太貴さん『中央公論』誌連載「ことばの変化をつかまえる」に注目!第1回は井上登場!「差異化」が原動力、そして、水野さんが言語学の原動力!」をご覧ください.
さらに,私自身も先日 heldio にて「#1389. ゆる言語学ラジオの水野太貴さんが『中央公論』の連載「ことばの変化をつかまえる」を開始 --- 初回のお相手は井上逸兵さん」として紹介していますので,そちらもぜひお聴きください.
いろいろな意味で私が聴きてみたかった特別なお2人のインタビューが,実現しました.水野さんの言語変化をめぐる新連載,2025年度は毎月号が待ち遠しくなりそうです.
・ 水野 太貴 「連載 ことばの変化をつかまえる:「差異化」こそが原動力 --- 社会言語学者・井上逸兵さんに聞く」『中央公論』(中央公論新社)2025年4月号.2025年.168--75頁.
2025-03-26 Wed
■ #5812. 516通り目の through を「いのほた言語学チャンネル」でも紹介しました [through][ormulum][spelling][voicy][heldio][helwa][youtube][yurugengogakuradio][inohota][link][notice][inoueippei]
3月23日(日)に YouTube 「いのほた言語学チャンネル」の最新回が公開されました.「#321. 中世の through の綴りは515通りと思っていたが」です.おかげさまでご好評いただいています(目下,視聴回数が5000に届きそうです).
through の探究に関するこれまでの経緯は,「#5738. 516番目の through を見つけました」 ([2025-01-11-1]) の記事に,過去の関連コンテンツへのリンク集を作っていますので,そちらからご覧ください.
through の異綴字をめぐる探究がながらく515通り停滞していたところ,久しぶりに新しい516通り目が見つかったということで,研究者の奇矯な生態(?)を眺めるかのようにおもしろがっていただいているのかと想像しますが,当人はいたって真面目です.関心のある方は多くはないかと思いますが,この発見の意義について heldio 有料配信「「516通りの through」の教訓とは?」で語っていますので,よろしければ.
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最終更新時間 | 2025-04-01 08:35 |
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